第14話 【前夜】
避難指示が出された事で、街はあわただしい雰囲気に包まれる。
街道には防衛隊の誘導のもと市民でごった替えしているが、カーテンを重く閉ざしている事もあって、真っ暗な室内からはそんな外の様子も伺えない。
「なるほど。では、老骨のこの作品の出番はない、と言う事ですな?」
迎撃の時間まであと12時間。
合間を縫ってシャルロッテは抜け出すと、マスターの元へと戻っていた。
朝一に作成を依頼したワープホールは既に部屋の床から天井まで届く規模となっており、大人が二人横並びでも通れるくらいの立派なものとなっていた。
「いや、結果次第では使うかもよ?」
自分の持ち場を東に設定したのも、その為である。
「どうやら、ただ『逃げ出す』という選択肢以外の手を見つけた様ですな」
「これだったら迎撃に失敗しても、『やれる限りの事はやった』って自分にも皆にも言い訳できるし」
シャルロッテはワープホールの近くにあった椅子に腰を掛けると、
「……上手く行くかしらね」
不安げに呟く。
「ほっほっほ。激励の言葉でも掛けて欲しいのですかな」
「……かもね。あまりにトントン拍子に進みすぎて、むしろ怖いくらいだから」
「ほう、『白無垢の聖剣女』たる女傑が『怖い』とは」
町長を始め、アラン達の冒険者や防衛隊。
彼らの存在自体は時の流れが止まる以前から認識していたし、今日になってパッと出てきた訳じゃない。
それでも出来過ぎた流れに、良い意味でも悪い意味でも『もしかしたら』と思わせてしまう――
「期待しすぎるとそのはねっ返りってどうしても気になっちゃうでしょ? ここまで周到に準備してきて、それでなお『明日』に届かないって事になれば……さすがのアタシでも耐えられる自信がない」
「珍しく素直ですな。普段もそれくらいしおらしければ良いのですが。全く、いつから歪んでしまった事やら」
「歪み、か」
これまでの『一日』で決して交わる事の無かった人々が、何の対価も求めず協力の手を差し伸べてくれたのはシャルロッテにとっては全くの意外――いや、最初からこうしていれば、今日の展開は起こるべくして起きた一種の必然。
「大分、時の呪いって奴に毒されちゃったもんだね。なんでこんな単純な事をこれまで思いつかなかったのやら」
「ふっ、ご自分で良くお判りでしょう。思いつかなかったのではありません、それを考えようとしなかっただけ……やはり単調な人生に必要なのは刺激の様ですな」
別に行動しなくたって誰に危害が出る訳でもない。
街の住人は今日も、明日も、明後日も平和な日常を繰り返す。
例えそれが呪われた毎日だとしても、それはそれで一種の答えだと思っていた。
ある種の妥協点に至っていた訳だが、頽廃した聖女の前に待ち構えていた『明日』は悲惨なものだった。
もし焼け落ちる街を見せられてなお動かない様な人間であれば、『白無垢の聖剣女』なんて称号がつくことなど最初からなかったのである。
シャルロッテが如何なる人間か誰よりも理解しているマスターが彼女の心境の変化に気づかない訳もなく、
「貴方が怖いのは『明日』そのものではない。知ってしまった者としての、凄惨な未来を避けなければいけない――責任、とでも言いましょうか?」
「……ホント、私って本当に中途半端ね」
「逃げ出しても良いのですぞ? 生きていれば『明日』は来る。昨日は同時にそれが起こりうることを証明したではありませんか」
確かにこの街で持てうる限りの戦力を結集した事に違いはない。
ただそれを持ってしても、果たして『魔人』と呼ばれるサイクロプスに立ち向かえるのか。討ち取れるのか。生き残れるのか。
いっそ逃げてしまいたい気分。
終始纏わりついてはシャルロッテに囁きかけてくるが、
「結局甘えてばかりだね、マスターには」
例え自死を選んでも永遠に囚われては抜け出せない時の呪い――逃げ場のない絶望から救い出してくれたのは、他でもないマスターだった。
同じ囚われの境遇として彼が支えてくれなければ、シャルロッテの心は当の昔に折れていた筈だろう。
「……アタシのわがままで、こんな長い間突き合わせちゃってごめんね」
結局のところ彼の好意に甘えてしまい、呪いに挑む事すら諦めてしまっていた。
自分が何をすべきか――そんな答え、最初から分かり切っていたのである。
「アタシ、決めたよ。マスターの為にも抗ってみる」
「私は、いつでも貴方の後押しをさせて頂くつもりです」
シャルロッテの紅い双眸の片隅に光るものが薄っすら浮かぶ中、彼女はそそくさとそれを拭っては立ち上がる。
レイピアを片手にワープホールの有る部屋を後にする。
街道を歩いては東の集合地点に向かうシャルロッテ。
自分で出来る事を考えた末に辿り着いた先――これまで付き添ってくれたマスターに『明日』を見せる。
真に自分の理解者であり、これまで彼がしてくれた分の恩返しも含め、それを成し遂げたい。
「神の名の元ではなく、マスターの名の元か。なかなかに傑作だわ」
信念さえあれば恐怖など振り払える物。
東の森へと赴いた際に新兵がこの街を守るという思いの元、必死に抗っていたように。
人生の中で出会いは何回も訪れる。
だが、その中で一生を変えてしまえるほどの出会いは何回あるだろうか。
シャルロッテにしてみれば、神との出会いが一番最初に来るのだろうが、時点でマスターとの邂逅がそれにあたるだろう。
もしマスターと出会わなかったら――
「あれ……」
シャルロッテの心の中に、とある疑問が浮かんだ。
◇ ◇ ◇
翌朝09:00――予定通り昨晩中の襲撃こそ無かったが、普段で有ればようやく寝起きと言った筈の街はあわただしい雰囲気であった。
結局、二日連続で再び夜は越えた。
いや、むしろ今回はこれ程周到に準備してきたのだ、もし午前零時を迎えた瞬間『時の呪い』が発動してまた自室のベッドで目が覚める――そんな事にならずに済んだのはむしろ幸いこの上ない。
しかしながら、この新しい『一日』に亜人の襲来イベントが発生するのもまた確実となった。
「避難完了は……難しいそうですか」
防衛隊の報告にため息をつくシャルロッテ。
曲がりにも人口が数万を超える街の全住人の避難など一晩で完了する訳もなく、最前線となる事が予測されている東西両側の区画ですら、ようやく老人や女子供の退避が完了した程度。
幾ら防衛隊の警護があるとは言え、このまま攻め込まれたらまた前回の世界と同じく地獄が街中で展開する事になるだろう。
「大分殺気立っていますわね」
「……後には引けない、となっては誰だってそうなるものです。そう仕向けたのは貴方ではありませんか?」
街の東門を抜けたすぐ近くの草原。
朝日と吹き抜けてくる風を浴びながら先頭に立つシャルロッテが呟くと、隣に居た教会魔導士の男が呟いた。
避難の優先順位が低い男たちは既に逃げる事を諦めたのか、各々が家に飾られた武具を手に、街を守るという大義名分のもと迎撃へと加わる。
「数こそ絶対的に足りない私たちにとっては歓迎すべきなのは分かっていますし、その意志は賞賛されるべきです。しかし、流石に見ていて不安になりますわ」
「……むしろ聖女様が落ち着きすぎているのです」
勿論、志願兵以下の腕でどこまで善戦できるかは疑問だったが、シャルロッテが言う通り各々恐怖と抗いながら必死の形相を浮かべる――眠れるような環境にも無く真っ赤に充血した目を携え、口々に名誉の為だとか家族の為だとか騙し騙し呟く姿は異質そのもの。
「――はぁ、責任とは厄介なものですわね」
自分も似たような境遇にあるからこそ、その心理はよくわかるといったものだが、
「あと1時間……準備は出来ておりまして?」
「手筈通りです。亜人どもの群れが見えた瞬間から、壁の上にいる魔導士たちには魔力が尽きるまで攻撃を行って貰います……視界が悪くなるのは間違いないでしょうから、合間を縫ってきた敵には留意しましょう」
「えぇ。出来れば私たちが先頭に立って、極力街の皆さんとは接敵しない様に――彼らの頭を押さえる様に心掛けてください」
シャルロッテ達が位置する東側でまともに近接戦闘が望めるのは凡そ20人。
昨日森で接敵した一団と同じ群れとするのであれば、ざっと100数匹程度。本来であれば街の市民の力を借りずとも殲滅を望める数ではあったが、
「本当に、彼奴は来るのでしょうか」
「魔人、ですか。私も見てみないと分からない、といった所でしょうか」
問題は『魔人』サイクロプス。
他の雑魚は問題にならないが、他を殲滅しても逆にそれが1匹だけ残った場合でも、街の崩壊は免れないだろう。
単騎でそれに立ち向かえるほどの実力者になると東西に一人ずつしかおらず、
「私はサイクロプスを討ちます。援護を」
「分かりました」
再びのしかかる重圧を前に、力いっぱいレイピアを握るシャルロッテ。
繰り返す毎日の影に隠れながら立ち向かう事を拒んでいた相手――今日こそその首を撥ねて『明日』を掴まんと、恐怖と希望が混じり合った感情が彼女を包んでいた。
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