間章①

 壁や床、天井に至るまで白一色に統一された部屋に、百名余りの十歳以下の少年、少女が集められていた。皆一様に、染みひとつない清潔な空間には似合わない薄汚れた衣服を身に纏っている。この場に居合わせた誰もが程度の差はあれ、世界から疎まれ、その存在を否定された、貧民街の孤児や奴隷の子供たちである。

 しばらくすると、白衣を羽織った大人たち数名が現れた。

 騒然とする子供達。大人たちは何も語らず、ジッと子供達を観察した。やがて広間に沈黙が広がり、それを待っていたのか大人たちの中から、責任者と思しき男が進み出てくる。

 「騒々しいのは嫌いでね。君達からの質問は一切受け付けない。その上で、我々と一緒にくるか、それとも元の暮らしに戻るか、今この場で選びたまえ」

 冷厳とした声が部屋のなかに低く反響する。子供達は軽く慌てながら他の者がどう動くのか探るように辺りを見渡し始める。誰も動こうとしない。するとその一人が口を開く。 

 「待ってくれ。アンタ等について行ったら俺たちはどうなるんだ?」

 「質問は受け付けない。そう言ったはずだ」

 男は眉一つ動かさずに、その問い掛けを軽く一蹴してのけた。

 「一つ付け加えておくと、ここから先に命の保証は無い。それを踏まえた上で残り一分以内にどうするか決めてもらう」

 何でもない事のように告げられた言葉に、子供達が狼狽を露わにする。

 「そんな話聞いてないぞ!」それを皮切りに他の者からも反論の声が上がる。だが、大人たちは素知らぬ顔で黙殺してのけた。しばらくすると、進み出る者が現れ始めた。

 残された者は顔を見合わせるばかりで二の足を踏んでいた。しかし、其処から一人、また一人と進みだす者が現れる。決意や怯えを顔に出して扉へと向かう。やがて男が終了時間を告げた。そして半数ほどがその場に残り、扉は固く閉ざされた。

 

 長い廊下を抜けて連れてこられたのは、先程と代わり映えのしない広い空間だった。

 しかし、部屋の中央に据えられた台座。その上に奇怪な存在が鎮座していた。

 全体的に丸みを帯びたフォルム。手と足があり、頭部と思しき場所には毛髪の類はない。何の感情も伺えぬ空虚な眼差しでジッとコチラを見つめている。一見、人の形を保っているが、それが人間ではない別の何かだということは、この場に居合わせた誰もが理解した。

 言葉を失い立ち尽くしていると、乾いた靴音を響かせながら男が進み出る。それに合わせたように入ってきた方向とは別の扉が開き、銀製のトレーを抱えた数人の大人たちが入室してくる。怪訝な眼差しを向ける子供達の元へと歩み寄る。トレーの上には鉄製の杯が載せられていた。中に赤黒い液体が注がれている。どうやら受け取れ、ということらしい。

子供達がそれぞれ杯を手に取ったのを確認すると、男が抑揚のない声で説明を口にする。

 「今、君たちが手にした杯に注がれているのは『聖血』と呼ばれるものだ」

 初めて耳にする言葉と、そこに含まれる不穏な響きに、一瞬広間に不穏な空気が立ち込める。

 子供達の視線を遮っていた男が一歩身を引いた。自然、子供達の視界が台座に鎮座する異形の存在へ集まる。

 「一滴残らず飲み干しなさい」淡々と、有無を言わせぬ声で男は告げた。

 近くの者と顔を見合わせる子供達。言葉にせずとも誰もが理解した。これを飲めば取り返しのつかないことになると。命の保証がないという言葉が、脅しや冗談ではないことも。

 だがそれと同時に、これを飲まなければ大人たちは子供達を殺すだろうことも正しく理解していた。悲壮な決意とともに子供達は手に持った杯を勢いよく飲み干した。

 カラン。銀杯が床面に落ちる。

 「‥‥‥あぁ‥‥‥ッ!」

 『聖血』を口にした子供達が、胸を抑えながら崩れ落ち、体の内側を紅蓮の劫火で焼かれるような痛みにのたうち回る。広間は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 気が狂いそうな痛みを誤魔化すために硬い床面を引っ掻き爪は剥がれ、眼から血の涙を流す者がいた。胸の内を焼く痛みに耐えられず掻きむしり肌を破く者がいた。

 血。涙。悲鳴。見るも無残な死にざまを晒す子供達を前にしても、白衣の大人たちは脳面のような顔でジッと観察を続ける。 

 やがて、悲鳴が止み。

 数十人にも及ぶ子供達の流した血により床面は紅く濡れていた。

 細かく痙攣を繰り返す子供もいたが、それも直に動かなくなった。

 広間に落胆の溜息が零れる。

 「やはり、今回も駄目か」

 「『聖血』に耐えられる人間など存在しないのでは?」

 「それでも二○○年にも渡る、我らの悲願を諦めるわけにはいかない」

 鮮血に沈む遺骸に背を向け、白衣の大人たちは額を突き合わせ失敗の原因を探り合う。

 そこに子供達の死を悼む様子はなく、失敗したことによる深い落胆の気配だけが漂っていた。

 「同士諸君、結論を出すのは早いようだぞ――――見たまえ」

 責任者の男に言われ、白衣の大人達が振り返る。

 地獄のような光景の中、生まれたての小鹿のように弱々しく立ち上がる者がいた。

 全身を血に染め起き上がったのは、紅い瞳の少年だった。


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