第28話 追放サイド:没落への道(その9)
「くらええええええっ! 魔王スキル《魔爪斬月 ニードル・スラッシュ》!!」
俺様の必殺魔王スキルは――発動しなかった。
な、なんだ! 何故だ!? どうなっている!
「なんだ? おいラウダ。オレっちたちに何かしたのか?」
「私はなんともないが……」
元俺様の下僕であるA級ドラゴン、ライトニングと北方氷雪連合の「隻眼の銀狼」ことグライン・オズワルドは状況を飲み込めないようである。だが、事態を理解できないのは俺様のほうだ。
おいテンガイ! 魔王テンガイ! これはどういうことだ! 俺様は魔王化し、最強の男になったのではないのかあっ!
その問いに、テンガイが心の声で返答する。直接頭に響いてくるような、奇妙な感覚。
ラウダよ。焦るでない。我はまだ完全ではない。魔力と体力を回復させ、真の力を取り戻した暁には、竜騎士ども駆逐してやろうぞ。
それだけ言うと、テンガイの声はぴたりと聞こえなくなった。
お、おい。それでは、今この場はどうするのだ! 目の前にはA級ドラゴンとSS級竜騎士がいるのだぞ! ど、どうにかしなければ……。何か、何か使えるものは……。
俺様は打開策を求めて、周囲を見渡す。遠巻きに人集りがあるだけで、目ぼしいものは何もない!
「おいラウダ。終わりか? なんかよくわかんなかったけど、今度はオレっちから行くぞ! 必殺、サンダー……」
「ま、ま、待てええええええい! ひ、卑怯だぞ、貴様らああ!」
この魂の叫びが、奇跡が呼んだ。グライン・オズワルドの眉が微かに揺れたのである。
「卑怯……卑怯……この私が、卑怯?」
グラインは明らかに動揺し、ふらふらと後退している。くくく。そうかそうか。この男はおそらく完璧主義者なのであろう。自分が「卑怯」と罵られることに耐えられないのだ! そうと決まれば、ここが攻め時である。
「おい何が隻眼の銀狼だ。グライン・オズワルドよ! 丸腰の相手一人に二人がかりとは! 見損なったぞ銀狼!!」
「見損なう……この私が……見損なわれた……? 今まで一度も見損なわれたことの無い、この私が……」
グラインは青い顔をして打ち震えている。もう少しだ!
そう思った時――。
《雷帝刹那 サンダー・ゲイル》
え?
次の瞬間、俺様の身体に凄まじい電撃が駆け抜けた。
「ぴぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺様は雪の上を転がり、苦痛に悶える。痛い! 苦しい! 痺れる! かつて自身が使っていた雷撃スキルが俺様を苦しめている。涙と鼻水に塗れた視界に、雷槍を構えた金色の少年――ライトニングが立っていた。
「き、きさまあ、ライトニング!! ひ、卑怯だぞ!」
「へへ。卑怯で結構。つーか、オレっちにとっては褒め言葉かもな。けけけ」
ライトニングは焦点の合わない瞳で、鋭く笑っている。
手先を見ると、小刻みに震えている。雷撃の影響だけではない。俺様は怯えていた。な、なんとか切り抜けなければ。
「ライトニング。ち、違うんだ。これは何か行き違いがあったのだ。なあ? なあ?」
「行き違い? あ、そ。じゃあ、これも行き違いって、ことで!」
ライトニングが指をぱちりと鳴らすと、俺様に再び雷撃が落ちた。
「ぷぎゃああああっ!! ああ、やめてえええええっ! あああああ」
身体がびくびくと痙攣し、急速に吐き気がこみ上げて胃液を吐き出す。
「うおええええええええええ……げほ、げぼ……」
な、何故だ。何故こんなことになっている。魔王となり、最強になったはずではないのか。どうして状況が改善されないのだ……。
ふと周囲を見渡すと、遠巻きに見ている野次馬たちが騒いでいた。
「なんだあいつ。魔王とか言ってたけど、情けないな」
「ほんと、だっさー」
「魔王って叫んでたのに超、弱いじゃん。あははは!」
住民たちの笑い声が幾重にも重なっていく。この俺様を嘲笑する声が無限に続いている。ふ、ふざけやがってえ!! ただのモブどもがああ! ふざけやがってえええ!
――ラウダよ。聞こえるか。
唐突に、再び声がした。痺れる身体をどうにか起こす。吐しゃ物がマントにかかり、変色している。
「テ、テンガイ、なんとかしろ……」
――よいか。一度だけ、我の力で煙幕を展開する。その隙に逃げるのだ。
「よ、よし、い、急げ!」
「何ブツブツ言ってんだ。ラウダさんよ」
ライトニングが獣染みた顔で牙を剥く。竜の本性が金色の瞳孔に宿っていた。奴は足を大きく開き、雷槍を頭上で回転させる。あ、あの技は――俺様が使っていた最強の……!
「さあ雷帝の怒りを思い知れえええええええええっ! 《雷帝矛盾 プログラム・ブレイク》」
「ひいいいいいいいいいいいいっ!!」
ライトニングから発せられる電気が、俺様を総毛立たせる。
――ラウダよ。逃げよ。《魔層霧々 アンチ・ビジョン》
テンガイの声が聞こえた刹那、すべての視界が乳白色へと変化した。い、今だ! 逃げなくては!
俺様は痺れの残る足を叱咤して、夢中で駆けた。痛みも、吐き気も無視して、とにかく走る。テンガイの力が戻るまで、どこか安全な場所へ逃げなくては!
それにしても、あの雷トカゲめっ! 俺様の下僕の分際で! 必ず、必ず後悔させてやるからなああああああああああああっ!
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
逃げる最中、耳の奥に野次馬たちの笑い声が、いつまでも鳴り響いていた。
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