第16話 【再戦】
開戦の火ぶたはシャルロッテがサイクロプスの視界から消えた事で落とされた。
常人には目で追う事すら困難なシャルロッテの動き。
魔法補正が多少は掛かっているとは、気休め程度。ほぼその細い脚部の筋肉の収縮力のみ頼りに、一瞬にして距離を詰めては首元を捉えては振るったレイピアだが、
「ぎしゃああ!」
「……!」
図体とは全く比例しない身のこなし。
サイクロプスは大斧を素早く身構え、火花を辺りに散らしながらシャルロッテの一太刀を防ぐ。
シャルロッテはレイピアが弾かれた反動で大きくのけ反ると、万歳をするかのような体勢――胴体部分をノーガードで敵に晒す。
サイクロプスもその隙を逃さず、滑り込ませるように拳を振るってくる。
「舐めるな!」
滞空したまま、丸太が飛んでくるかの如く太いサイクロプスの腕を勢いよく蹴り上げる。
完全にシャルロッテの腹部を捉えた一撃は、間一髪のところで軌道がズレては本体を捉え切れず。少女のスカートの裾部分のみ抉り取って、そのまま後方へと流れて行った。
「その馬鹿力、ほんと、魔法要らずね」
勢いのまま背中から着地するシャルロッテ。
すぐさま態勢を起こすと、抉れたように欠損する衣装を一目見てため息。
「さて、どんどん行くわよ」
律義に宣言して、今度は刃先をサイクロプスの胸元に向けて突きを放つ。
心臓を完全に捉えた一撃。しかしながら敵の俊敏さは想像の範疇を超える所で、
「ちょっ――!」
再び石斧で防ぐと思いきや、ほとんど予備動作なしに
よく見ると
「ぐおおおお!」
雄たけび交じりに振り上げた手を勢い任せにシャルロッテに向けて叩きつけてくる。あまりにノータイムなサイクロプスの一振りに、胸部を捉え切った攻撃をいったん断念。シャルロッテは地面を勢いよく踏みつけ無理やり動作を中断すると、そのまま後方へ飛んだ。
再び空気のみとらえたサイクロプスの拳はそのまま地面を割り、盛大な土煙を挙げた。
「ただ弱っている獲物しか狩れない馬鹿かと思ったけど、ただそれだけじゃないみたいだね」
頬に伝う汗を拭いながらシャルロッテは呟く。
同一個体かは定かでないが、これまで何回もこの化物と対峙してきた――そして、そのいずれにおいても勝利をものにした事はない。
対峙するまでは単純に弱っているだけだからと考えていたが、完全に対等な条件下で戦ってもこの強さ。間違いなくこの世界に生を受けて以来、一番の強敵と論じても過剰ではない。
「……それだけ強けりゃ、どれだけやっても勝てる訳ないか」
サイクロプスに賞賛を送るでもなく、ただこれまで何回も繰り返してきた無残な自信の死を振り返りつつ小さく笑うシャルロッテ。
こんなに強いと知っていれば、わざわざ夜の内に対峙しようと思う事は二度とないだろうが、
「まぁ、生憎、今回は負ける気がしないんでね」
再び強くレイピアの柄を握って、刃先を目の前の敵へと向ける。
これまでは小鬼たちと集団戦を迫られる中、大抵はスタミナ切れになった後に決まってサイクロプスが現れる――いや、一番最初の対峙時に奇襲を仕掛けてきたことから、元よりどこか近くで虎視眈々と自分が弱るのを待っていたに違いない。
「りゃあ!!」
何度も何度もシャルロッテの方から仕掛ける。
単純な筋力で言えばサイクロプスの方が上かもしれないが、手数では圧倒的にシャルロッテが上。敵が攻撃を防ぐと同時に素早く、何回も突きを放つ。
「ぐおおお!!!」
空気を揺らすような叫び声。
一太刀一太刀が太陽に照らされた光の筋が、声の主へと無数に降り注ぐ。
致命的な攻撃は敵も防いではいるが、着実にサイクロプスの損傷個所は増える。いつしか、踏みしめる青い草原は真っ赤に染まり始めていた。
「ははは!こりゃ痛快ね! ほら、手足の末端からみじん切りにしてあげる!」
嗜虐的な色を目に宿しながら、少女は魔人の肉が削ぎ、抉り、裂く。
これまで勝てないと諦めた相手が、成す術もなく自身に下る快感――シャルロッテは恨みや自身の使命などとうに忘れ、なぶるだけの時間を楽しむ。
「どうしたの!? まだ舌は掻っ切ってない筈でしょ? もっと悲鳴を上げなさいよ!」
現在進行形で肉を神経ごと切り刻まれる痛みの渦。地獄と言って差しつかえない状況に身を投じている中、サイクロプスはどこに助けを求める訳でもなく強引に両手を振り上げると、
「ぐおおお!!!」
「――!?」
両こぶしを握りつつ、渾身の力で地面へと振り下ろした。
その衝撃や否や即座に草原の草花を剥ぎ、地面を割っては亀裂を描く。
一瞬で身を引いては良いが、巻き上げられた土や草が粉じん状に辺りを包み込む。
「くっそ、隠れる気か……!」
昼間ですら痕跡すら残さない隠蔽魔法。
探索魔法を使えないシャルロッテにとっては一気に形勢を逆転されかねない一手だったが、
「……させるか!」
肺に残った僅かな酸素を絞りつくす様に、息を吐き切ったままシャルロッテは一歩踏み込み――
「ぐぉおお!」
「あらあら、アタシとのデート中にかくれんぼなんて随分いけ好かない真似してくれるじゃない――」
レイピアで一閃。
流石の身のこなしで致命傷こそ防がれるものの、魔法の行使で意識が削がれたのか、そのまま石斧ごとサイクロプスの右腕を切り落したが、
「ちっ!」
捨て身覚悟の魔法展開。
恐らく自身が切り刻まれる過程にあっても、冷静と瞬時に魔法を展開できるだけの魔力を練っていたのだろう。
土煙が地面に振り切る頃には、大岩も同然の巨体が忽然と姿を眩ませていた。
「くっ、可愛くないわね」
こういった咄嗟の判断は流石獣と言った所だが、流石魔人レベルとなると行使する魔法も半端なものではないようだ。
大分出血しているだろうに、体内から溢れ出る血液にすら隠蔽魔法をかけているせいか、そういった痕跡は新たに出来てない――血痕と居場所を同時に晒すようなヘマはしてくれない様だった。
「……無駄な事しないで、続きをしましょうよ? アタシ、まだ遊び足りないわよ?」
レイピアを構えて咄嗟の奇襲に備える。
魔法が使えずとも、その分シャルロッテは己の感覚を研ぎ澄ませ続けてきた。
幾ら体感的に時間が過ぎ、永遠とも見間違うほどの時間の中でも鍛え抜かれた身体能力は衰える事がない――幾ら実践のスパンがあろうと、今の様な整った態勢の中で意表をつかれるなど考えられなかった。
「隠蔽魔法を使ってたら、その間ほかの魔法はつかえない――失血で頭がクラクラしてる頃でしょ? 早く血ぃ止めないと、死んじゃうわよ?」
既に視覚的に役に立たない双眸を固く閉じた瞼の中に収めつつ、草原に響き渡る様な声で叫ぶ。音の反射まで見越しての行動だったが、一向にこの場は静寂を保ったまま。
「まぁ、そんな苦しむよりアタシに任せてくれた方が楽に――」
負け惜しみにも似た戯言を並べている頃だった。
自身の声に紛れて、一瞬空気が揺れるのを感じた。
それは生身の肉体から発せられる攻撃とは比べ物にならない速度で自身へと向かってきており、
「ペラペラト煩イ娘ダ……自分カラ五官ヲ封ジテドウスル?」
「か――」
声と共に息を口から漏らしては、同時に血を吐き出すシャルロッテ。
レイピアを構えなおす時間すらなく、咄嗟に振動の出元から逃げる様に体を沿ったが、『ソレ』を交わしきるには時間的猶予が足りなかった。
再び見開いた目には、自身の左わき腹から背中までを貫通する『岩』だった。
「舐メタ真似ヲシヤガッテ、サッサト殺セバ良カッタモノヲ。今度ハコッチガ可愛ガッテヤルヨ。ハハハハ」
暫くして左側に現れたサイクロプスがその『岩』の魔法を解くと、再び隠蔽魔法をその身に掛ける。不敵な笑い声と共に姿を消していくサイクロプスを前に、
「くそ!」
シャルロッテは咄嗟に街の方へと走り出した。
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