第13話 【転機】


 生き残ったのが自分以外に居たのも幸運だった。

 他の防衛隊員からも現場の惨状が伝えられたことで、シャルロッテの言う所の『神』のお告げにいよいよ信憑性が出てくる。


 勿論大損害を出した件はシャルロッテも今後咎められるだろうが、少なくとも今は亜人の群れがすぐそこまで迫ってきているという事実を突きつけられた町長は、


 「よもや――平時だというのに、死者・行方不明者がこれほど出るとは」

 

 焦燥の色を覗かせる街の上層部とは対照的に、


 「反対の西側も同じ状況と見て良いでしょう。奴らも亜人で有って獣ではありません。挟撃を仕掛けるほど容易に考えつくでしょう」


 シャルロッテは落ち着いた口調で説明した。

 出発前とは違い、今度は直感でも予感でもなく、紛れもない事実。

 それを裏付けるように同時刻に南北と西に展開した部隊の内、シャルロッテ達とは反対に位置する西部へ向かった20人は未だに未帰還――既に日も沈みかけている事から、人間優位から獣優位になってくる。こうなってしまえば生存は絶望的であろう。

 シャルロッテは蔓延る不安を更に煽るかの様に、


 「しかしながら、これほどの大規模な軍団を統率しての行動。単に一日を生き抜くという動物的な思想から、既に戦略的な思惑を伴っている様に思えます」

 「どういう意味かね?」

 「おそらく亜人にも統率者が居て間違いないでしょう――下手をすると『魔人』がこの襲撃を企ている、という解釈も出来るでしょう」


 亜人に魔獣、これらは行動原理が単純だ。他者を狩って腹を満たしたり、殺したりして自身の生息域の確保を目論む。言ってしまえば方法を多少工夫できるとは言え、獣の範疇を超える事はない。


 しかしそれがサイクロプス――『魔人』レベルとなれば話は別。

 奴らは大局を見極める能力を有しており、必要以上に敵を殺すことに意味を見出す。

 その脅威が如何なるものか、曲りなりとも教養を積んでいる筈の町長が理解できない訳もなく、


 「なんと……そんな物に襲われたはひとたまりもないぞ」

 「外部に助けを求めようにも、今からでは間に合いません。この街に留まっている戦力のみで対応せねば――どうなるかは貴方も良く知る所かと」

 「一体なぜそんな物がこの街を……」


 それだけはシャルロッテも散々怪訝に思っていた点。

 亜人は通常食糧や魔力の多い場所を襲うというが、辺境で自活していくだけでも精一杯なこの街を襲うメリットなど感じられなかったが、


 「現状それを論じても意味がありません。町長、貴方にしかできない事もある筈です」

 「……分かった。今すぐにでも迎撃隊を編成しよう。勿論、街に滞在している冒険者たちにも応援は求む」


 町長のその言葉で、今までなかった展開まで持ってくることが出来た事をシャルロッテは確信する。

 

 幾らシャルロッテ個人の力量が強くとも、見方を防戦一方の撤退戦を行うなど到底不可能――それは何回もサイクロプスに挑んでは殺され続けて自身が良く知っている。 

 それを殲滅までとは言わずも、追い払うだけの準備は整えられる見通しが立った。


 「住民の避難は並行して始めよう……私は戦争に関しては素人だ。指揮は君に任せよう」

 「――分かりました」

 

 もう一点考えを改めなければいけないのは、今までただ保身しか能のしかし無いと思っていた町長だろう。

 いや、保身という観点ではいまだに変わっていない。

 既に小鬼襲撃が確定事実である事を、多数の未帰還者を出した事で今回は街中が知っている。

 そんな中、このままノコノコ逃げ出そうものなら、政治責任どころではないのは理解しているらしい――いずれにせよ、今は一蓮托生。互いに退けない戦いである事を理解した上で、


 「一緒に生き延びましょう」


 町長は緊張で引きつった笑顔を浮かべながら、シャルロッテに手を差し伸べた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 日が沈み始めた頃、防衛軍の詰所にはこの街の防衛の中核を担う猛者たちが集結していた。防衛隊長を始めに、偶々街に立ち寄っていたB級以上の冒険者、教会魔導士、元王族騎士団の老兵――そして、『白無垢の聖剣女』。

 取りまとめの任を町長直々に賜ったシャルロッテは、


 「――以上が作戦の概要です。不明な点は?」

 「北と南の防衛に兵力を裂かないのは些か不安が残るのでは?」


 作戦指揮用の名がテーブルに置かれた大きな地図、その上に指揮棒をおきながら問いかけてきたのは街の防衛隊長。この意見に賛同する者は多く、発言する事はなくとも多くの者が無言で首を縦に振る。


 「昼の時点で偵察隊が接敵しなかったとはいえ、それを信じ切るのは早計かと」

 「襲ってくるのは東西からのみです。そして、進行は明日早朝――それまで、彼奴等が動く事はありません」

 「根拠は?」

 「――神の御導きです」


 相変わらず根も葉もない論調。

 流石にこれで納得せよとするのは強引過ぎたのか、反論しようとする面々だったが、


 「まぁ、それでいいじゃねぇか、お堅い事言わずにさ。どうせ別の場所から襲ってくるっていう証拠もないんだし」


 案外にも止めたのはアランという名の冒険者だった。

 もともと王都でも名を馳せていた強者だったらしく、実力だけで言えば『白無垢の聖剣女』と肩を並べるほど。

 防衛力の二強が揃って同意見を述べる中で他の有象無象はそれだけで反論を控えるが、唯一防衛隊長はそれに委縮する事なく、

 

 「しかしだな、部隊を配置する上で動きはできん。奇襲を掛けられてから再配置では間に合わんのだぞ」

 「じゃあアンタの部隊の一部を南北に回せば良い。どうせ住人もそっから逃げるんだ、敵が襲ってこなくて仕事が無かったら、避難誘導でもしてれば良い」

 「だが、それでは逆に東西の兵力の分散に――」

 「教会魔導士の連中が外壁から手当たり次第遠距離攻撃するんだろ? お零れが城内に入ってこないよう個別に捌くんなら、少数精鋭の冒険者諸兄に任せた方が良いだろ」


 戦略的にはアランの意見の方が筋が通っており、これには先ほどから無言だった面々の論調も傾き始め、


 「冒険者様に同意いたしますな。総数が足りない以上、四方を正規兵で固める案こそむしろ兵力の分散になります。場所を限って集中した方が良いかと」

 「対人間相手ならアンタ等軍人さんの言う通りだよ。だが相手は亜人、すばしっこい奴らを相手にするんなら、兵団なんてむしろ互いが邪魔でロクに動けんぞ」


 そう言うのは別の冒険者パーティの面々。

 対亜人のスペシャリストと言う事もあり、それ以上の反論は生まれなかった。

 恐らくそうした方が自身の報酬の取り分が増える故の考えかもしれないが、


 「まぁ、そういうこった。どうだ、これなら『神の御導き』なんて理由を持ち出さなくても良くなったろ、お嬢ちゃん?」

 「えっ? ……えぇ、ありがとうございます」

 「 ……おっと、神様を貶してる訳じゃねぇぜ、悪しからず」


 教会の連中の視線が殺気だった物に変わった事から、アランは急いで釈明する。

 

 とりあえず配置についてはある程度纏まり、西はアラン、東はシャルロッテ、そして南北は防衛隊の正副隊長が取り仕切る事となった。

 顔すら見た事のない面々が集っている時点で、シャルロッテにとっては体験した事のない世界――酒浸りで自堕落な生活を過ごしていたこれまでと、とてもじゃないが同じ『一日』を過ごしている様には思えなかった。

  

 が、その一方でこれまで予定調和と思えた『一日』の中で新たに浮かんだ懸念もあり、


 「問題は……敵の誰がこの大群を仕切っているか、です」


 これまで西の迎撃こそ経験してきたし、夜8時を回った今であれば『魔人』サイクロプスが居るのは確認している。

 が、今日初めて足を踏み入れた東の草原地帯にも同じ規模の亜人の群れ――


 「『魔人』級の敵が二体いるのではないでしょうか?」


 自身の推測を述べるシャルロッテ。

 東西両方の集団は街を跨いで恐らく直線距離で5kmは離れている。

 幾ら『魔人』に亜人に対する統率力が有ったとしても、それだけ離れた別の集団を同時に操るなど、遠隔での思念伝達といった高等な魔法が使えない限りは到底不可能。

 彼女の持論を前に冒険者のアランは、

 

 「推測としては間違っちゃないかもな。そんな芸当可能なのは、既に『魔人』を通り越して更にランクの高い『魔神』レベルだ」

 「それほど高位の存在であれば、猶更こんな田舎町を襲う意味が見つからない……『魔神』の可能性としては除外しても良いでしょう」

 「じゃあ、あれか、 偶々自然発生した 別々の集団が、ほぼ同時に同じ町を襲う――そんな事起こり得るのか?」


 シャルロッテとしてもアランと同意見。

 そもそも亜人の中で『魔人』級に突然変異を起こす事すら稀なことなのに、場所や時間などの条件まで加味したら、それこそ起こりうる確立など天文学的な数値だろう。

 勿論前例など聞いたことは無いし、シャルロッテも最初は検討にすら上げていなかったのだが、  


 「もし、これが全て神による『必然』であれば――」


 癪ではあるが、あのスーツの男――神の代行を名乗るその男の言葉で、すべてに説明がつくのであった。

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