第15話 【来襲】
「見えた!見えたぞ!」
外壁の上で叫ぶ魔導士。
その声にシャルロッテが地平線の方へと向くと、
「……来たわね」
朝日を背に密集した黒い点――やがてそれを構成するのが一匹一匹の小鬼だと分かると、
「魔導士隊、放て!」
氷に炎に魔力弾。
シャルロッテの隣に居た魔導士隊長の一声の元、頭上越しに魔法が小鬼たちの方へと飛翔。着弾と共に巻き起こる爆風で小鬼たちを宙に巻き上げる。
「随分と頼もしいものね」
遠距離攻撃の手段を持たないシャルロッテにとって、安全な場所から迎撃できる術が有るというのはただ羨むばかり。
あれを一体一体手作業で潰すと考えるだけでも気が遠くなるし、隙をつかれるという事もあり得る中、素直に恥を忍んで支援を頼んだのは正解だった。
「魔導士隊、次弾用意!」
ただ、魔法の一斉射だけでは殲滅するにはあまりに不足――小鬼の集団は一端散り散りとなりながら、やがて密集すると再び一団となってこっちへ向かってくる。
「放て!」
距離は1kmを切っているだろうか、各々の輪郭がハッキリしてくるところで第二波の攻撃が飛び越えていく。
狙いは正確で、今度も小鬼たちの集団の真ん中に着弾しては数十体単位で滅していくが、それでも集団が少し小さくなった程度の損害しか与えられておらず、
「――近接隊、構え」
シャルロッテはレイピアを抜くと、落ち着いた声で指示をだす。
それに合わせる様に、彼女の背後に展開する兵士や志願者たちも一斉に武器を手に取っては、カチャと構える音が辺りに響き渡る。
ここからが本当の殺し合い――迫りくる死を前に各々の殺気が、背中越しに空気を張りつめるのが分かった。
それを前にシャルロッテは、
「皆さん、如何にして生き残るかだけ考えてください。深追いは不要です」
今の彼女が皆に掛けられる言葉といえばその程度。
結局のところ如何に落ち着いて対処できるかが肝心ではあるのだが、それを実践できる者など付け焼き刃程度の兵士には居ないだろう。
我ながら気休めにもならない言葉と思っていたが、
「おぉおおお!!!」
予想だにしない大反響に、シャルロッテも思わず振り返っては苦笑い。
気迫だけは正規軍にも勝るとも劣らない近接部隊の筆頭として、より一層気合が入る。
だが小鬼の群れもひるまず距離を詰めてくるなか、
「聖女様、この距離ではあと一発のみが限度かと。これ以上近くで放つと皆さんを巻き込みかねません」
「分かりました。斉射の跡は、各々近接部隊の援護に回るよう、指示ください」
魔道隊長はシャルロッテの指示に小さく頷くと、
「魔道隊、次弾用意! 発動後は各々散開して近接隊の援護に回れ!」
人間達が静かに構える中、やがて一直線にこちらに突っ込んでくる小鬼たちとの距離が詰まってくると、
「ぎしゃあああ!!!」
「魔道隊! 放て!!!」
まさしく猛獣の群れ。牙を覗かせながら雄たけびを上げる小鬼たちの鳴き声が聞こえてくる中、それをかき消すように魔道隊長が叫ぶ。
一斉に放たれた攻撃魔法はものの200m程の地点に着弾すると、爆音を奏でながら、盛大に土煙を巻き上げる。
至近距離での着弾に冷熱両方混ざった爆風がシャルロッテの長い髪を大きく揺らすと、
「近接隊、突撃!!!」
「うおおおお!!!」
髪が肩に落ち着くよりも前に、シャルロッテは先陣を切った。
続く様に地鳴りのような足跡が続く。
「きしゃああ!!!」
先陣を切る小鬼が牙を剥き出しに飛び掛かってくると、シャルロッテはまず口から横に一閃して上あごから上を撥ねると、次いで左から襲ってきた小鬼は手首でレイピアの柄を反転させ、裏持ちで突き刺す。
間髪入れずに右から襲ってきた小鬼は一端足で蹴り飛ばして距離を採っては、素早くレイピアを持ち替え袈裟切り――シャルロッテの周りには何十匹という小鬼が群がる様に飛びついて行くが、流れるような動作で次々切り伏せていく。
「す、すげぇ」
「ボケっとするな! すぐ隣に来てるぞ!」
「うおおお!!!」
それこそ鬼の様な強さを誇るシャルロッテを呆然と眺める兵士たちだったが、冒険者がそれを一喝。シャルロッテを回避して漏れた敵が次々と街の門を目指す中、他の男たちも小鬼たちをなぎ倒していく。
◇ ◇ ◇
合戦の様相を呈してから既に15分は経っただろうか。
小鬼は群れるから怖いのであって、単騎での戦闘力は高くない――高い士気も相まって、人間側優勢のまま辺りに小鬼たちの死体の山が築き上げられていく。
そんな中、
「ったく、キリが無いわね。こんな雑魚ども幾ら潰したところで……」
無数の小鬼の死骸を傍らに、シャルロッテの純白の衣装は既に小鬼たちの返り血で真っ赤に染め上がっていた。
いくらかは損害を与えたつもりだが、肝心のサイクロプスが一向に姿を現さない。
頭を潰さない限り、小鬼は延々とわき続けるのだから、消耗戦を続けるのは数に劣る人間側に不利であり、
「うあああ!た、助け――」
「ぎしゃあああ!」
「おい!大丈夫か!……くそ!!!」
また一人、小鬼の大群に埋もれていく。
それを助けようと別の市民も手荷物粗悪な剣を振り回し、小鬼を振り払おうとするが、
「いけません! 」
「ぐあああ!!!」
シャルロッテの制止に男は一瞬うろたえるが、むしろそれが致命的な隙を呼ぶ。
背後から首筋を小鬼に噛まれ、鮮血が宙に咲いた。
「せ……聖女様……どうか……この街をお――」
喉を掻き切られたのか、漏れる様な断末魔。
何をシャルロッテに託したのか分からぬまま、結局彼もまた小鬼の大群へと埋まっていった。
「聖女様! このままでは押し切られます!」
「埒があきませんね……」
他の冒険者に言われなくとも状況がじり貧なくらい、シャルロッテには分かる。
レイピアを両手持ちで大きく横に振るっては、数匹の小鬼たちの首を纏めて撥ねると、
「敵陣の奥へと突っ切ります。他の方は撤退を」
「無茶な!いくら聖女様とは言え危険すぎます!」
「……」
魔道隊長の制止を振り切りつつ、シャルロッテは返り血で重くなったスカートの裾をやぶる。
そして露になった脚部に力を込めると、
「可能であれば増援を求めてください」
そう告げつつ、弾ける様に小鬼たちとは反対方向に飛び込んでいった。
正直腕力よりも脚力の方に自身がある――自負に違わず小鬼たちも駆け抜ける彼女を目で追う事すら出来ず、後方へすんなり通してしまう。
「ぎしゃああ!」
道を阻む小鬼だけを最小限での動作で殺しながら、一直線に進んでいくとしばらくして小鬼の大群を抜けて見渡す限り遮るものはない草原に出る。
「……どこにいる」
ここで足を止めては辺りを見渡す。
しかし想定に反し、どこにもサイクロプスの程の巨体を隠せる場所など無い。
「いや、まさかね……」
これだけの小鬼の集団が理由もなく一丸に街を目指す訳が無く、必ず指揮を執っている個体はいると確信出来ていた。
街のすぐ近くで巻き起こる合戦の騒音がにわかに響くのを除けば、辺りは風に揺られて草木が揺れる音のみが響き渡る。
シャルロッテはレイピアを構えながら、目を閉じ自身の感覚を研ぎ澄ませると、
「――!」
一瞬、自然に吹き付ける風とは別の、不自然な大気の揺れを感じ取る。
「ぎしゃああ!!!」
鬼の叫び声が耳に入るよりも遥か先に、咄嗟に回避行動をとるシャルロッテ。
5mほどの距離を一瞬のうちに飛躍した彼女だったが、気づけば自身が立っていた場所を起点に大きな土煙が上がっている。
シャルロッテは再びレイピアを構えなおすと、
「はい、残念でした」
「ホウ……今ノ攻撃ヲ避ケルトハ……中々腕ハ良イミタイダナ」
土煙に紛れて姿を現したのは青色の体表をした人型の生物。
背丈は3mを優に越しており、そんな巨体を支えるに相応しい筋肉を伴ったガタイ。手には刃の部分だけでシャルロッテの身長は優に越していそうな斧を地面にたたきつけていた。
「不意打ちなんてセコいことするわね。それすら失敗してるんだから滑稽も良い所だわ」
顔面の中心には一際目立つ眼球。
一つしかないそれがギョロリと動いてはシャルロッテを睨みつける。
「大方隠蔽魔法で自身の姿を見えなくしてたんでしょうけど……誰かが通り掛かるまで、必死に息を止めて待ってたっていうの? アンタのお仲間さんが必至で戦ってるのに、随分と暇なもんだねぇ」
「オ前ヲ殺セバソレデ終ワル。他ノ奴ナドドウデモイイ」
「律義なもんだねー。私が思いつかなきゃ日が暮れてたかもしれないよ?」
亜人と魔人の違いは一重に身体的な力量に限らず、その知能の高さにもある。
元より生物学的に優れた肉体に加え、魔法を操れる個体も多く、そんな個体に普通の人間が叶うはずもないのだが、
「まぁ、殺せば終わるっていう考えは賛同するわ。じゃあ――始めましょうか」
シャルロッテは再び剣を構え、サイクロプスへと飛び掛かって行った。
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