第16話  魔王が無茶苦茶!

「ボクはリベル・フォン・ミハエル。――魔王だよ」


 ふうむ。俺は魔王と名乗った少年――というよりも男の子を見やる。どうみても子供だが、確かに底知れぬ魔力を感じる。リンカネーションの余波で完全ではないが、紅蓮眼を通して見ると禍々しいオーラが立ち昇っている。どうやら本当に魔王、らしいな。


「で、その魔王が何のようなんだ」


「ふふ。それよりもまずは尿意をどうにかしたら、どうかな?」


 ああ。そうだった。もう漏れる寸前だったのだ。


「とりあえず、そのボロボロの身体を治してあげるよ」


 ピンク髪のリベルくんはそういうと、左手を顔の横でパチリと鳴らした。


「はい。治ったよ」


「は? 何を言って……あれ、おお! 治ってる!」


「ジン。ほんとに平気なの?」


 俺を支えてくれていたリラが心配そうに、こちらを見ている。


「ああ! 本当に治ったみたいだ。ほらほら」


 ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねてから、腕をぐるぐると回してみせた。するとリラは満面の笑顔を浮かべて涙ぐむ。何故、そこで泣くのだ。


「よかった。本当に、よかったよ……」


 彼女は俺の胸に飛び込んできた。おお。これは役得というやつなのだろうか。リラの髪の毛から石鹸の香りがふわりとした。


「はは。それよりも尿意はいいのかい?」


 リベルの投げかけに膀胱が即座に反応した。そうだった! いいかげん漏れてしまう!


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ふいー。助かった……」


 俺とリラ、それから魔王リベルは、先程まで俺が寝ていた部屋へと戻っていた。リベルは優雅な所作で紅茶を飲んでいる。


「で、何の用があってここまで来たんだリベル」


 俺とリラはベッドに腰掛けて、男の子感全開の魔王に訊ねた。すると、リベルのフード中から、にゅっと真っ白な蛇が顔出す。


「きゃ」


 リラは小さく悲鳴を上げて、俺の肩に抱きついてきた。蛇といっても大蛇ではない。そこまで騒ぐ必要はないと思うのだが。もしかして、リラの弱点は蛇なのか。


「きゃ、とは失礼な娘じゃ」


「「え」」


 俺とリラは同時に、間抜けな声を上げる。蛇が、しゃべった。


「あはは。ごめんごめん。驚かせたね。この子はボクの教育係さ。名前はルード」


 うーむ。蛇が教育係とは……。しかし相手は魔王だ。そいうこともきっとあるのだろう。状況への迅速な対応力を見せて、年上感を出してみよう。


「じゃあルードさんよ。わざわざ人間界までおいでなさった理由はなんなんだい?」


 平静を装い、俺は白蛇に問いかける。ルードはちろちろと赤い舌を出しから、喋り始めた。


「かっかっかっ。聞くがよい。おろかな猿、ジン・カミクラよ」


 いきなりの失礼発言にも、俺は怒らない。大人の余裕を見せつけなければならない場面がある。それが今だ。


「おまえを、魔界の供物としてやろう。喜べ。光栄であろう」


 ルードは再び舌をちろちろと出している。魔界。供物。光栄。どうやら面倒事確定のようだな。はあ。


「何、言ってるのよ! そんなこと光栄な訳ないじゃない!」


 リラが立ち上がって、猛然と抗議する。蛇に。


「かっかっかっ。娘よ。おまえの言いたいことはよくわかる。確かに、自分が惚れた男が供物になるのは辛かろう。じゃがな……」


 ルードにそう言われて、リラの顔がりんごよりも真っ赤になった。それも瞬間的にである。


「な、な、何、言ってんのよ! ほ、惚れてる訳ないじゃない!」


「なんだそうなのか。ちょっと残念だなあ」


 俺がそう呟くと、リラはさらに慌てふためいた。


「えっ!? ち、違うよ! えと、えと、うわああああああああああああああああん!」


 答えに詰まったのか、彼女は全速力で部屋を出ていってしまった。少しからかい過ぎたかな。あとで何か甘いものでも持って謝るか。


「はは。愉快だね。君たちは」


 リベルが口を開けて、笑っている。その動きさえも優雅で気品を感じた。格上というやつだ。


「で、どうなのだ。猿よ。名誉ある供物に選出されたのだ。当然、受けるのじゃろう?」


「断る」


「な、なにいいいっ!?」


 白蛇が目をひん剥いて驚いている。いや、普通に考えて断るだろうが。


「貴様……下手に出ておれば調子に乗りおって。おまえなど、いつでも絞め殺せるのじゃぞ」


 本性出してきたか。とりあえず体力は万全だ。俺はベッドから降りると、白蛇を睨みつける。ルードはチロチロと二度ほど舌を出すと、口から勢いよく白煙を吐き出した。


 煙幕は俺には聞かないんだよ。紅蓮眼発動。煙を透視。するとそこには二体のゴーレムが顕現している。だが部屋の中だということを考慮したのか、サイズは意外と小さめである。とは言っても牛を立たせたぐらいの大きさはあるが。


「かっかっか。呪詛を帯びた魔界のゴーレムじゃ。舐めた態度を後悔するがいいのじゃ。さあ、手足の二、三本もぎ取ってやれ!」


 ルードの掛け声に呼応して、二体の泥人形が同時に向かってくる。


 ――デュランダル。行くぞ。


 ……あれ? デュランダルちゃん? もしもーし!


 もしかして、リンカネーションの影響でデュランダルも寝てるのか? と、とりあえずここは自力で突破するしかないようだ。


 スキルは……こいつがいいかな。


 《形態無効 ゲシュタルト・ブレイク》


 俺は腕一本、動かさずに念をゴーレムたちへと飛ばす。


 一瞬の間をおいて、泥人形たちはコアの結合を無力化され、すぐに形状を維持できなくなった。さらにそこへ紅蓮眼の熱線を浴びせてやる。泥は瞬時に水分を失い、砂塵と化す。そしてその砂さえも、窓のそよ風に煽れて消えていく。まあ、準備運動ぐらいにはなったかな。


「なあっ! なんじゃとおっ! そやつらは魔界の呪詛で強化した特注品なのじゃぞっ! おのれぇっ猿めが! ゆるさんぞお! ゆるさんぞお! 床にひれ伏し、許しを請わんかあ! 猿がアアア!」


 うるさいな……。


 こいつ言ってることが無茶苦茶だ。大体、本来なら俺を供物にするんじゃなかったのかよ。流石に少しだけ腹が立つ。ここは一つ、灸を据えてやるか。


「おい」


 俺は白蛇を睨みつけ、柄にもない台詞を言ってみた。


「おまえこそ許しを請えよ。あんま調子に乗ってると干物にしちまうぞ。蛇が」


「ひ、ひいぃ」


 白蛇は気圧されたのか情けない声を上げると、魔王のフードへとあっけなく逃げ帰る。


 やれやれだ。


 俺はベッドへと戻り、あぐらをかいて座り込む。それから魔王へと視線を向けて質問する。


「どういう訳なのか、とりあえず話してみないか? 魔王様」


 すると彼は静かに笑う。


「ふふ。そうだね。実はボク……今、結構なピンチなんだよね」


 魔王は紅茶を置いて立ち上がると、俺を見据えて言葉を続けた。


「今、魔界であるアンダーワールドは六つの勢力に分かれている。そのうちの一つがボクの統治する煉獄中央区だ」


 俺はリベルの言葉を継いで、喋り始める。


「その中央区がピンチのため、供物を出すか、それとも他の勢力を一掃するか。その選択に迫られている。そんなところか?」


 魔王の男の子は、やはりニヤリと笑う。今度はとても満足そうだ。


「その通りだよ。ジン・カミクラ。供物を拒否ということは、必然的に魔界戦争に参戦してもらうことになる。もちろんボクの陣営として」


「それも断れば?」


 三度、魔王リベルは笑う。今度は深遠なる闇を抱えた笑み。深い深い漆黒が広がっている。


「わかっているだろう? SSSランカー」


 はあ。なんとなく予想はついていたが、今度ばかりは規模が格段にでかい。まさか魔界とは。


 それにしても――腹が、減った。

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