第26話 ムラクモの闇おしおき

 リベルの部下らしき長身コンビはニヤニヤと下劣な笑みを浮かべて、俺の頭とムラクモの腕を掴んでいた。


「さあ、地べたに這いつくばれ! あ、あれ……この、この!」


 俺の頭を抑えている男が、必死になって俺を地面に伏せようと奮戦している。ついには両手で抑えつけ、飛び跳ねる。実に滑稽だ。


「女! お前はこっちに来い! ん? こいつ、あれ、この!」


 ムラクモの腕を掴んだ男も、彼女を動かそうと形相が必死になっていた。大の男が全力を出しても、可憐な少女であるムラクモはびくともしない。そりゃそうだ。だって竜だもん。


「じゃあ次はこっちの番だな」


 俺はニヤリと笑い、相手の足を払って、倒れた顔面目掛けて靴底を放つ。


「ひいっ!」


 情けない声を男が上げた。もちろん寸止めである。


「ではこちらも」


 ムラクモが玲瓏な声を静かに発すると、彼女の腕を掴んでいた男の手が、紫色に変色し始めた。え。おい。ちょっとそれ、なんかやばそうなことしてない?


「うおっ! な、なんだこれ!!」


 慌てて手を離した男であったが、紫色の侵食はどんどん腕を上っていく。


「闇竜ムラクモの手作り毒素。憎悪たっぷり。じっくりと味わうがいい」


 いやいやいやいや! やりすぎだよ!


「ひいいいいいっ! ご、ごめんさない! ごめんなさい! 助けてくださいいいいいいいっ」


 毒を注入された男が、何度も土下座する。額が鉄の地面で擦り切りていた。


「お、おい。ムラクモ。もういいよ。ね」


「いえ。まだです主様。こやつは事もあろうに主様を侮辱いたしました。簡単には死なせません」


「いや殺すなって! あーわかったわかった! あとでなんでも言う事聞いてあげるから、やめてちょうだい!」


 俺のその言葉で、ムラクモの動きが止まった。


「な、なんでも?」


「あ、うん」


「なんでも……なんでも……主様が、私の言うことをなんでも」


 ぶつぶつとムラクモが呟いていると、毒を入れられた男の腕は正常な色へと戻っていった。どうやら解毒されたようである。あぶなかった。


「さて。これで彼らの実力はわかっただろう。今後は丁重に扱うようにね」


 リベルが小さく笑いながら、部下たちへ躾けの言葉を述べた。その途端、長身の男二人は、俺とムラクモの前に平服し、詫びの台詞を叫び散らす。


「大変申し訳ございませんでしたあああああっ!」


「あ、うん。わかってくれればそれでいいです。よろしくお願いします」


「は、はいっ! ありがとうございますうううううううう!」


 男たちは俺をハグして喜びを表現していた。あ、汗臭い。


「貴様ら……主様に抱きついていいのは私だけ。万死に値する」


 いやいや。もういいよ、それ……。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それから俺は、車の中から流れていく景色を眺めていた。すごい速度で走る馬のいない鉄の車は実に快適だった。車窓に溢れる世界は冷たい感じはするが、洗練されたクールさみたいなものがある。


「しかし、すごいなリベルの国は」


 後部の対面式座席で俺は素直な気持ちを口にした。


「そうかな。ボクはずっとここにいるから、もうよくわからないよ」


「あれはなんだ?」


 俺は窓から見える目についたものを片っ端から、リベルに質問した。


「魔素を吐き出している機械の集合体が、魔力発電所。天まで伸びているガラス張りの塔は、国会があるヘヴンズタワー。巨大なリングにゴンドラが吊られている場所は、まあ遊園地だね」


 見たこともないものばかりであり、俺の心は子供のように高鳴っていた。


「お、おい! リベル!」


 興奮気味にリベルに肩を回す。


「ど、どうしたんだいジン。顔が近いよ。て、照れるじゃないか」


「すごい国だな! 俺、ここ気に入ったよ!」


 俺の言葉にジンの表情がぱっと明るくなる。


「ほ、本当かい? では、ここでいつまでもボクと暮らそうよ」


「暮らしません」


 すかさずムラクモが割って入る。リベルが肩を落としてため息をつく。


「はあ。君も大聖女と同じだね。もうこの展開には飽き飽きだよ」


「飽き飽きでもなんでも、主様は暮らしません」


 う、うん。わかったわかったよ。それはまた今度話そうかムラクモちゃん。


「時に主様」


「な、なんでしょうかムラクモちゃん」


「いつ、なんでも言うことを聞いていただけるのですか?」


 は! 忘れていた。これは、もしかして余計なことを言ってしまったのだろうか。後悔の念が急速に俺の脳内を駆け巡る。

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