第19話 【もう助からない】

 

刃先から伝わってくる感触で、『捉えた』のはハッキリと分かった。 

 奴のどこに突き刺さったのは視覚的に見えない。それでもシャルロッテは素早くレイピアを引き抜くと、続いてその場に向け右上から左下に袈裟切りを放つ。

 が、この一撃はどうやら巧みに躱された様で、空を切る感覚のみが伝わってくる。


 「出てきなさい。隠れてないで」 

 「グギギギギ……」


 決して相手も望んでそうなった訳ではないだろうが、隠蔽魔法が解けたのかサイクロプスが姿を現す。

 腕の一本は失い、身体には無数の刺し傷。

 概ねの箇所からの出血は止まっている様ではあったが、新しく出来た左胸部の傷口から夥しい血液を流していた。

 先ほどメクラで放った一撃は予期せず相手の急所を捉えていたらしく、既に反抗する力も残されていないのか、ただぐったりと路地の壁に寄りかかる。


 「……」

 「ぎごおおお!!!」


 手を掛けずとも既に瀕死のサイクロプス目掛けて、今度は残っている腕を素早く切り離す。それでなお逃がすまいと、シャルロッテは両手を失った魔人の腹部に乗り、足に力を入れた。


 「これでコソコソと岩を投げる事も出来ないでしょ? アタシの勝ちだね」


 レイピアの刃先をサイクロプスの首元へと構えると、


 「ナゼ……ナゼナノダ……」

 「そりゃこっちの台詞よ。なんでそこまでボロボロになってまでこの街を陥そうとするの?」

  

 シャルロッテの勝利を持って、サイクロプスの企みは未遂に終わった。

 だが、知能も感情も持ち合わせる魔人が一体何を思ってこの街を襲ったのか――それが分からぬ限り、この街に本当の意味で平和が訪れる事はない。


 「 言っておくけど、クソみたいな頭のクソどもが作ったクソみたいな街よ? 乗っ取る価値なんて残念ながらあるとは思えないけどね」

 「フン……ドノ口ガソンナ事ヲ言ウカ。何モ分カッテイナイヨウダナ」

 「は?」

 「俺ヲ殺シタ所デ他ニモ平穏ヲ求メテ亜人ドモガ大挙シテ押シ寄セテクルダロウ」

 「微妙にアタシの問いに対する答えになってないみたいだけど。……まぁ、いいや――」

 

 魔道隊長もシャルロッテの後方で彼女の方に両手を向け、魔法発動の準備を行っていた。万が一サイクロプスが苦し紛れに何かしらの小細工をしようとも、これで採り逃す可能性は完全に絶たれた。

 シャルロッテは首元に沿わせたレイピアの刃を魔人の顎先までゆっくりと移動させると、


 「さて、最後に言い残す事はある? 」

 「……貴様サエイナケレバ――」

 「おぉ、なかなか悪党に相応しい言葉残してくれるもんだね。こりゃ想定外」


 シャルロッテは小さく笑ってからレイピアを水平に掃うと、静かに魔人の首がポタンと地に落ちた。 

 一瞬の攻防で再び静寂が人間しか残っていない路地裏を包むと、

 

 「……終わった、のでしょうか?」

 「少なくともこちら側は、と言っておきましょう。西側が果たしてどうなっている事やら」

 

 地に落ちた魔人の首にビクビクしながら魔道隊長が歩みよってくる。

 シャルロッテはスカートの裾でサイクロプスの血を拭き取ると、屍に成り下がったサイクロプスの身体から降りると、


 「おっと」

 「聖女様!」


 決着がついたところで緊張の糸が切れたのか、途端脱力感に襲われてはバランスを崩す。間一髪のところで魔道隊長が手を差し伸べ、シャルロッテの背中に手を伸ばして受け止める。

 

 「……ありがとうございます」

 「い、いえ! 出過ぎた真似を! 失礼いたしました」


 シャルロッテがようやく自立できるようになると、すぐさま彼女から手を取り頭を下げる魔道隊長。心なしか顔が紅潮しているのをシャルロッテが目にすると、意地悪げにクスクス笑う。

 

 「な、何か?」

 「いえ、流石に予想外というか――いえ、むしろ予想通りの反応がおかしくて。聖職者、それも殿方なら普通は隠れて修道女の一人や二人にに手を出すものかと思っていましたので。ふふふ」

 「そ、そんな事はございません。この身は神にささげている故、女性とそんな不純な思いで接するなど――」

 「いいえ。ごめんなさいね」

 

 その純粋さが魔法の強さに直結しているのかもしれない。

 久々に心から笑いを誘ってくれた彼に、シャルロッテは心の中でコッソリ感謝を述べつつ、

 

 「まだ炎魔法はつかえますよね? この亡骸を焼き払ってください。魂が既に神の御元に帰っているとは言え、相手は魔人。欠片さえ残っていても何が起きるか分かりません」

 「……分かりました」

 「放っておいても街を包んでいる炎に焼かれるかもしれませんが――そこは一応哀れな敵に対する弔いも兼ねて、お願いします」


 シャルロッテはそう述べて、レイピアを鞘の中に納める。

 ちょど魔導士がブツブツと呪文を念じていると、ゆっくりと踵を返し、路地の外へと向かって歩を進め始めた。

 大通りに差し掛かったところで丁度魔導士の炎がサイクロプスの身体を包み込むのを見届けると、

 

 「私は残党の掃討を行います。西の方も気になりますので」

 「……分かりました。流石に今度こそ小鬼たちも逃げ纏っているでしょうが、残党との遭遇にお気をつけてください」

 「心得ております」


 シャルロッテは魔道隊長に笑みを浮かべながら返すと、大通りを歩き始めた。

 魔人と亜人は何かしら人間には分からない連絡経路でもあるのだろうか、事前の推測通り街の中心から壁の外側に向かって逃げてくる小鬼と遭遇。あれ程威勢の良かった亜人達もすっかり戦意喪失といった様子で、シャルロッテを見向きもせず一目散に逃げてゆく。


 シャルロッテも一々無駄な体力を使う気も起らず、ただ無言で両者がすれ違うなか、


 「流石にこれじゃ燃え尽きるのを待つしかないわね」


 恐らく西へ向かうという目論見は不可能である――それを瞬時に悟るに至る惨状だった。

 街の中心に向かって奥へ奥へと進む内に、辺りを包み込む煙も濃くなる。

 それ以前に、肌から感じる熱気は既に常人であれば耐え切れないものになっており、既に生物を拒絶する環境が出来上がっていた。


 鎮火が望める規模の水魔法を駆使できる腕前の魔導士は漏れなく防衛に回したせいで、目の前の炎を抑えられる術は既に無く、

 

 「結局のところ街を守る、って意味では失敗だったかもね」

 

 ガラガラと音を立てて焼け崩れる家屋を眺めつ、帰る場所を失った住民がこれを見たら何を思うかと考えついては言葉にし難い無力感が襲う。

 恐らくシャルロッテの家も既に灰に埋もれているだろうし、長年連れ添ったPorpoloも同じ運命には抗えないだろう――


 「酒さえあればどこでやろうと一緒、か」


 誰が発したのか既に忘却してしまった言葉を思い出しつつ、シャルロッテは大通りにある民家の扉を開けた。



 ◇ ◇ ◇



 「マスター、居る? 終わったわよー?」


 冬場は極寒になる事もある街の立地からか、一般的な家屋で有って断熱性は優れている。

 それは例え外が耐え難い灼熱の中に有ってもある程度機能するらしく、定住し続けるには無理でも、茹だる様な熱さからはある程度逃げられていた。


 「マスター?」

 

 扉を閉めると視界は明るいオレンジ色から黒一色の暗闇に代わる。

 シャルロッテは夜目に慣れるのを待つまでもなく、壁に手を当てながらゆっくりと足を進める。

 記憶に残された屋内の配置を思い出しつつ奥へと進んでいく。


 「マスター?」


 いくら呼びかけれど返事はなく、人が動く時に微かに揺れる空気の淀みも一切感じられないまま例の転移魔法の部屋に辿り着く。


 「……あれ?」


 そこにエキセントリックな色をしたワープゲートの灯りは無く、ただ闇一色が広がっており、


 「とりあえずお疲れ様、とでも言っておこうか」

  

 暗がりの奥から聞こえてきたのは、聞き覚えこそあれど聞きなれてはいない声。 

 シャルロッテは背中に氷を滑り込まされるような悪寒を感じると、すぐさまレイピアを抜き、

 

 「誰!?」


 咄嗟に目を見開き、叫んだ。

 

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