第2話 なんで私を選ぶのよ!?
レッスン室を出て、廊下のつきあたりがプロデューサー室。
名前の通り、プロデューサーがそこでお仕事してる。
「プロジューサー、きたよっ!」
「おー、ノックしろー?」
プロジューサーは、手が離せないのか、視線を動かすことはなかった。
待ってればいいよね。
備え付けのソファにごろんと、しようとしたところで、パソコンと向き合ってた身体を、椅子ごとこちらに向けて、手をあげた。
「今更でしょ~」
「ひなたが何度注意しても、直さなかったからだけどな。あと、前から言ってるけど、寝るな」
呆れたような目を向けられる。
アイドルは、プロジューサー室に出入り自由なんて、今時、小学生でも知ってるよねー。
「で、どしたの?」
「あぁ、ほら。送られてきたファンレターと、プレゼントどうするかって聞きたかったんだよ」
「あー、忘れてた!」
私たちには、結構な頻度で、ファンレターが届く。
今の時代も手紙が来るのって結構珍しいよね、普段、送られてきたことないし。
で、送られてきたファンレターだったり、プレゼントだったりは、一度預けてチェックしてもらってから、私達の元に来る。
盗聴器とか、こわいこわいだし、前にチェック済みのは渡されたけど、大量過ぎて持って帰れなかったんだよね。
これで、まだ活動開始から数か月しか経ってないんだから、これからどうなっていっちゃうのか、想像もつかない。
「こっちとしては家に送りたいんだけどな」
「そんなスペースないんで無理で~す」
「こっちにも余計なスペースはねぇんだよ!」
確かに、プロジューサー室でも、結構幅取っちゃってる。
元々は、倉庫兼備品室に保管してもらっていたけど、そこが想定以上に早く埋まってしまい、そこから溢れた分が、こっちの部屋に侵食している。
「アイドルのために尽くしてください」
「お前、これ以上求めるのか……?」
今も大量に保管してもらってる。
ファンレターとかはすぐに持って帰っても、まあ、そこまでスペースとらない、はずなんだけど、私の部屋にも、だいぶ段ボールが増えてきた。
ペーパーレスは進みそうにありませんなぁ……
まあ、電子上で手紙って言ったら、メールになっちゃうし、アイドルに直接渡せないからね。
「お菓子はみんなで食べればいいから出してって言ってるのに」
「お前が、出したら出した分だけ食べるから、出せねぇんだよ!!」
それは仕方ない。
だって、珍しい物ばっかりなんだもん。
私が普段食べているようなお菓子じゃなくて、凄く高そうなブランドのお菓子だったりするんだよ?
いくらでも食べちゃうでしょ。
「も~、大丈夫だって! ちゃんと、レッスンしてるでしょ? それに、ほら、見てこのタオル。そして減ったペットボトルの中身」
タオルは見てもわからないかな?
でも、ペットボトルの減りは、私の頑張りと比例しているはず。
……これ、悪用できそうだね、しないけど。
「絶対カロリーに対して足りてないからな……?」
「女の子にカロリーとか言っちゃだめですよ? セクハラセクハラ」
「逆パワハラで訴えるぞ」
ここは、上下関係をはっきりさせておく必要があるね!
負けちゃうね!
「話しそれだけ? 帰っていい?」
「まてまて、本題がまだだ」
「なんだってんだい?」
コーヒーの匂いが香ってくる。
いい匂いだよね、香水とは違った良さ。
それに、甘いものを食べた後によく合う。
後で淹れてもらおっと。
「お前、『ヒルメグ』知ってるか?」
「食べ歩きするやつでしょ? 水曜のお昼にやってる」
『昼飯巡りのぶらり旅』という、確かお笑い芸人さん2人が司会というか、進行役で、ゲストを呼ぶやつ。
番組名通り、昼食を食べているサラリーマンとかと交流したり、ロケ地の特産品とかを紹介してたはず。
あとは……
「生放送だったっけ、あれ?」
「ああ、その通りだ」
生放送。
流石の私も緊張してしまう。
なにせ一発勝負。
何らかの失敗をしたら、カットされることも無くそのままテレビに流され、一生ネットのおもちゃにされるんだ、ぶるぶる。
「で、その話をしたってことは?」
「オファー来てたんだが、どうする?」
ですよねー。
「いつー?」
「ちょうど一週間後の、7月15日だ」
「一週間後……一週間後? 連絡遅くない?」
一週間前にオファーって、急すぎやしませんかねぇ?
普通、もうちょっと余裕持って……
「あ、もしかして、埋め合わせ?」
「ああ、ほら。この前のテュポンの」
「あ~……」
『
メンバーは全員女性だけれど、歌や踊り、衣装など男っぽさを意識したようなものが多くて、かっこよさを追求してるって感じ。
男女ともに人気があって、たまにCMでも見かける。
しかし、この前、そのメンバーの一人、『キリ』ちゃんが、一般人男性とのデート中の写真をリークされて、話題になってた。
確か謝罪とかもして、その後は休止になっていたはず。
「プロジューサー」
「ん?」
「他人事じゃないですね~」
そう、うちには似たようなことを起こしそうな女の子がいる。
わこちゃん。
そのことを、プロジューサーも知っている。
「そのにやけ顔をやめろ!」
「いっひゃ!? ちょっ、顔はやめっ!?」
頬をつねられた。
わ、私のもちもちほっぺが伸びちゃう~!
そんなことになったら損害賠償請求しないと。
やっぱり、貰うなら全世界の美少女かなぁ……?
「おい、変なこと考えてないか?」
いつの間にか手の感触は離れていて、代わりに冷たい視線が刺さっていた。
「カンガエテナイヨ」
私は祈る。
どうか、わこちゃんはすっぱ抜かれませんように、と。
「なむなむ」
「それ祈れてないぞ」
「なんですと」
ほっぺを手のひらでさすっていると、ため息をついたプロジューサーが、コーヒーをおかわりしてたので、負けじとお茶菓子を奪う。
羊羹!
羊羹、にコーヒー。
……まあ、アリかな!!
お茶もいいけど、和洋折衷とかそういうことで。
あれ、誤用なんだっけ?
「で、おふぁりです? もぐもぐ」
「それ、俺の……はぁ、まあいい。それで、その『ヒルメグ』なんだが、オファーが2人なんだ」
やっぱりおいしいぃ……
「……もっとない?」
「話を聞け」
空になってしまったお皿をプロジューサーの前に押し返して、しかたなくペットボトルの残りを飲む。
うん、コーヒーの方がいいね!
「それで……全員じゃないんだ? もしくは4人とか」
羊羹って美味しいけど、量はそんなにだよね。
でも、一口で食べた時の贅沢感は格別。
「……2人なんだ」
「大変だぁ」
羊羹がおなくなりになってしまったので、棚の扉を開くと、おせんべいの袋。
おせんべいって美味しいよね。
お母さんは、柔らかい物ばっかり食べてると、歯が弱くなるって、おやつにおせんべいとか出してたんだけど、結局全部食べたらカロリー高いし、そんなに歯が強くなっても意味ないとか言い出して何もくれなくなったよね。
その後は、自分で色々勝手に作って、お母さんに怒られるまでつづく。
お母さんも喜んで食べて、体重計で絶望してたから、アレ絶対八つ当たりだよね。
「……い、おーい、聞いてるか~?」
「おぉ、ちょっと昔のことを……なんでしたっけ?」
目の前で手のひらをふるふるされていた。
いぇい、ハイタッチ。
「……違う」
いや、わかっているけども。
目の前に手があったらハイタッチしたくなるものでしょ。
「はいはい、何ですか~?」
「あと1人は誰がいいと思う?」
「えぇ、それなんで私に決めさせるんですか……」
「向こうの要望がひなただから」
はい、ご指名入りましたー。
アイドルってそういうものだっけ?
「うっわぁ……絶対他の子に言わないでよ?」
「そのくらいの判断はできる」
私ならいいんかい。
「本当かな~? 選んだ責任をこっちに移そうとしてませんか~?」
「ひなたが誰を選んでも、ひなたに責任はない」
私が責任を感じちゃうんだよなぁ……
あの美少女の中から一人を選ぶなんて、難しいが過ぎる。
「実際責任がどうかじゃなく、みんながどう感じるかってことを気にしているんだけど。……んー、さいころとかない?」
「雑に決めようとするなよ」
「私に任せておいて!?」
それなら普通にプロジューサーの方で決めてよぉ……
「普通に嫌だって~……」
おせんべいを口に詰めることで、解答を拒否する。
……もったいないかな。
騒いでいると、ノックの音が聞こえた。
プロジューサーのどうぞ、という声で、扉が開かれる。
「失礼します……お取込み中でしたか?」
「しふぉんか、どうした?」
「挨拶して帰ろうかと思いまして」
しふぉんちゃんは、5女(の設定)。
鞄も提げてるし、本当に帰る前に寄ったみたい。
「あぁ、お疲れ様。気をつけて帰るんだぞ」
「はい。……あの、ひなたさんとは何の話を……?」
私の方をちらちらを見てる。
こっち見られても、おせんべいしか出ないよ?
プロジューサーのだけど。
「あー、ちょっとな……」
「しふぉんちゃんでいいんじゃないですか?」
一応、人前なので敬語。
まあ、今更ではあるんだけど。
入るタイミングを伺って扉前にいたなら、少しは聞こえてただろうし。
「……何の話ですか?」
「いや……あー、明日話すことにする。今日はもう上がってくれ」
「……はい、わかりました。では、お先に失礼します」
「お疲れ様」
「しふぉんちゃんおつかれ~」
去る直前、私と目が合う。
でも、何も言わずに部屋から出ていった。
「……」
「あ、おかわりあります?」
おせんべい終わっちゃった……
「頬と耳、どっちがいい?」
「アイドルに何しようとしてるんですか。胸にしてください、胸に」
胸なら人前に出さないからね!
「はぁ……」
プロジューサーは浮かしていた腰を、椅子へ再び下ろし、天井を見上げた。
あの、おかわり……
「本気でしふぉんにするつもりか?」
「私は意見を伝えました~! 判断はプロジューサーがやってくださ~い!」
「はぁ……」
プロジューサーが座ってしまったので、自分で開きをガサガサやってたら、別のおせんべいが出てきた。
「また、おせんべい……」
「嫌なら食うな……じゃない! そもそも俺のだから全部食べようとすんな!」
「大人気アイドル『NexsiS』のプロジューサーがケチ臭いこと……」
みそ味って結構珍しいような?
基本醤油だけど……
「それが、一昨日、焼肉おごってもらった人に対して言うことか……?」
「え、今日もおごってくれるんですか!?」
他人のお金で食べる焼き肉が一番おいしいって言うのは、本当だった。
「……駄目だ、お前と話してると話がどんどん逸れる……」
「私のせいにしないでくださーい」
あ、結構いける。
みそ味が濃くて私好み。
味が濃いと言えば、ぬれせんべいとかもおすすめ。
食感が人を選ぶかもだけど。
「本当に、しふぉんでいいと思うか?」
「誰でもいいなら、誰でもいいんじゃないですか?」
「確かに、あっちからはお前しか言われてないけどな……」
私の努力とか見た目とかが認められてるってことだから、ありがたいことなんだけど。
2人オファーするなら、1人だけじゃなく、2人とも指定してくれた方が良かったなぁ。
「それに、しふぉんちゃんのファンも増えるかもだし」
「……そうだな」
「それでグッズも売れるかもしれないし」
「……そうだなぁ」
プロジューサーの顔がどんどん曇っていく。
それは、この事務所の方針が理由。
「というか、私達にわからないようにするもんなんじゃないの? メンタル的な意味で」
「社長が……体育会系というか、切磋琢磨することで女は綺麗になるってなぁ」
「だから、メンバー間で競わせてるんだよね」
前回のグッズ販売。
『NexsiS』の中で、一番在庫が残ってしまったのがしふぉんちゃんだった。
それも、全員同じ数だけ作ったのではなく、今までの売れ行きなどで調整された結果の上で、売れ残ってしまっていた。
ちょっとは私も買ったんだけど、流石に全部はね。
ちゃんとした情報が得られなくなっちゃうから。
「さって、帰りますかなっと」
「まてまて」
「待ちませーん、これ以上は相談料いただきまーす」
今日はお母さんがご飯作ってくれてるから、貰っても帰るけど。
バッグを持って、扉に手を掛ける。
「ひなた」
「はい?」
真剣な声で、もう一度引き留められた。
振り返ると、言葉通りの顔をしていた。
「本当に、しふぉんでいいんだな?」
「私は……誰だっていいよ?」
しふぉんちゃんでも、えいか姉ちゃんでも、ななちゃんでも、ひめりちゃんでも、やよいちゃんでも、わこちゃんでも。
だって、みんな大好きだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます