第11話 【クレバーに行こう】
時は動いてくれたが、果たして昨日の出来事が単なる偶然で有るかどうかも分からない。それでも、少しでもこの終わらない一日の呪いを解く可能性が有るのなら――
「臨時休業などポリシーに反しますな」
「どうせ客なんか来ないの分かってるでしょ? このまま永久休業よりはマシよ」
二人は密輸用のワープホールが開かれている例の家屋に立ち寄っていた。
時間軸にして丸一日早くこの拡張作業を行う事になるのだが、
「して、逃げるだけなら今からでも私とあなたで街を抜け出す事も可能では?」
「そうなんだけど、鬼たちがどこにいるか把握できない以上、鬼の野営地にでも繋がったら目も当てられないでしょ?」
万が一小鬼が攻め入ってきた時でも、このワープホールさえ繋がっていれば人々の避難は可能となる。勿論物質を転送する度に魔力を消費するので、実際に何人逃げ出せるかはマスターの技量次第といった所だが、
「貴方がただ単に逃げる事を本意として思ってないこと位は察しておりますよ。それが今に限った事ではなく、ずっと昔から思っていたという事に対しても、です」
マスターには葛藤を見抜かれている様だった。
「ふぅ。理解されるって大分癪な感情なもんね」
「その感情を酒で誤魔化そうとしている辺り、可愛げ有るというものですが――随分ご立派になったようで」
「……やめてよ」
今の自分が何を出来るか。
Poporloのカウンターで考えた末に辿り着いたものはなにも無かった。
「アタシは単に――」
思う事は山ほどあるが、それを口にしようとしては首を横に振って払う。
今はただサイクロプスを討ち、小鬼が街へ蹂躙してくるのを防ぐ。
言ってみてしまえば簡単だし、薄々自身が今日という一日に囚われた原因がそこにある事ぐらい分かる。
――これまでがそうだった通り、多少抗いた所で変わらない。
出来ないからこそ酒に溺れ始めたというのもマスターの指摘する通り。
勿論、訳の分からない状況を目にして、これまで通り酒で腐る事も出来たのだが、
「ねぇ、マスター。本当に、これで良いのかな?」
シャルロッテは弱弱しく問いかける。
多少アプローチの方法を変えた所で、果たして何が変わるのか。
何度も何度も何度も『魔人』と称される鬼と対峙しては、成すすべなく殺される日々。死んだかと思えば、『もう一回戦え』と言われんばかりに繰り返す毎日――やがてシャルロッテは抗う事すら諦めた。
酒を浴びては自分の責務を紛らわせ、マスターに甘えるばかり。
今だってそうだ。結局、自分の弱さを受け入れてくれるマスターに何もかも押し付けてるばかり――いつしか自身の行動原理さえ歪んでしまっていった。
「人生、逃げるのも選択肢だと私は思います。かつて自分がそうした通り。そしたらどうか――片田舎で細々とマスターをやるのも悪くは無いと思いますよ」
「……」
「貴方は『逃げる』とは単純で、簡単で、そして恥ずべき事だと思ってるかもしれませんが、それは違う。逃げるにしろ準備だった必要だし、他の人の助けはいる」
「……」
「そういう意味で、貴方が今している事は決して間違いじゃないと、私は思いますよ」
マスターが最後に紡ぐは暖かい言葉。縋ってしまいたくなるそれ。
本能的に身も心も寄せてしまいたいと思わせてくるあたり、やはり生粋の女たらしかもしれないが、
「……ありがとう、マスター」
違う。そうではない。
それではいけないのだ。
逃げる――それを『神』が許してくれるはずがないのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「根拠はあるのですかな?」
「有ります。が、残念ながらその説明を客観的にはできません。強いていうなれば、神の御導きと言った所でしょう」
「神、ねぇ。生憎だがそれだけの理由で街の住人を避難させるというのは些か無茶がありますな」
街役場の一室。シャルロッテは『白無垢の聖剣女』たる正装で街の長と面会していた。入るや否や、『明日、街が小鬼の群れに襲われる』と切り出したものだから、相手も大分迷惑そうな表情を浮かべている。
すぐにでもこの場を切り上げたい気持ちが見え隠れする町長だが、それでもシャルロッテは食い下がり、
「ご存知の通り、最近は魔王復活の影響から各地で亜人や魔獣の被害が多発しているのは貴殿もご存知の通りかと。中には魔人の出現まで報告されております」
「だからといって、それは遠く離れた王都近辺でしょう? この街がそう言った事に今すぐ巻き込まれるという結論には至らない筈です」
政治は大嫌いだ。
やれ背景やら経緯やら思惑やら――だからこそ、これまでこの世界で生きてきた中でも、あえて避け続けてきた。
こういう既得権益に甘んじているもの達に助けを求めること自体、癪でしかないし、それは今でも変わっていない。
「あえて聞きますが、もしそうなった場合、住人に危害が及ばない事は保証できますか?」
「そのために貴方がた防衛隊が居るのでしょう? 万一、防衛網が突破される様な事があっても、ご存知の通りこの街には強固な結界が有ります。畜生程度に土足で入り込まれる程落ちぶれてはおりませんよ」
できませんと本音を吐くような奴で有れば、そもそも政治になど関与してない。実際、そんな体制になってない事くらい、自分の身をもって知っているのだ。
だが聖職者という者は便利な職業で有り、
「私は政治に精通している訳ではございませんし、貴方がた本職にしか分からない世界があるのは心得ています。去れども、私も神に仕えるものとして、一言だけ言わせていただきたい――貴方は、神のお言葉を無下にするというのですか?」
「それが住人を強制避難させるのに何の関係があると?」
「主たる神は全知全能――その神が『この街が危ない』とお告げになっておられるのです、小手先の守りで何とかなるので有れば、私に問いかける事は無かったでしょう」
自分で言っておきながらその内容は駄々をこねている子供のそれ。
何でもかんでも『神の名のもとに』押し通そうとするも、我ながら言ってること自体は町長の方が正しく、
「生憎私にそういったものは聞こえないのでねぇ。パニックをもたらさない前提であれば、教会前でその神の教えを説く分には別に構いません。それを踏まえて、街の住民が貴方の言葉を聞き入れ、自主的に避難するというのならそれでも良いでしょう。信仰の自由という奴です」
街を挙げて亜人からの大規模避難という作戦は恐らく不可能。だが、それくらい最初から分かり切った事であり、だからこそマスターに抜け道の拡張をお願いしたのだ。
シャルロッテが真に画策しているのはこれからで、彼女は分かりました、と軽く返すと、
「ただし、私も聖職者として――いえ、街の防衛を担う者としても、神のお告げを見て見ぬふりというのはできません」
「防衛隊の動員権はいくら貴方でもありませんよ?」
「承知しております。だから、これはあくまで進言と捉えて頂いて結構です。判断はお任せします」
戦闘になれば持つ力の優劣のみで誰が率いるかが決まる。
もともとの職業がなんであれ、力さえ持っていれば作戦の指揮を執る事が出来るのがこの世界の掟――それを担うのが軍人という限られた職で無ければならないという決まりはないのだ。
だからこそ町長もシャルロッテを過度に軽視する訳にも行かなかったのだが、
「言ってみてください。貴方の反感を買って防衛から抜けられてしまうのも、それはそれで痛手になりますからな」
「一中隊……いえ、一小隊で良いので、東西南北、いずれの方角に対して偵察任務に当たらせる事はできませぬでしょうか――そうですね、今すぐにでも」
これまでの『予定』では東に一小隊見回りに派遣され、それにシャルロッテも同行する計画。ただそれだけでは如何せん敵の全体像が把握できず、実際昨日の襲撃時には全く予期せぬ西側からの奇襲で始まった。
今回はその監視を各方角にも回す事で、相手の勢力を正確に把握する――今の時間なら近隣の街に救援を求む事だって可能だろう。
「まぁ、その程度の頼みで有れば貴方の肩書を使うだけで十分でしょう。街としても反対する理由もございません」
「では……」
「防衛隊長には私から指示を出しておきます。指揮は貴方に任せますよ」
これは今までで初めてのパターンである。
そもそも腐敗臭と陰気な雰囲気から、『一日』が始まって以来、一度たりとも役場に訪れた事がないシャルロッテ。故に町長と会話するといったこと自体、『日課』から外れた行いであったのだが、
「ありがとうございます。勿論、接敵が疑われる場合は直ぐにでも住人の避難をお願いします」
「その時はその時ですが、余り闇雲に政治の話に神を持ち出して欲しくないのは理解していただきたい」
シャルロッテは部屋を出ると小さくため息をついて、そそくさと役場を後にする。
クソ以下の連中とは思っていたが、存外順調に協力を取り付ける事に成功した。
案外『白無垢の聖剣女』の名も捨てたもんじゃない様で、これで少なくともただ何の準備も出来ぬまま亜人に蹂躙されるという事は避けれるかもしれない。
――自分がやるべきこと。
これまでもそうだったが、間違いなく自分だけ生き延びてこの街を見捨てる、というのはそれに恐らく当てはまらないだろう。
別に昨日のあの男がそう言った訳でも無かったが、どこかそれが自分が神に与えられた使命だと信じている節がある。
だが、この程度で呪いを突破できるのなら、最初から苦労はしていない。
終わらない一日に囚われてはその繰り返し――彼女の心を折るに至ったのは、もっと別に有るのだから。
それを思い出しては、ふと思う。
これまで試してきた数々のそれが無駄だった様に、やり方は違えど、果たして自分が行っている行為に意味は有るのだろうか。
また全て要らぬ足掻きと知った時、果たして自分は正気を保てるのだろうか。
「もう一回だけ――信じてみるか、神とやらを」
教えさえ守っていれば、自然と道は開かれる。
この世界に生を受けたから脳死的に受け入れていた概念を肯定するつもりはないが、それだけを信じてシャルロッテは再び歩み始めた。
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