第8話 初めての友達はSS級聖女騎士様

 西欧聖女筆頭騎士であるフィオナ・ステンドの銀槍が、唸りを上げて繰り出された。


 槍は紫の稲妻を抱えたトルネードとなって、俺の眉間に――刺さらなかった。


「な、んだと……?」


 フィオナが目を見開き、驚愕の表情を浮かべている。


 その理由は簡単だ。


 彼女の必殺技を、デュランダルが人差し指一本で受け止めたのだ。


「ほう。なかなかの技なのだ。だが、我らには遠く及ばない。さあマスターいくのだ!」


 そうだな。そろそろ頃合いか。


 俺とデュランダルの声が重なる。


 ドラグ・フュージョン!


 ごおっと轟音が広がり、周囲の空気を吹き飛ばす。次の瞬間には、二振りの刀を携えた赤き竜人が大地に顕現していた。俺の二度目の竜化。もはやこちらのほうが自然とさえ感じる。観客たちの息を飲む音すら、捉えることができた。


「この竜気……SSS級は伊達ではないということか」


 フィオナがそう声を漏らすと同時に、再び構える。まだやる気らしい。


「例えSSSだろうと、引くわけにはいかない! 筆頭聖女騎士の誇り、受け取れえ!」


 彼女は無数の突きを雨の如く、連打する。俺はその一つ一つに視認すると、スペルを無詠唱で唱える。


《倍速処理 クロックアップ》

《火属強化 フレイムバーン》

《剣戟無双 ソードダンス》

《魔力増幅 マジックブースト》

《刀剣硬化 ブレイドメタル》


「さあ! 舞踏会の始まりなのだ!」


 デュランダルの掛け声とともに、俺は紅蓮の閃光と化した。


 フィオナの突きを全て回避すると、炎の翼で上空へと飛び上がる。そのまま刀を抜き、天に翳す。


《烈火落星 メテオストライク》


 魔力が刀身に迸り、真っ赤に燃え上がる。紅く染まった刀はぐんぐんと俺の力を喰らい、頭上に炎の球を形成していく。これを受けたらただでは済むまい。


 眼下ではフィオナを含めた聖女騎士たちが目を見開き、動けないでいた。


 大聖女アリスだけが瞳を輝かせて、俺を見上げている。やはりあの皇女様はどこ変わっている。


「さあ! 行くのだマスター」


 いや――。もういいだろう。


 俺はデュランダルの声を無視して、火球をさらに高い空へと放り投げた。


「なっ! 何をするのだマスター! せっかくコネコネしたのに!」


「いいんだよ」


 炎はややあってから、花火のように弾けて消えた。僅かな残滓が風に踊り、意外ときれいだった。


「マスター! 何をしているのだ! せっかくビビらせてやろうと思ったのに」


「もう十分ビビってるよ。ありがとうデュランダル」


「へ。あ、あえ。お礼なんて言われると、なんだか照れるのだ。えへへ」


 彼女の弾む声を聞いてから、俺は地上へと戻る。


 周囲へ視線を流すと、どの顔も口をぽかんとあけていた。どうやら力を示すのは成功したようだ。


 アリスが満面の笑顔で手を振っている。何故、うれしそうなんだ彼女は。


「完敗だ。ジン」


「え」


 先程まで嫌悪の瞳を向けていたフィオナが片膝をつき、俺に頭を垂れていた。西欧聖女騎士皇国という大国の筆頭騎士が、だ。しかしFラン以下だった俺が、彼女のような本物の騎士に頭を下げてもらうのは気恥ずかしい。それにデュランダルのおかけで手に入れた力に過ぎない。


「マスター。何度も言うが、それがマスターの力であり、ユニークスキルなのだ。他の者には絶対に到達できない高み。それがマスターなのだぞ」


 デュランダルの声に、小さく頷く。本当にありがとうな。相棒。


「フィオナ。顔を上げてくれ」


 俺の声に、彼女の碧い瞳がこちらを向く。澄み渡る海のように綺麗だった。


「今までの暴言を詫びよう。申し訳なかった」


 それだけ言うと、彼女は再び頭を下げた。


 あー。これは少しめんどうだな。


 フィオナの性格からして永遠に詫びてきそうである。うーんと、唸りながら俺は思案した。それからぱっと閃いた案を、彼女に提案してみた。


「フィオナ。じゃあさお詫びの印に、一個だけ頼みを聞いてくれないか?」


「無論だ。なんでも言ってくれ」


 彼女が顔を上げ、俺を見つめる。アリス皇女とは違い、大人の色香が漂っていた。


「友達になってくれよ。俺、友達一人もいないんだ」


 そう言って、俺は右手を差し出した。


「え」


 フィオナは俺の顔と手を交互に眺めては、きょとんとしている。俺はしゃがみこんで、片膝をついている筆頭騎士に手を伸ばした。


「ともだち、か」


 彼女は俺の手を見つめたまま、大きく笑い出した。


「はは。愉快だな君は」


 フィオナはそう言ってからの俺の手を取った。


「承知した。この西欧聖女騎士団フィオナ・ステンド、謹んで君のプロポーズを受けよう」


 え。プロポーズ?


「さあ。新居と婚前旅行と子供の教育方針について語り合おうではないか」


 フィオナは俺の手を引っ張ると、ぐいっと立ち上がらせる。


「おい。ちょっとまて。なんで結婚することになってるんだ」


「細かいことはいいではないか。とりあえず見事だったぞジン・カミクラ」


 フィオナよ。何故、頬を赤らめているのだ。


「マスター……この女ったらしめ」


 竜化を解くなり、傍らでデュランダルがうらめしそうに俺を見上げている。


 はあ。またかよ。もう勘弁してくれ。



 一方。西欧聖女騎士皇国領内、農村地域では――ゴブリンの大群たちによる殺戮が開始されていた。俺たちがこの事を知るのは、もうすぐである。


 その農村がリラの出身地であり、病気の父親と兄妹たちが残されていることも――。

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