第32話 双竜化――顕現、ニアバハムート
「敵襲! 西南西の砦にて、敵対勢力、魔王白虎と交戦中!!」
その報せは唐突に届いた。俺たちはヘヴンズタワーの最上階で内政会議をしている最中だった。リベルは落ち着いて目を細め、宰相の白ヒゲじいさんと議員たちが慌てふためき、双子の魔王姉妹は嬉々としてはしゃいでいる。
白虎の魔王、か。では、プラン通り行きますかね。
「リベル。じゃ行ってくるよ」
俺がそう告げると、彼は立ち上がって小さく頷いた。
「すまないねジン。よろしく頼むよ」
続いて双子のラル、エルが飛びついてくる。
「ジンジン! がんばるのだ! やばくなったら、すぐにラルを呼ぶのだぞ!」
「ジンジン! がんばるのだ! やばくなったら、すぐにエルを呼ぶのだぞ!」
愛らしい姉妹の頭を撫でて、「ああ」と答えた。俺は最上階の執務室を飛び出すと、窓を開けて高層塔の外へと飛び出した。瞬く間にぐんぐん高度が下がっていく。流れる夜景が神秘的なほどに美しい。守ろうじゃないか。この国を。
「ムラクモ、行くぞ!!」
心に語りかけると、闇竜ムラクモ・アスカの魂が共鳴する。
「はい主様。私のすべては主様のために」
《竜魂融合 ドラグ・フュージョン》
俺とムラクモの生命が重なり、紫色の粒子がほとばしる。俺たちは瞬間的に融合すると、ポニーテールの白い髪に紫紺の衣へと変化する。漆黒の翼と四本の黒刀を広げ、夜空へと舞い上がる。
敵が来たのは西南西と言っていたな。となると、あっちのほうだな。
「ムラクモ! 飛ばすぞ」
「はい主様。いつでもどうぞ」
頼もしい相棒の声を受け、俺はスキルを発動させた。
《倍速処理 クロックアップ》
俺たちの身体は瞬時に、音速を超えて猛然と飛翔する。風景が溶けるように流れ、一瞬で戦場である西南西の砦へとやってきた。もはや移動というより転移である。
「主様。あちらに」
ムラクモの声に導かれ、俺は天空から戦火の広がる地上を見下ろす。リベル軍の防衛隊らしき兵士たちが、防御壁に敵を近づけまいとバリアの外で激闘を演じている。しかし、すでにリーダーが討たれてしまったのか、動きに連携が見られない。
一方の敵軍は白虎の特徴を持った獣人らしき少女が、たった一人で暴れ狂っている。あれが魔王白虎というわけか。見た目は俺と同年代の風貌、よく日焼けした肌にしなやかな身体にぴたりとフィットしたボディスーツ。すらりと伸びた尾には、白と黒の縞が刻まれている。
それにしても魔王自ら、単騎で攻めてきてるのか? テンガイといい、白虎といい、協調性がないんだろうか。
「おらおらあっ! どうしたそんなもんかリベル軍はっ!」
白虎の少女が逃げ惑う兵士の一人を捕まえ、まるで藁人形でも扱うように投げ飛ばす。リベルの防衛隊は総崩れである。
よし。選手交代だ!
「ムラクモ。最初から全開で行く。ただし死人は出したくない。調整が難しいから、サポートしてくれ!」
「はい主様。心得ました」
俺とムラクモは意識を重ね、神経を研ぎ澄ます。夜の高空で魔界の魔素を根こそぎ集める。四本の黒刀が振動を始め、刀身に魔力を帯電していく。もう少し……もう少し……臨界突破。よし、行くぞ!
《黒竜乱舞 アンタレス・シュート》
俺とムラクモの力を帯びた黒刀たちが、まるで意思を持ったかのように戦場へと急降下していく。
取った! と思ったが、甘かった。
白虎の少女が、黒刀よりも速く反応し、その一本を自身の長い爪で弾き返した。弾かれた刀は回転しながら、俺へと戻ってくる。それを左手で受け止め、俺自身も降下する。こうなれば白兵戦だ。
「竜人よ! 貴様がリベルについたSSSランカーか! 魔王テンガイを倒したという噂は聞いてるぞ。このオレと勝負しやがれ!」
少女の風貌をした白虎の魔王は、四足走法で空を駆け上ってくる。翼もなしに空中を走るとは、なんて規格外な奴なんだ!
「規格外は主様のほうかと思いますが」
いや、今はそういうやりとりしている暇はないだろ、ムラクモちゃん!
「竜人! 覚悟しやがれっ」
瞬く間に魔王白虎が俺の上を取り、くるくると回転しながら突っ込んでくる。俺は咄嗟に黒刀で受け止める。
ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!
凄まじい衝撃が、俺とムラクモの魔力で固めた黒刀を粉砕した。これは想定外の強さ――。このままでは、ちと厳しいか……。
「ムラクモ、例のやつやれるか? あの魔王白虎は桁違いだ」
「主様。もう少し、もう少しです」
ち。まだかっ!
「ひゃっはっー!! おらああああっ!」
少女の獣染みた咆哮とともに、俺は白虎の爪をモロに食らった。
「がっ!」
顔を抉られ、前が見えない。痛っ。これはものすごく痛い。
――だが、まだ早い。
「おらおら! どうした! SSSランカーってのは、こんなもんかあっ!」
白虎の乱打が続き、俺の身体が刻まれていく。再生が追いつかないほどだ。左腕が吹っ飛び、右足のつま先はすでにない。
「さあっ! これでトドメだ!! 竜人っ!」
完全に視界を失っていたが、白虎の殺気が悍ましいほどに伝わってくる。次の瞬間。
ズッシャアアアアッ!!!
魔王の手刀が俺の首を斬り落と――さなかった!
「何っ!」
白虎が驚きの声を上げる。俺は残った右腕で、彼女の腕を受け止めていた。
「主様。お待たせしました。準備万端、だそうです」
ムラクモの声が頭に響く。ようやくか。俺は待っていた。待っていたんだ。
もう一人の相棒が目覚めるのを!
「さあっ、もうたっぷり寝ただろう! 出番だぞ、デュランダル!!!」
刹那。俺の身体から爆炎が弾けだす。失われた腕や足が一瞬で再生する。紅蓮の炎が魔王白虎を吹き飛ばした。
「我、ここに完全復活なのだああっ! マスター、待たせたのだ!!」
ムラクモと竜化した俺の前に、炎竜デュランダルがその姿を降臨させる。
「な、なんだとおっ!?」
白虎の混乱を無視して、俺は二人の竜姫に語りかけた。
「行くぞ二人とも。俺に力を貸してくれ!!」
「まかせるのだマイマスター! ムラクモ、行くのだ!」
「はい姉様。私のすべてを主様に」
俺たち三人の声が重なる。
《竜魂融合・羅刹 ドラグ・フュージョン・デルタ》
一瞬で紅と紫紺の閃光が広がる。炎と霧が踊り、闇と炎の刀たちが混ざり合う。デュランダルの情熱と、ムラクモの冷静さが俺を包み込む。
そして、全てが一つになる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
俺は力の限りの咆哮を上げた。その叫びは竜王の如く、全ての生命を震え上がらせる。
「な、なんだと……こ、これではまるで伝承にあるバハムート、そのものではないか!」
魔王白虎が日焼けした顔を白くさせ、白黒の尻尾を丸めていた。
違う。まだバハムートではない。言うなればニア・バハムート。
頭の中には、さっきからSSSこと竜王の記憶が駆け巡っているが、まだまだ不完全だった。
「おのれ……だが、オレとて魔王の端くれ……このまま退いては一族の恥!」
魔王白虎がそこまで言うと、四足走法の姿勢を再び取る。蒼い雷が彼女の身体を走り、全ての毛を逆立たせた。
「魔王白虎の全力、受け取れ竜王っ!! 《白影雷光 イリュージョン・タイガー》!!!!!!!!」
彼女の宣言と同時に、大地が割れ、空が裂ける。青白い稲光となった白き神獣・白虎が無数に増殖し、天を駆ける。あれだけの雷の虎に襲われたらひとたまりもないであろう。だが!
「あんなもの我とムラクモならば、なんということはない! やるのだマスター!!」
「主様! 参りましょう!」
頼もしい二人の竜姫の力を束ね、俺は炎黒大太刀――レーヴァテイン・ヴァイオレットを顕現させた。
さあ、ニアバハムートの力の一端を見るがいい。魔王白虎よ!
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