第40話 追放サイド:没落への道(その13)

 漆黒のオーラを纏ったジン・カミクラはライトニングの――首を左手に持っていた。


「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 俺様は尻もちをついたまま、後ずさる。黒いジンが持っているライトニングの首からはぼたぼたと鮮血が流れ続けている。かつての竜化パートナーであった少年の目が淀み窪んでいる。


 ジン・カミクラがぽいと首を、俺様に放ってきた。


「ぎゃああああああっ!!」


 俺様をさらに後退し、恐怖に震える。なんだ! なんでこんな目にあっているのだ! お、俺様が、何をしたというのだ!


「お前が、ジン・カミクラを追放したからだろうが」


 目の前のジン・カミクラがそう告げる。こいつ、やはり違う! こいつはジン・カミクラではない!! こ、こんな禍々しいオーラを持った男ではなかったはずだ。


「ふん。俺はもう一人のジン・カミクラだよ。いや、違う? 違わない?」


 黒い男は首を傾げて、何か思案を始めた。今だ。逃げるのは今しかない! 俺様は後ろ手に縛られたまま、どうにか走り出した。


「どこへ行く?」


 はっとした。目の前に黒いジンが立っていた。まるで瞬間移動だ。


「あ、あああああああああああ」


 だめだ。だめだ。だめだ。こいつからは逃げられない!


 俺様は再び崩れ落ち、尻もちをつく。気がつけば、失禁していた。だが、何の羞恥も感じない。あるのは絶望だけだった。


 黒いジンがしゃがみこんで、俺様の顎をくいと人差し指で上げた。その指にはべっとりとライトニングの血がついている。生温い、ぬめっとした感触が伝わってきた。


「ほう。おまえ、魔王を飼っているのか」


 どきん、と心臓が跳ねる。こいつ、俺様の中の魔王テンガイを感じ取ったのか。しかし、今のテンガイは戦えない。魔力と体力が回復するまでは役に立たないのだ。こんな肝心な時に寝ているとは、ただの寄生虫ではないか!


 そう思った時だった。


「寄生虫とは心外だな。時は満ちた。魔界から新たな力を得て、我はここに顕現する。魔王化するのだ、ラウダよ!!」


 おお! おおお! よくぞいったテンガイよ!!! なんというタイミング! なんという僥倖!


「ふはははははははははははっ!!」


 俺様は黒いジンを蹴飛ばし、立ち上がる。テンガイの力で後ろ手に縛られた縄を焼き切った。ふはははっ! いいぞ、いいぞおおおおおお!


「おい! 黒きジンよ! 貴様がジン・カミクラか、そうではないのかなど、もはやどうでもいい! 俺様に舐めた口をきいたことを後悔するがいい!!」


 さあ――行くぞ! 《魔王反魂 イリーガル・フュージョン》


 漆黒の闇と蒼い炎が広がり、俺様を包み込む。刹那。テンガイと融合した俺様は黒のスーツに、真紅のマント。髪は紫紺となり、腰までゆるりと伸びていた。両手には、純黒のショートソードを逆手で持っている。さらに空中にも同じ短刀が無数に浮遊していた。


「はははははははははっ!! どうだ! どうだああっ! これが魔王化した俺様、ラウダ・ゴードン様だあああああああああああああああっ!」


「そうか。では、少しは楽しませてくれるんだろうな。《竜魂隷属 ドラグ・オヴィディエンス》」


 黒いジンが呟いた直後、雪が激しく振り始め、地面にはバキバキと氷が貼っていく。冷気が広がりジン・カミクラの姿が見えなくなる。その直後、轟音とともに白い霧が晴れ、敵の姿が現れる。


 俺様とは反対に、青と白の姿。白く長い頭髪に、ドラゴンの手甲、青い戦闘靴に外套。そして長く伸びた聖槍――グングニル。


「さあ。舞踏会の始まりだ」


 青くなったジンもどきは、俺様に向かって、ニヤリと笑ってみせた。いちいち癇に障る野郎だあ! 後悔させてやろうおおおおおおおおっ!


「喰らええええっ! 《魔巣剣舞 ブレード・ラッシュ》!!!!」


 俺様は浮遊している黒剣たちへとオーラを伝達。紫の魔力を帯びた短剣たちが、我先にと青いジンへと降り注ぐ。


 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!


 凄まじい雪煙を上げて、剣たち舞い踊る。刃が刃に重なり、敵の姿が黒に染まっていく。


「ククク……あはははははははははっ!! 死ねえい! 偽物のジン・カミクラよ!!!」


「随分、楽しそうだな」


「へっ!?」


 敵の声が聞こえた。馬鹿な。あれだけの剣を浴びて、無事なわけがない。そんなことあっていいはずがない!!


 徐々に雪煙が消え、ジン・カミクラの姿が再び、しんと現れた。


「そ、そんな……」


 俺様が放った短剣たちは、すべて青いジンの周囲を漂い、その切っ先をこちらへと向けていた。


 馬鹿な……。俺様の剣たちを乗っ取ったのか? そ、そんなこと、できるはずがない!!


「では、今度はこちらの番だな」


 ジン・カミクラの瞳が蒼く輝き、きゅっと細くなった。

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