第25話 いざ、魔界アンダーワールドへ

 魔王テンガイ戦後――夜。


「何!? ジンが魔界へ行くだと!?」


 とフィオナが驚き、立ち上がる。


「うそでしょ! だ、だめよ。そんなの……」


 リラが慌てふためき、花瓶を倒す。


「へーそれは大変ですねー! ああ、クリームが!」


 そして、セシリーはパンケーキに夢中だった。


 それが昨夜の出来事だ。魔王テンガイを倒した後は大変だった。国の偉い人たちや、聖女騎士団に国民たちが俺を「英雄」だと祭り上げ、ひと晩中騒いでいたのだ。当然のように魔牛と聖牛をたらふく頂いた。


「ジン様! どうか娘と……いえ、私と結婚してください!」


 お、お母さん、その展開はジャンル違いですよ。


「ジン様! ぜひうちの養子に来て下さい!」


 養子か……。確かに俺に家族はいないなあ……。家族って、いいのかな。


「ジン様! どうか我がギルドの長に」


 ギルド長! 俺が、長! 役職についたことなんて、当然ない。これはちょっとエモいな!


 といった具合に、街の人たちに称えられ、俺は充足感に満たされて眠りについた。かつて追放されたことが嘘のように幸せな夜だった。みんな――ありがとう。


 翌朝。快晴。俺はリベル、ムラクモとともに城門前にいた。デュランダルは今だ寝ているが、ムラクモが言うにはもうすぐ全快するらしい。姉妹同士、一定の距離まで近づけば互いの状況はわかるようだ。


「じゃあ、とりあえず行ってくるよ」


「ジン! 気をつけてくださいね。絶対、無事にわたくしの元に帰ってきてくださいね!」


 アリスの言葉に「うん」と頷き、ぽんと皇女の頭を撫でる。抜けるような空の先に、大きな入道雲が昇っていた。もうすぐ夏だな。


「では行こうかジン」


 リベルが転移魔法の詠唱を始めた。魔法陣が足元に広がり、紋様が形成されていく。紫色の粒子が溢れ出す。


「よし。ムラクモも行くぞ」


「はい主様。どこまでもお供します」


 ムラクモが俺に寄り添う。彼女の白く光沢のある髪から、藤の花の香りが微かに漂う。俺はムラクモの腰を抱き、リベルの肩を引き寄せた。よし。これで三人とも魔法陣にきちんと入れたな。


「あ。主様……大胆です」


「ちょ、ジン。ボクは魔王なんだから、大丈夫、だよ」


 二人ともほんのり顔が赤くなっている。まあ夏が近いからな。脱水しないように気をつけなくては。


 マスター……汝は、ホントに鈍感なのだ。


 デュランダル? 起きたのか!


 いや……まだ無理なのだあ。妹を、ムラクモを助けてくれてありがとう……なのだ……しっかり、守ってやって欲しい、のだ。ああ、お、やす、み……。


 お、おう。おやすみ。わざわざ律儀なやつだ。けど、そういうところがデュランダルのいいところでもある。さて。んじゃま、行きますか。


 いざ魔界へ!


《異界転移 ワールド・エディット》


 リベルがそう呟いた瞬間――空は夜に、緑の大地は鉄の地面へとなっていた。


「ここが、魔界?」


 俺は周囲を見渡して驚愕する。夜のはずなのに、闇を切り取るように灯りが広がり、道は鉄のようなメタリックな素材で固められている。そして、そこら中に城の尖塔の何倍もでかい建物が聳えていた。


「お、おお……これは、すごいな」


「ようこそSSSランカー、ジン・カミクラ。ここがボクの統括するアンダーワールド煉獄中央区さ」


 リベルがうやうやしく頭を下げた。流石は魔王。しっかりとした作法である。まあ、テンガイみたいのもいたので、これはリベルのお育ちがいいだけかもしれないが。


 ムラクモはずっと俺の裾を掴んだまま、巨大な建物を興味ありそうに見上げていた。


「ムラクモ。おまえはテンガイの中にいたんだから、魔界は珍しくないだろ?」


「いえ主様。魔界は区域ごとに全く別の世界に近いのです。ですので、煉獄区の雰囲気は初めてなのです」


 なるほど。アンダーワールドといっても色々あるということか。


「ジン。迎えがきた。とりあえずボクの居城に行こうか」


 リベルがそう言いながら、伸びている鉄の道を指差した。すると、向こうから馬車がやって来るのが見える。いや馬車ではないな。馬がいない。それに車自体が浮遊したまま前進していた。


「おお。なんだあれは。すごいな」


 馬のいない車はリベルの前で停まると、ドアを開いた。中から長身の男が二人現れる。そして、そのままリベルの前で片膝をつく。部下のようだ。


「リベル様。お勤め、お疲れさまでした」


「うん。ありがとう。こちらがSSSランカーのジン・カミクラだよ」


 リベルが俺を紹介すると、長身の男たちが鋭い眼光を俺に投げつけてきた。


「ど、どうも。カミクラです」


 とりあえず笑顔で挨拶をしてみたが、どうやら逆効果だったようだ。男たちは立ち上がると、歪な笑顔を浮かべながら軽蔑の視線を向けてきた。うーむ……また一悶着ありそうな予感が走る。


「リベル様。失礼ですが、こんな矮小な男が本当にSSSなのですか」


「確かに。こいつからはそんなプレッシャーは全く感じません。この程度の男では供物にすらならないと思いますが」


 リベルの部下らしき長身コンビは好き放題に言ってくれる。まあ別にこいつらにどう思われようと構わんが。


「おい小僧」


 リベルの左にいる男が、敵意剥き出しで口を開いた。


「下等生物の分際で頭が高い。今すぐ我らに忠誠を近い、地べたを舐めろ」


 続けて右の男が前に出る。


「そっちの女は我々がかわいがってやる。来るんだ」


 一人が俺の頭を抑えつけて、地面につけようと手をかけてきた。もう一人はムラクモの腕を無遠慮に掴みにかかる。


「そこまでだ。二人とも。ボクの大事な客人に無礼ですよ」


 リベルが止めにかかると、長身コンビは薄ら笑いを浮かべた。


「なあに問題ないですよ。リベル様。この程度の下等生物ごとき、我らが刻んでやりますよ」


「ついでにこの女にも教育を施して、従順になるよう躾けてやりましょう」


 ひどい言動である。魔界の住人は、みんなこうなのだろうか。となると、先が思いやられるなあ。仕方がない。ほんの少しだけ、過ごしやすくするか。


「おいリベル。今後のこともある。教育してもいいかな」


 俺の提案にリベルは「くくく」と笑ってから、小さく頷いた。


「よし、ムラクモ。少しだけこの礼儀知らずどもに教育してやろうか」


「はい主様。この者たちに永遠の苦痛を」


 いや。怖いよそれ。軽くでいいよ。軽く。


 魔界ことアンダーワールド煉獄中央区。闇夜に煌々と輝く街と、見たこともない造形物の数々。この雰囲気――なんだかワクワクしてきた。

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