第20話 『それでも俺は君を殺さなければいけない』


 暗闇に紛れて曖昧に映る彼女の姿。

 発せられる殺気は、突き抜けてくるに小さい部屋の空気を尖らせる。


 「……マスターは?」

 「おいおい、折角また会えたって言うのに、つれないね」

 「会いたいのは別にアンタなんかじゃないのよね、残念ながら」


 俺も夜目が効く方では無いが、ウェディングドレスに似たヒラヒラとした衣装は大分こじんまりとしており、輪郭がツギハギに浮かぶ。

 よほどの激戦を広げてきたのは素人目にもはっきりと分かり、確かに彼女の言う通りそんな直後の喜びを共有したい相手が俺でないことぐらい理解できないほど俺も鈍感ではない。


 「まぁ、そりゃ残念。さしずめ今はマスターに武勇伝が増えたと祝杯を交わしたい、って言った所かな?」

 「分かってんならさっさとマスター出しなさいよ。今日はあの人と二人きりで飲みたい気分なの。貸切ってるんだから、アンタはまた別の機会にして」

 「まー、そう言ってもPorpolo、だっけ? あれも焼けちゃったしなー。俺はあの店の雰囲気好きだったんだよな。一回しか行ってないけど」

 「……最後にもう一回だけ言うわよ、マスターはどこ?」


 俺とのふざけ合いに付き合う気すらないらしく、最後の一言は明らかにトーンが違っていた。

 人殺しの感覚と一緒に、威圧感というか凄みも戻っているらしく、本能的に背筋に嫌な汗が浮かぶが、


 「ここには居ない。ここ、室内とは言え滅茶苦茶暑いからなぁ、我慢できなくなって先にワープホール潜っちまって外へ行ったんじゃ――」


 途端、闇夜を切り裂くような一太刀が俺の首元目掛けて音もなくすっ飛んでくる。

 肉・皮・頸動脈・背骨・神経、進行方向上にあるすべてを撥ね飛ばすには完璧すぎる一撃だった。


 「――!」

 

 が、俺の命を絶つには不十分。

 俺の皮膚に触れた瞬間にそれは根元から折れ、シャルロッテはそのまま残った柄の部分を振り切った。 

 彫刻の掘られた美しい刃はクルクルと宙を舞っては、カランカランと二度軽快な音を奏でながらフローリングを伝っては俺の背後へと滑りこんでゆく。

 

 「自慢のレイピアだったんだろ? こりゃ失礼。まぁ、年長者からのアドバイスをもう一つ。人の話は最後まで聞くべきだよ」


 そう言って俺は椅子に座ったまま、スーツの内ポケットから『ソレ』を取り出し、


 「きゃっ!」


 彼女の両脚の中程に狙いを定めると、素早く引き金を二回引いた。

 この世界では概念すら存在しない拳銃。銃口からの閃光と音が部屋の中を包み込む

と、少女は年相応の儚い叫びを短く上げて、床へと崩れ落ちていく。


 「そこまでマスターとイチャイチャされると、同じ男として妬いちゃうねぇ。俺もああいうナイスミドルに慣れれば、君みたいな若い女の子に逆アプローチでもされるのかな?」

 「くっ……」


 大量の鮮血を流しつつも立ち上がろうともがくシャルロッテ。

 だが俺とて銃の扱いだけは数々の世界を渡り歩いてきた甲斐も有って、自信はある――それ以前に、この世界での『神の代行』としての補正も掛かっているのだ、それに射抜かれた以上、彼女が今の世界で立ち上がる事は二度とない。


 「クソ、なんでアンタなんかに……」

 「おっと、暴れない方が良いよ。痛覚は遮断してあげているから辛くはないだろうけど、今回は時を止めてないから血は流れ続ける。幾ら君が常人より頑丈とはいえ、それ以上血を流すと近いうちに意識飛ばすことになるよ」


 俺が放った弾丸は正確にシャルロッテの骨を砕き、次いでとばかりに周りの筋肉もぐちゃぐちゃにかき回しながら、貫通しない程度に深い箇所で止まった。

 恐らくこの世界の魔法を使ってさえ完治が難しい程の酷い傷。年頃の美少女に対しては過激すぎる仕打ちではあったが、


 「俺も嬲る趣味は無いんだけど、ちょこまか動かれると説教にならないからね。ちょっと大人しくそこになおって貰おうか」

 「……」


 シャルロッテは一瞬鎮まりかえった様に見せかけると――


 「おっと!」


 あくまで足掻くつもりか、手に残ったレイピアを投げナイフの要領で振りかぶる。

 だがそれを警戒しないほど俺も手慣れていない訳ではなく、素早く拳銃の狙いをシャルロッテの手首を狙い引き金を引く。

 今回は咄嗟に撃ってしまった事から両足と同様に傷跡に配慮する暇もなく、その細い少女手首から上をレイピアごと吹き飛ばしては切断してしまった。


 「……クソォ!!!」

 「その闘争心、その狂気、まるで獣だな。つき先日までただ酒に溺れていた少女はどこへやら。むしろそっちの方が人間的に健康にさえ思えてくるよ」


 宙を舞っては水っぽい音を伴って地面に落ちる少女の右腕。

 それを傍目に俺は大きくため息をつく。


 「見ていて本当に痛ましいから、そろそろ本当に止めてくれないかな? 黙って俺の話を聞いて欲しい」

 「……」

 「そうそう、そういう感じ。……君とてなんで自分がこんな目に遭わされなきゃいけないのか、気になるだろう?」


 自身の両足をただの飾り――右手に至ってはそれにすら値しない醜いモノへ変えた拳銃を彼女の頭に向けると、小動物の様に小刻みに震えながら俺を見上げる。

 釣り上がって俺を睨みつけてこそいるが、瞳の奥には隠し切れない恐怖の色が滲んでおり、薄っすらと浮かぶ涙がそれを更に可憐に彩る。

  

 抗う術を失った痛々しい少女の姿。下手しなくともそう言う趣味に目覚めさせられそうな状況に、思わず背中に痒い物を覚えるが、


 「断っておくけど、美少女が喜びの絶頂から悲しみのどん底に叩き落されるのを楽しむとか、そういう趣味はないから。あと繰り返すけど、君を痛めつけて興奮を覚える変態でも断じてない」

 「……アタシが何したって言うのよ? ……それと、アンタは一体何がしたいの?」

 「それを一遍に回答できる答えがあるんだが、ただそれを言ってしまったら意味がない……自分で心当たりはないかい?」


 シャルロッテも反抗が無意味である事を悟ったのを見ると、俺は一旦拳銃を下ろす。彼女の体も大分弱り切ってきた所で、俺は同時に世界の時を止めて彼女がこのまま失神してしまう事を防ぐ。

 彼女は考える間もなく、


 「何したって、サイクロプスをぶっ殺しただけじゃない?」

 「……即答ってところを見ると、本当に自覚してないって事か?」

 「自覚も何も、もともと勝ち目なんか全くなかった強敵を出来る限りのすべてを出し尽くしてぶっ殺した!これ以上何が出来るっていうのよ!」


 段々とエキサイトしてくるシャルロッテ。

 確かに彼女の言い分は間違っていない。

 普通にやり合っても勝ち目など到底ない相手に対し、その頭脳を駆使して有りっ丈のカードをこさえ見事に打ち勝って見せた。

 特に頭を下げて大嫌いだった人間関係ですら武器にしたのは正直俺でさえ想定していなかった。むし

 

 だが、彼女が身を置く世界は彼女が思っているよりもずっと残酷――彼女は既にこの世界が仕掛けた罠の深みにズップリとその足を囚われてしまっている。

 

 今回彼女の立ち回りを見た俺は、むしろ彼女がより一層時の呪縛に囚われる事を懸念した。だからこそ、極力この世界の人物と接触しないポリシーを曲げた訳なのだが、


 「最初に断っておくが、君が行った事自体は間違ってはいない。だがそれは本当に正しい事かい?」

 「意味が分からないわよ! アンタはこの前『成すべきことをしろ』って言った! だからアタシは出来る限りをやった!」

 「あぁ、だから君は間違ってはいない」

 「 下げたくない頭も下げた! 守りたくもないクズども守った! 戦いたくもない魔人とも戦った! 何回も何回も逃げたいって思っても、アタシは戦った!」

 「そこも見てたさ。俺が言うのも何だけど、すげぇ立派だった」


 どんどん特徴が激しくなっては叫ぶように溜まっていた者を吐き出すシャルロッテ。

 普段は冷静沈着な彼女も、不相応な激しい口調に呼応するが如く、頬には彼女自身認識していないであろう大粒の涙が伝う。


 「……それでも、アンタは駄目だっていうの……」

 「……」


 返す言葉は直ぐに見つからなかった。

 事前に聞いていた通り、恐らく根は真面目――いや、真面目過ぎるのだろう。

 とことんこの世界の『神』とやらはこの少女に酷な試練を与えるものだと、一周廻って俺の中から怒りに似た感情が湧き上がる。


 「アタシはどうすれば良いのよ……アタシはただ、マスターと一緒に――」


 だが――だからこそ、彼女には手を差し伸べなければいけない。

 シャルロッテがその名前を口にし、それを言い切る前に俺はピシャリと遮り、

 

 「……じゃあこう言おう」

 

 この世界の神は絶対だ。

 似たような力を持っているとは言え、俺ですらこの世界の神の理には逆らえない。

 そしてその理がなんであるかを伝える事も出来ない。

 俺に出来るのは、


 「君がやっているすべてが裏目に出ている。これまで重ねてきた日々も、頭を振り絞って足掻いた事も――ハッキリ言って、全部無駄だ」

 「――!」

 

 泥まみれになりながら藁をもつかむようなシャルロッテの思いを全否定する俺。

 その言葉を前にした少女の心境など火を見るよりも明らか、放心の一言だろう。

 が、これ以上の言葉が俺には見つからなかった。

 顔を伏せただ床に広がった自身の血だまりを涙で揺らすシャルロッテを前に、


 「君は、なぜそこまで難しく考えるんだい?」


 世界の理に背いてしまえば俺とて一瞬で存在を消されかねない。

 それでも、これほどの少女の覚悟を見て男として引き下がれるものか。


 「『白無垢の聖剣女』の名を持つ君が、今回は何人見捨てた? 結局街は救えたか? 挙句の果てには頼まれたとは言え、街の住人さえ容赦なくその首を撥ね飛ばした――これのどこが聖女の行いだというんだい?」


 どうやらこの辺までは世界に許容された範囲内らしく、今のところまだ『警告』は発せられてなかった。

 俺は拳を固く握ると、

 

 「ああやる以外に、どうやってあの化物を倒すっていうのよ」

 「その考えが間違ってるんだよ。聖女の在り方なんて忘れてるくせに、それを演じようとするから単純な事に気づかない」

 「……は?」

 「なんで君は聖女って呼ばれるようになったんだい? 君は過程と結果を取り間違えて――痛っ!!!」


 途端、体中の毛穴に針を突き刺してはこじ開ける様な激痛が走る。


 どうやら今度こそ『禁句』に触れてしまったらしい。

 何回やっても慣れるものではないが、今回は恐らくこれまで体験した中でも屈指の不快感――骨は捻じれるが如く軋み、筋は一本一本を挟みでプチプチ切り取られる様な感覚まで襲ってくる。

 頭の方はと言うとスピリタスに脳を浸した上でミキサーを掛けたようにグチャグチャと回る。

 それでも俺は歯を食いしばると、しばらくして不快感は消えていく。

 ようやく一息つくと、


 「君は自分の力を見くびりすぎている。いや、信じていないんだ。君が自分自身、なにが出来るかって事を」

 「アタシが出来ること……?」

 「そう。この前、君が為すべきことをしろ、って言ったけど、その延長。さしずめ君が為せたであろう事をしろってところかな? 君は、忘れてしまってるだけだ、本当にしたかったことを……ぐはぁ!!!」


 タブーを重ねてしまったらしく、口封じとばかりに臓六腑が破裂したかのような不快感の追い討ち。

 俺は椅子から転げ落ちると、実際それらを纏めて口から真っ赤なゲロとして床にまき散らす。

 あまりにも猟奇的な光景にさすがのシャルロッテも左手を俺の方へ向けながら、

 

 「ちょっと……大丈夫……?」

 「ふへへへ……そんな棺桶に半身寝かせたも同然のか弱いお嬢様に言われると、説得力ねぇな」


 同じ目線の高さのなった彼女の瞳には偽りのない俺への配慮が映る。

 母性と慈悲に溢れた双眸はまさしく聖女そのもの。

 痛みが再び引いて行ったところで、


 「俺が憎いかい?」

 「そりゃもう、今すぐにでもぶっ殺したい位に」

 「じゃあ殺せば良い、それがヒントさ。君はやろうと思えばそれが出来る筈だ」

 「なにそれ、嫌味? ここから這いずってアンタの首元を噛み潰せっていうの?」


 俺は手を挙げながら銃口を彼女の額へと向ける。


 「……何のつもり?」

 「本当に惜しい所だった。いや、予想の斜め過ぎたな。こっちの結末を迎える方がよっぽど難しいなか、君は果たして見せてくれた」

 「……」

 「君には確実に困難な状況を打開する術を持っている――だが悪いな、俺はそれでも、今は君を殺さなければいけないんだ」


 シャルロッテが俺の言葉を返して来るのを待たないまま、引き金を引く。

 そして世界は何回目かも分からぬ終わりを迎えた。

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