第8話 【神はいるのか】


 「ふぅー……スッキリはしなかったけど。まぁ、時間つぶしにはなったわね」


 八つ当たりも八つ当たり。その矛先となった小鬼たちを路地裏に無残な形で残し、再び逃げ道が隠された家屋のある街道へ戻ってくるシャルロッテ。


 「ちょっと奥に入りすぎちゃったみたいね。早く戻んないと」


 無意識ながら相当足を運んでしまったらしく、シャルロッテはマスターたちのいる家屋から大分離れた場所に現在位置していた。

 散発的な火災は街中に延焼しており、ここからで有れば既に近くの路地から炎が覗く有様。目に見えずともこれだけ近ければ一酸化炭素中毒の危険すらある。


 「流石にもう人間は来ないでしょうね。マスターの方は終わったかしら……そろそろ出来上がんないと、折角命拾いした街の皆さんも仲良く家の中で蒸し焼きになるわよ」


 恐らく亜人達も撤退し始めたのか街の喧騒は引いている。

 今ではパチパチと物が焼かれる単調な音と、時折何かが崩れ落ちる音が響くだけ。

 一つの街の終わりはいつもあっけないほど粛々と進むものだが、


 「と、流石にこれじゃ生き残ってる人たちビックリさせちゃうかな」


 ふと自分の服に目をやる。

 ウェディングドレスを象った様な純白の衣装は、既に紅く染まってない箇所を見つけるのが困難な有様。

 シャルロッテは暫く辺りをキョロキョロすると、住宅地に混じって商店の看板が目に入った。


 「火事場泥棒じゃないけど……これも街の住人を守ったアタシに対するお布施の一種と言う事で」 


 ゆっくりと向かってはその店の前で立ち止まる。

 施錠をする暇など無かったのだろうか店の扉は大きく開いており、当たり前だが中は無人。

 シャルロッテはそのまま店内に入ることなく、窓ガラス越しに店内に陳列される洋服を見る。


 「あー、服なんてどん位買ってない事やら。なんか可愛いの無いかなー」

  

 手を顎に添えつつ前かがみで覗き込むシャルロッテ。

 実用性を考慮服以外にも帽子やアクセサリーなども豊富にそろっており、いつしかぶりに高揚感を感じられる。その傍らで、


 「修道衣もこれくらい、少しおしゃれにしてくれたらねー。古臭くてたまんないわ」


 自身の境遇を皮肉るように小さく笑う。

 そしてシャルロッテはふと思う。


 もしこの街が平和なまま時を刻んでいってくれたなら。

 もし『白無垢の聖剣女』なんて肩書を捨てたれたら。

 もし教会の束縛を逃れられたら。

 そんな時は、歳相応の少女として自由に生きて行けるのだろうか。 

 IFでしかない妄想にちょっとだけ寂しさを感じるシャルロッテだったが――


 「……!」


 鏡越しに写る自分の背後、燃え盛る家屋の屋上が一瞬小さく光る。

 戦闘職たるもの、脳が状況を理解よりも早く身の安全を守る訓練は積んでいるし、今回も見事それが功を奏した。

 シャルロッテもそれが何を意味するのか理解する前に、咄嗟に振り返って姿勢を逸らす。


 「わっ!」


 間一髪、彼女の髪の毛を数本巻き込みつつ、頭の隣を何かが掠めて行った。

 戦闘の緊張感が切れていた事もあってか、直撃こそ免れたものの、シャルロッテの白い頬に一筋の鮮血を垂らす。


 花も恥じらう乙女の顔を傷ものにした罪深き『何か』は、軽快な音共に窓ガラスを小さく割りながら店内に飛び込んでいく。

 シャルロッテは恨めしそうに、床に当たって跳ね返るそれを見ると息を呑む。

 

 「なんで小鬼ごときが矢なんて使えるのよ!」


 棒状のそれの先端には鋭利な石の様な物が付いており、それが矢である事を瞬時に理解できた。

 亜人というくくりで有れば別に珍しくもない攻撃手段。

 だが一般的には殴る蹴るの暴行、良くて棍棒程度しか扱えない小鬼で有れば、如何せん高等過ぎる手段。


 予期もしていなかった遠距離攻撃だが、そればかりに戸惑っている暇はないらしい。

 矢が飛んできた方の屋根の上を見ると、そこにはずらりと一列に並ぶ小鬼の大群。

 いずれも一杯まで弓を引いており、


 「あー、もう! それ反則技だから!」


 次の瞬間、幾十もの一閃が彼女に向けて飛翔。

 がシャルロッテは態勢を低く保ちつつ、街道を駆け抜けていく。


 「……く!」


 雨の様に降り注ぐ棒が次々に石畳の道に当たっては弾かれ、カランカランと小さい音を奏でていく。

 数あれど幸いにも彼女の肉体を捉えたものは無かった。

 

 「よっと!」


 咄嗟に屋外に逃げ込み、外壁の影に身を隠す。

 それと同時に矢の雨はやんだが、奇襲が失敗したからといって小鬼が諦める訳でもないようだ。

 少しだけ頭を出して小鬼たちが居る屋上を覗くと、そこには次々に矢を持っては弓に掛けてシャルロッテが身を潜めるの方向へと向けている光景。


 「うわっ!」


 軽快されている中でそんなシャルロッテを見逃すほど小鬼も愚かではなく、すぐさま飛んでくる矢。咄嗟に身を低くして避けるが、壁に当たって矢が跳ね返る音が無数に響いた。


 「長距離攻撃持ってないのよ、こちとら」


 ノコノコと出て行ったらハチの巣なのは間違いない。

 壁を駆け上がって一匹一匹仕留める事も出来ない訳でもないが、アイスピックで一匹一匹突き殺していくなど到底不可能。愛刀を自宅に置き忘れた事をここになって本格的に悔やみ始める彼女だが、


 「はぁ、はぁ、はぁ。何でかしら……息が……」


 身体的な能力は毎日時間が巻き戻る事によって衰える事は無かったが、戦闘向けの呼吸法などは当の昔に忘れてしまっている――もしくは単に二日酔いの影響が極限状態であるいま如実に表れたか。

 いずれにせよ、息が上がってまともに空気を吸う事すら難しい状況に陥っていた。


 「ったく……こんな戦闘になるなんて聞いてないわよ」


 幸いにも小鬼どもの攻撃は魔法で無く、普通の矢。

 おそらくではあるが、石を研磨して鋭くした程度でレンガ造りの家屋の壁を貫くほどの威力は持たない。

 このまま息を整えてから、自マスターたちのいる家屋まで壁を一棟一棟壊しながらに逃げる方法も有る。が、如何せん大火が迫ってるなかそんな事をしている時間もない。

 

 シャルロッテは意を決して一つ深く深呼吸。

 そして窓枠を勢いよく乗り越えて飛び出すと、街道に足がついた瞬間、ほぼ持てうる限りの脚力を駆使し、一直線に加速していく


 「はっ、そんな直線的な攻撃が当たるもんですか!」


 文字通り風よりも早い豪脚に合わせて予測射撃が出来る程、小鬼の知力は高くない。読み通り等の昔に走り抜けた地面にばかり当たる小鬼の矢だったが、


 「!!!」


 途端、足に力が入らなくなり豪快に転倒。

 手足の肉が石畳にすりおろされる感覚に陥りながら、シャルロッテは街灯に滑り転ぶ。


 「痛……」


 手を抑えながら再び逃走を図るべく足に力を入れようとするが、シャルロッテはここで異変に気付く。


 「力が――入らない」


 痛みではない。

 骨が覗くような切り傷を負ってでも戦えるほどの彼女だ、走って転んだだけで動けなくなるというのはあり得ない。

 相手の魔法にかかった訳でも、攻撃が当たった訳でもなく――


 「毒……!?」


 ふと一番最初に自身の頬を掠めた矢。

 全身に痺れが有り、今ではその傷口に手を当てる事すらままならないが、考えられるとしたら矢尻に麻痺などの毒が塗られていたとしか今の状況を説明できない。


 「――ひっ」


 が、そんな推測に辿り着いたところで、鬼たちが待ってくれる訳もない。

 途端、遠くの家屋から無数の矢の束が自身に向かって飛んでくるのが見えた。

 今回は影を射抜くだけのような弾道ではなく、一本一本が彼女の身体に飛び込んでいく軌跡を描いている。


 小さく悲鳴を上げては、万事休すを悟るシャルロッテ。

 固く、固く目を瞑っては向かい来る死の弾道から視線を背けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る