第18話 【決着】


 「ぎしゃああ!!」


 敵といえど無限に湧き出る訳ではない。

 シャルロッテが加勢した事で形勢は一気に人間側へと傾き、


 「はぁはぁ……」

 「すごい……あの数を物の数分で……」

 「やはり、神の使いだ。ありがたやありがたや」


 燃え盛る街の中、小鬼たちの屍の上に立つシャルロッテ。

 街の男たちがその絶対的な力を拝むように見入っているなか、


 「ほかに街に入り込んだ小鬼は?」


 レイピアを一振りし、こびり付いた小鬼の肉片や血を払うと、息を整え生き残った男たちに問いかける。

 聖女の二つ名は有するとは所詮人間、限界が無い訳ではない。

 先ほどのサイクロプスで追った深手。傷口こそ塞がってはいるが、失った体力は大きい。このまま小鬼の大群とやり合えば、それこそ強力な個体に意表を突かれて各個撃破されるのはこれまでと同じ流れ――小鬼の集団が退いていかないという事は、先ほどのサイクロプスはまだ生きていると思って良い。


 「東側から入ってきた集団はまだ2,3つほど……やつら、まるで無限に居るかの様に流れ込んできております」

 「西側から攻め込まれている痕跡はないようですが、それでもこれだけの数の小鬼が居れば街を落すには十分すぎます」

 「我々の様な非力な人間では、例え普通の小鬼でさえ集団とあってはなすすべも有りません」 


 次々に報告を挙げてくる街の男たち。

 西側が防衛に成功しているのであれば、救援を求むことも可能ではあるが――結局のところ雑魚ですら他人頼みな不甲斐なさに苛立ちを覚えつつ、必死に平静を装う。

 聖女の仮面の下に隠れた素顔など、街の男たちは知る由もなく、


 「聖女様、どうかこのまま私たち……いや、この街をお守りください」

 「私たち一人の力では、散らばった小鬼の殲滅すらままならないのです」

 

 ただ無責任にすがる。

 聖職者だから、冒険者だから、防衛隊だから。

 普段は敬う気持ちもない癖に、こういう時に限って真っ先に押しつけがましい役割論を切り出す連中。

 そろそろ怒りを隠さず、切って捨ててしまっても構わないかもしれない――

 無意識にレイピアを握りしめるシャルロッテだが、


 「避難をするので有れば教会へ向かってください。地下に外へと通ずる道があります。今となっては非常事態……恐らく大体の市民たちはそこから避難させている事でしょう」


 割って入ってくるように魔道隊長が男たちへと告げる。

 彼の言葉にハッとなっては邪念を引っ込めるシャルロッテ、毅然とした魔道隊長から逃げる様に目を伏せるが、


 「……それで良いですね、聖女様」

 「えっ? ……えぇ、今更抜け道を作っていた事を咎める方もいらっしゃらないでしょう」


 追い打ちをかける様に自身に意見を乞う魔道隊長。

 街の許可なく外部との連絡経路を作るのは固く禁じられているし、それは街の住人達にもよく知られている事。

 そんな違法行為を神の名を借りる教会が行っていたともなれば、焼き討ちに有ったとしても文句の一つも言えないものだ。

 ただ既に反抗の意志を亜人に折られた街の住人にとっては今更些細なこと――それどころか助けに船と言わんばかりに表情を明るくする。


 「分かりました。どうか聖女様も魔導士様もご武運を」 

 「どうか亜人たちを滅し、この街に平和を……」

 「再建の暁には、ぜひ改めて皆様方にお礼を」


 各々両手を組み二人に祈っては、そそくさと教会の方へと走って行った。


 「全く無責任なものですね。自分の街だと意気揚々に武器を手に取っていた癖に、いざ形勢が危なくなるとすぐ逃げる。結局私たちの様なよそ者がよそ様の街を守らざるを得ないなんて」

 「命の危機と隣り合わせになる機会など、一般市民には有りません。それに、私たち聖職者の様な力を持つ者が弱きを助けるのはもはや使命の様なもの――」


 この期に及んでもまだ仮面を外さないシャルロッテ。

 人前に出さずとも、聖職者仲間ではありふれた愚痴ですら乗らない彼女に、魔道隊長は小さくため息をつくが、


 「しかし、私とて思わない事が無い訳でもありません。それを代弁して頂いた事には感謝申し上げます。多少なりとも……心が救われましたわ」

 

 神に仕える者達とは言え、自身が神で有る訳ではない。

 ただ、理念を掲げて神の名を借りた者たちにとって、如何に目の前で地獄が広がろうと救いの手を差し伸べる事を辞めてはならない。

 この世界の神は、怠惰な部下には容赦なく粛清を与えるのだから。


 シャルロッテは再び息を落ち着けると、


 「……時に魔導士様、貴方は『観察眼』の魔法を使えまして?」

 「可能ではありますが、なぜ? まだ魔力を投じて行使する程、視界は悪いとは思えませんが」

 「残念ながら、先ほど対峙したサイクロプスを殺しきれておりません。そして、サイクロプスは隠蔽魔法を使える模様」

 「なんと……」


 口を開けて絶句する魔道隊長。

 それもその筈、隠蔽魔法など並みの術師でさえ行使の難しい術なのだから。

 ただ、それは相手に使える事を悟られない前提が有ってこそ効果を発揮する訳で、対処要領さえ把握していればさほど脅威にはならないのもまた事実。

 

 「この混乱に乗じて、再び襲い掛かってくるやもしれません――しかし、それを逆手にこちらから奇襲をする事も可能な筈。頭さえ潰せば、自然と小鬼たちも退いていくはずです」

 「意図は理解いたしました。確かにこのまま消耗戦を続けるのは宜しくないですね。ふふふ……まぁ、このまま小鬼たちをこの街から逃がすかは別問題として、ですね」


 魔道隊長はそう言って笑うと、両手を組みブツブツと唱え始める。

 術者自身に付与する魔法という事もあり、効果のほどはシャルロッテから見えないが、

 

 「どうでしょうか?」

 「……先ほどの連中が行っていた通り、各地に小鬼の集団が。ただ、サイクロプスらしき姿は……」


 そう言いかけた時だった。

 魔道隊長が息を思い切り吸ってはピクリと肩を跳ね上げると、

 

 「聖女様! 伏せて!」

 「えっ?」

 

 いきなり振り返ってはシャルロッテの頭を抑え込んで床に伏せる魔導士。

 顔面から勢いよく接地したせいか口の端から鉄の味が滲み出てくるが、そんな二人の頭上の空気が大きく揺れる。

 何かが通り過ぎて行った事のみ把握するのも、直後後方にある家屋の壁が弾ける様に崩落し、瓦礫や土煙を伴って大きな穴が形成される。

 そのタイミングで隠蔽魔法が


 「も、申し訳ありません!」


 先ほどの衝撃で思い切り頬に擦り傷を負ってしまったシャルロッテを見ては、すぐさま治癒魔法をかける魔道隊長。

 シャルロッテはまだ魔法の光が灯る彼の手を抑え付けると、


 「大した傷ではありません。それより奴の姿を」


 その言葉にハッとすると、魔道隊長は再び岩が飛んで来た方向を睨みつける。

 顔を左右に振ってキョロキョロとするが、どうやらその姿は捉え切れられず「くそ」と焦りの色を滲ませる。

 シャルロッテはそんな彼の肩に手を乗せると、


 「落ち着いてください。奴は私との戦闘で深手を負っている筈。そこまで機敏な動きはできない筈です」

 「……聖女様?」

 「――前を向いて」


 魔道隊長が顔を振り向けようとするが、シャルロッテが言葉で制止しては立ち上がる。そのままレイピアを抜いて魔道隊長の視界の前に立つ。

 

 「奴の姿や攻撃が見えたら伝えてください」


 そう言ってシャルロッテも再び目を瞑り感覚を研ぎ澄ませる。

 さっきはこれを行ったせいで高速で移動する飛翔体の空気の動きを捉え切れず意表を突かれた――だが今は視覚的な警戒は魔道隊長に任させればよく、シャルロッテは一切の淀みなく周囲数メートル程度の環境の変化に意識を集中させる。

 暫くは穏やかな沈黙のみが周囲を包むが、しばらくして、


 「右前方! 飛来物!」

 

 魔導士の声が響く。

 目を瞑ったまま反射的にシャルロッテは左前へ飛ぶと、やはり空気が巻き込まれる感覚と共に、背後の壁に大穴が空く。


 「く!」 

 「おやめください。貴方は警戒に集中して。『観察眼』に加える魔力を途切れさせてはいけません」


 魔導士が飛来物の来た方向に手をかざし攻撃を加えようとするが、それを一喝。

 逆にシャルロッテは目を開き、同じ方向へと駆けていく。


 「私が先行します。同じように攻撃が来たら指示を」

 「分かりました!」


 気合の入った声を挙げ、魔道隊長は後方から駆け寄ってくる。

 近接戦闘ではシャルロッテに劣る事も、恐らくは彼女が遠距離攻撃に弱い事も敵は把握している――そうであれば、無理やり自身の土俵に引きずりこむのが常套手段。

 シャルロッテは攻撃の飛んで来た方向に辿り着くと、そこには路地があり、


 「真左! 横から来ます!」

 「……!」


 遅くして同じ路地へと辿り着いた魔道隊長が叫ぶ。

 その言葉の通り、シャルロッテも空気の揺れを感じ取れた。

 周辺一帯が空気を抉り取られて自身へと向かってくる感覚――大面積でありながらゆっくりとしたその動きを捉え切ると、シャルロッテは右肩を挙げる姿勢で身体を捩じって避ける。

 視覚的に服の端が削られる事で、奴がそこにいるのを確信すると、


 「はあああ!!!」


 凛々しい雄たけびを上げながら、見た目からは何もない空間へレイピアを突き刺した。

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