第7話 【狂気なご褒美】
酒に後ろめたさを混ぜないべく、逃げ纏う市民を救う。
自身の原罪の言い訳を作るただそれだけの為に、シャルロッテは己の武を行使する。
「せ……聖女様!」
「聖女様がいらしてくれたぞ!」
「助かった!助かった!!!」
勿論この街の全員を助けられるなど傲慢な事は言わないし、自分の身の危険を冒してまでそんな大義を求めるなど馬鹿な事は元より考えていない。
まだアイスピックが脳天に突き刺さってはピクピクと痙攣する小鬼を足でけ飛ばしては、
「……この先の民家に外へと逃れられる道が有ります。皆さんそこへ。大丈夫、必ず生き残れます」
微笑みながらそう言うだけだけで、
「分かりました」
「良かった、これで助かるぞ!」
「聖女様、このお礼は何とすれば……!」
絶望の淵で這いつくばっていた人々に、希望の光を与える事が出来る。
絶大的な力で守ってやる対価とばかり、往年の『英雄』だの『救世主』だの持て囃されていた頃に置き忘れた栄光の味。非力な住人たちはそれをシャルロッテに思い出させてくれる――ウィンウィンとはまさしくこの事だろう。
迫りかかってくる雑魚をプチプチと殺すだけで承認欲求が満たされる。悪い気分で有る筈がない。
それだけを行動原理としてしまわないよう、自身を諫める教えを説くのがこの世界の宗教とやらであるのだが、
「皆さん、今は自分で出来る『最善』を尽くしてください。ただし、それより前に『生き残る』が前提で有る事は、決して忘れない様に」
宗教の名のもとに、心の中では神の教えを背く不逞。
彼女に救われては『神の救いだ』と歓喜するこの人々たちも、結局のところ自分の罪悪感を減らす為だけの口実――罪の片棒を担わせているだけ。
神の名のもとに、ありもしない不屈の精神とやらを湧き上がらせた街の住人達が視界から去っていくと、
「笑っちゃうわね、どこまで単純なのよあのモブども。まぁ、こういう非常時に於いて神のネームバリューに勝るものなんてないしね。居もしない物に縋っては喜び悲しみ絶望し――まったく、お気楽な人生なこった」
アイスピックについた血を払いながら不敵に笑うと、
「ぎしゃー!」
「……アンタら畜生どもはお気楽がすぎて、逆にイラつくわ。」
先程逃げ去って行った住人たちを救った路地の奥から、もともと彼らを追っていたであろう小鬼の群れが現れる。
なにを感じる事も、なにを考える事もなく、ただ殺戮を繰り返すだけのゲテモノ。
そんな相手に人間の言葉など通じる筈もなかったのだが、
「街の人が居ない中で出てきても、アタシにとって何のアピールにもなんないじゃない。どうせなら、他の近くの人間襲ってきてよ」
「ぎしゃー!」
シャルロッテはため息を混ぜながら白い目で威嚇してくる小鬼に呟くと、間を置かず小鬼たちは棍棒を掲げては襲い掛かってくる。
特に回避行動をとらないまま、戦闘に立つ小鬼の頭と首を掴んでは、それぞれ逆回りに腕を捻る。
「ぎ……ぎぎ……」
喉が圧迫し断末魔すら上げられない小鬼。やがて物理的な強度限界を超えたのか、ポキっと軽快な音と共に首から上と下で小鬼が分断――水を含んだ風船が割れる様に、内包した鮮血が豪快に地面を濡らす。
シャルロッテは既に生の無い小鬼の頭部を抱え、それ以外の所をポイっと路地へと捨てる。次いで右手に残る小鬼の頭部を鷲掴みにし、そしてもう片方の手でその顎を持つと、
「……ぎしゃー!、なんてね。ふふふふ!」
他の小鬼たちに見せつける様に向けると、口をパクパクと開閉させながら小鬼の鳴き声を真似る。
「ぎしゃー!」
人間で有れば多少なりとも臆する物だが、相手は畜生。
挑発の意味すら理解できずに、次々とシャルロッテに襲い掛かってくる。
その光景に、
「はぁー。アンタ等、仲間で遊ばれてるのに何とも思わないの?」
咄嗟に懐からアイスピックを取り出しては、振り向かないまま腰の高さ辺りで一振り。まず背後から襲い掛かって小鬼の眼球に横線を入れては、血の筋を空中に作る。
「やっぱりまともな武器じゃないと使い慣れないわね。ほんとは目から上、撥ね飛ばすつもりだったんだけど」
同時に襲い掛かってきたもう一匹の小鬼とは遊ぶ気もないのか、回し蹴りで頭を自身の足と壁の間に挟んで潰す。
仕留め損ねた方の小鬼は両目を抑えながら地面をのたうち回る。シャルロッテはゆっくりその小鬼に歩み寄ると、その動きを封じる様に、
「ぎしゃああ!!!」
「そういえばレイピア家に置いてきちゃた。一応あれ宝器だから、無くすと面倒なのよねー。ここから逃げ出せたとしても、教会からどんな嫌味を言われる事か」
少女の独り言をかき消すように、響き渡る小鬼の悲鳴。
目を覆っていた両手を、今度はシャルロッテの細い足を振りほどくかのように無茶苦茶に振るが、少女の足は微動だにしない。
「まぁ、教会から破門させられたら、本格的に自分で宗教起こそうかしら。大手教会を追われた元『白無垢の聖剣女』――なかなかにそそる謳い文句でしょ。貴方もそう思わない?」
そもそもシャルロッテの身体能力を持ってすれば、少し力を入れるだけで心臓を踏みつぶす事も可能。だが、彼女はあえて殺すか殺さないかの絶妙な力加減で、少しずつ靴のヒール部分を小鬼の胸部に埋め込んでいく。
「あと20分ってところか。まぁ、時間的には丁度良いってところね。アンタ等には少しアタシに付き合って貰うわよ――」
「ぎしゃあああああ!!!」
痛みを増すべく、踵をグリグリと左右に幾度も回転。
知性などない小鬼にとって、本来は高等な種族たる人間の嗜虐心を理解する事などできない。だが、自身の同胞の余りにも異常な甚振られ方を前に、なお勇猛果敢に攻撃を仕掛ける個体などいなかった。
「畜生は畜生でも、少しは気概の有る奴がいる事を期待してたんだけど……つまんないの」
潰れた目から血と涙を同時に流しつつ、散々暴れ回ってはもがいていた小鬼。だが、ついにその時が来たのか、グチョッと湿っぽい音を最後に放つと、そのままピクリとも動かくなった。
同胞の小鬼が処刑されている中、終始微動だに出来なかった他の小鬼たち。ようやくシャルロッテを敵対してはいけない生命体だと本能的に察したか、
「ぎしゃぁああー!」
叫び声を上げながら一斉に逃げ出すが、
「おっ、逆鬼ごっこって言ったところ?」
シャルロッテは先ほど自分が散々弄んだ亡骸の傍に落ちていた棍棒を拾うと、言葉を言い終わるまでもなく、
「なーんか、街の馬鹿ども助けるのも飽きちゃったから、アタシの愚痴を聞いてもらう事にするよ」
風よりも早い速度で逃げ纏う小鬼達の間を縫うように、駆け抜ける――おそらくそれぞれの小鬼からしてみれば、気がつけば目の前にいたという所だろうが、
「ぎしゃああ!!!」
棍棒を振るっては足を叩き折る。
目に見える時間に換算すれば10秒と満たなかったが、足を抱えて苦痛にもがく哀れな玩具が4体出来上がる。
「ちっ」
人間用だとしてもシャルロッテの怪力に耐えるにはそれなりの改造が必要なのだ、亜人の武器に対して猶更その質を論じる余地はない。
先ほどの死体から拝借した小鬼の棍棒は、4体目の足を叩き折った時点で根元から折れてしまった。
その間に2,3匹取り逃してしまい、奴らは元来た道へと逃げていく。
シャルロッテは遠ざかる小鬼の背中に舌打ちしつつ、「まーいいや」と呟くと、一番近い小鬼へ歩み寄る。
スカートの縁を手で押さえてはしゃがみ込むと、
「ねー、今アタシがどんな気分か分かる?」
両肘を両ひざに当てながら、口元を隠すように小鬼に問いかける。
上半身は動くので、小鬼も咄嗟に鋭利な詰めを有した腕で攻撃を仕掛けるが、
「……いつの間にか終わらない『一日』に閉じ込められたかと思ったら、今度はいきなり動き出す。折角お酒の楽しさも、それで自分を騙すのにも慣れてきたのに」
ノータイムで小鬼の手首を掴んで、爪が自身の首元に届く寸前で止める。
一番最初に小鬼の首を引きちぎった要領でクルリと捻ると、まるでテナガエビのハサミをもぎ取る様に肩の根元から腕が取れては鮮血を噴き出す。
「『神様』って本当にいるのかな? だとすれば、本当に理不尽だよね。何をしたいのかさっぱり分からないや」
今度は断臂した右腕の開口部を抑え付ける小鬼の左手を取り、何の躊躇もなく捩じり取る。
両の腕を失うほどの重症から来る失血多量で叫ぶ余力もないのか、ぐったりする小鬼。シャルロッテは今度はそんな亜人の足元に近づくと、
「ねぇ、貴方にも信じる『神様』っているの?」
折れた方の足首を掴み、背中の方向へと曲げる。腰が浮いてしまわない様に抑えつけながら、時計回りに捻る。腕程綺麗にとれることは無く、今回は肉ごと引きちぎる様な勝ちとなりながら右足の分解が終了する。
「だとすれば、貴方の『神様』も酷いもんよね。貴方がこれだけ苦しんでるのに、助けてくれないなんて」
最後に残った左足も反対と同じ要領でそそくさと解体。
亜人のダルマが出来上がる頃、その身体に魂は残って無かった。
「畜生以下の行いをするアタシに対して、お咎めもしない――本当に酷いモノね、『神様』っていうのは」
シャルロッテはゆっくりと立ち上がると、返り血がついた頬をなぞる。
掌に満遍なくついた血を見ては、ただ一人、路地の暗がりのなか、笑い続けるので有った。
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