第12話 【隠された邂逅】


 本来予定されているより10時間以上早い出発。


 町長から確実に防衛本部に指示が行っているかなど確認するまでもない。

 シャルロッテも防衛隊の詰所に押しかけては三小隊計約20人を引き連れ、そそくさと街の城壁を出た。

 いつもは酒浸りの駄目人間も、こうして部隊を引き連れるとなると気合が入るもので、

 

 「街の外に出るなんて何十年ぶりかしら……」

 「……? 聖女様は毎日魔獣の討伐の為、外の平原にて巡回をしてくださってる筈では? 昨日もワーウルフを殲滅したご活躍をされたと伺っておりますが」

 「えっ? ……あ、あぁ、そういう事でしたわね」


 他愛のない独り言を聞かれたのは意外だったが、慌てて仕事口調で隣を並走する兵士に返す。馬に乗る事すら大分久しいが、要は自転車と同じ要領。結局のところ身体はいつまで経っても乗り方を覚えているものである。


 手綱を握りながら、馬を街の東側へと歩ませる。

 本来――Poporloで酒浸りになるのが日課になる前の『今日』の予定で行くと、まずはいつも通り教会で神に祈りを捧げ、その後は街の近辺で魔獣の定期駆除。その後教会と街の役場から急に呼び出され、東に出現したという小鬼の群れの偵察任務を任される。そして――

 

 「それにしても、なぜいきなり魔獣の討伐など? ……わわ!」

 

 過去を振り返っては無力感にシャルロッテが浸る中、先ほど自身の独り言を盗み聞きしていた少年が単調な蹄鉄の音に紛れながら聞いてくる。

 常設の部隊こそあれど、街の防衛軍は基本有志の住人から成るのだが、恐らく彼もそういった一般市民の端くれだろう。どうも騎乗に慣れてないのか左右に体を捻り振り払おうとする馬に悪銭苦闘しては手綱を右往左往している。

 頼りないその姿を前にシャルロッテは、


 「……落ち着いて。無理やり手綱を握ると馬は嫌がります。彼らのペースに合わせてください」

 「は、はい!」


 彼女のアドバイス通り、馬に任せる様な形で落ち着かせると、しばらくして暴れは落ち着いた。

 ようやくマトモに会話できる環境になった所で、


 「先ほどのご質問ですが――私が討伐の理由を『神のお告げ』と申し上げれば、貴方がたは信じてくださるのでしょうか?」


 シャルロッテは若い兵士に返す。

 神への信仰が盛んではない街だ。これだけでは理由としては不十分だったのか、少年兵は「えっ」と言葉に詰まる。しばらくして考え込むと、


 「分かりません……ただ、魔獣が近くでも蔓延っているのは知っていますし、聖女様のお言葉でしたら、我々は従うのみです」

 「ふふふ。『白無垢の聖剣女』とやらは、あなた方にとってそれほど頼もしい存在かしら?」

 

 そんな聖女の実態が酒浸りで街の人間の命に価値など見いだせなくなってしまったカスだと分かったら、この少年はどう思うか。

 自虐も含めそう茶化すシャルロッテだったが、少年の方は、

 

 「何をおっしゃいますか! 貴方のその力は本物だという事は知っています。貴方について行けば無駄死にはしないと確信しています」

 「それはありがたいお言葉ですわ。でも、あくまで年増の年長者として助言させてもらいますと、そこまで女という者を過信しない方が良いですわ」

 「いえ! この街の為には命を投げ出しても良いと思ってる覚悟です――だからこそ、貴方の指示には死んでも従うつもりです」

 「アタシは……貴方が思っているより立派な女ではありません。それに、命を賭けるなんて軽々しく言わない方が良いですわ」


 聞いている方が痒くなってくる言葉を、何の恥じらいもなく語る少年に対し一言。

 見かけ上は大差ないかもしれないが、体感的には既に数百年も経験してきたシャルロッテ――精神は時間と共に年老いてゆくものであって、そんな希望に満ちた思想など若気の至りと切り捨てられる程には達観していたシャルロッテ。

 内外不釣り合いな彼女を前にも少年は夢を語り続ける様に続ける。


 「……確かに俺はまだ若造かもしれません。でも、貴方を信じていれば、自分の中での『大義』を果たせるような気がするんです」

 「大義、ですか」

 「俺には年老いた両親とまだ幼い兄弟がいるんです。彼らを平和な場所――この街で何不自由なく過ごしてもらう。そのためには自分の命など惜しくもありません」

 「……それは……ご立派な事です」

 

 勿論シャルロッテにもそういう偉大な考えが無かったという訳ではない。

 が、人生それ程うまくいくものでは無いし、死んで終わりという世界でもない――


 「まぁ、私も守る様に努力はいたします。貴方も、貴方が抱く『大義』も――そして、この街も」


 綺麗な言葉を並べつつ、すべては自分の為。

 大志も、理想も、意地も、すべては自分を奮い立たせるだけの言い訳。

 自信を奮い立たせる事ですらいつしか億劫になっていた彼女だが、それでも焦点は見失っていなかった。

 ――この『一日』の呪いを解く、ただそれだけだ。


 

 ◇ ◇ ◇



 東の平原を抜けると森林地帯に差し掛かる。

 そもそもここまで遠出をした事ない。あえて深追いする必要も無いのだが、ここに何が潜んでいるか全く未知の領域である以上、

 

 「周囲の警戒を怠らない様にしてください」


 馬郡の先頭でシャルロッテは指示を出すが――


 「きしゃああ!!」


 案の定の接敵。横に佇む木々の影から小鬼が数匹、いや十数匹単位で襲い掛かってくる。明日、東から攻め込まれるのが分かっていた以上、接敵自体は予想していた事だし、出発前から散々注意を払う様にシャルロッテから同行する隊員たちに周知させていた筈だが、


 「て、敵だぁあああ!」


 本音のところ、所詮は町長と同じで、亜人の大部隊が街に迫っているの情報を真に受けていた人間は少なかったのだろう。

 戯言と捨て履いていたにも関わらず、思いもよらぬ奇襲に部隊は大パニックとなる。


 ある物は手綱をひいては馬をがむしゃらに走らせ、ある物はヤケがさしたのか応戦――一般市民に毛が生えた程度の民兵で何を出来る筈もなく、一人また一人と小鬼の餌食となっていく。


 「皆さん、落ち着ていてください!」


 既にシャルロッテの言葉など耳に入らないのか、各々が散り散りとなる。

 馬の突破力程度で武装した亜人の包囲網から逃れられる筈もなく、


 「た、助けてくれええ!」

 「嫌だ!死にたくない!!!」


 戦わずして逃げに徹すでも、追い付かれては確固撃破されていく有様。

 一匹二匹と潰した程度で敵の勢いは止められる筈もなく、20人は数えていた防衛隊は瞬く間に殲滅、気づけばシャルロッテの周りにいる数人のみとなった。

 この状況を前にシャルロッテは放てる限りの大声で「撤退」と叫ぶも、時すでに遅い――いや、彼女がそう指示を与える前から逃げ纏っていた連中ですら次々と毒牙に掛っているのだ、もはや小鬼の殺戮ショーに他ならない。


 「くっ!」

 「シャルロッテさん! 相手の頭を叩けば!」

 

 それでいてなお、道中彼女に話しかけてきた少年はシャルロッテよりも冷静だった。修羅場などこれが初めてだろうに、この落ち着きよう――新兵如きに後れは取れまいとシャルロッテは己を鼓舞すると、


 「皆さん!私の後ろへ一直線になってください! 方位を突破します!」

 

 シャルロッテは踵で馬の腹を叩くと、盛大な嘶きと共に加速。

 張り付いて来ようとする小鬼をレイピアで薙ぎ払いながら道を開く――亜人の死体を道しるべに、他の兵たちも必死で馬を駆ってはついて行こうとする。

 先頭を突き進むシャルロッテも一々全員待っている余裕などなく、追い付けない者は次々と落伍しては小鬼の餌になっていく。


 数千メートルと過ぎた辺りで小鬼も諦めたか、追撃を辞め森へと帰って行った。

 ようやく馬の足を緩められる頃になると、彼女の周りに残っているのは5人とおらず、


 「……残ったのはこれだけですか」


 命こそあれど、過度の恐怖か空を見つめてはうわ言ばかり呟く者も居たし、馬こそついてきたが、その背に乗せるものはいなかったり――結局五体満足で帰ってこれた者としては、


 「貴方は無事だったようですね」


 右斜め後方でゆっくりと馬を進める、例の少年。

 小鬼の爪に引っ掛けられたのか、右肩から出血をしているが命を拾う事には成功したようだ。表情はひどく憔悴しきったものだったが、


 「……私の読み違いですね。よもや、あれ程の小鬼が潜んでいるとは」


 覚悟こそしていたが、よもやあれ程の数。

 小鬼は血のつながりのある個体通し群れで行動すると聞くが、百に迫るあの数となれば複数個の群体から成ると見て間違いない――それをまとめ上げる個体が居るのもまた事実。

 当初は東にいると思われていたサイクロプスが、実はこっちの方に潜んでいるのは間違いないだろう。


 そもそも方角に固執していたのが間違いだった。

 アレだけの数が街から目と鼻の先に潜んでいるとあれば、流石に街の上層部の石頭どもも避難にしろ救援にしろ対策は取るだろう。

 それだけの情報を持って帰れただけでも大戦果ではあったが、


 「貴方の気持ちは分からなくも有りません。ただ、散っていた仲間たちの死を無駄にしない為にも、今は何ができるか考えましょう」

  

 シャルロッテは先ほどから一言も発すことのできない少年に対して慰めの言葉を投げかけた。

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