最終話

 大学の入試は難しかった。しかし僕以外の同級生や、大学に入学したいと思う人間はほとんどが同じ問題を解いているのだろう。額に手を当てて考えながら、山ほどある問いに回答を書いていく。入試を受ける前は緊張しかなくて、朝に食べたものを全て吐き出してしまいそうになっていた。


 それでもなんとかリバースすることは耐え、試験に臨んだ。しっかりと勉強をしていたため、それなりに解くことができた。


 入試が終わり、試験会場から離れた僕を待っていたのは両親だった。


「はぁ……」

「大丈夫か? なんかすごく疲れてるが……」

「そりゃあそうでしょ。テストっていうのは普通、記憶の中にある知識を全て思い出して、それを猛スピードで書き写す作業をするんだから。まあ、途中で寝てる人もいたけど……」

「ほう。もしかしたら、その人と仲良くなれるかもな。寝てた、ということはすぐに答案用紙を字で埋め尽くし終えたんだろうな」

「そうかもね。というか……」


 ようやくここで、今僕が思っていることを口にした。


「めちゃくちゃキツい……」

「頑張ったわね。合格発表が待ち遠しいわね!」

「うん。多分大丈夫だと思うけど、それでも少しは不安になるよね。早く帰って休憩したい……」


 思考すれば脳内は疲れる。いや、そんなに優しい表現ではないな。そうだな。ぶっ壊れそうになる、とか、脳が爆発してる、とかそんなグロテスクな表現にしておこう。それくらいに僕は疲れているのだ。


 我ながら頑張ったかな。



 ****



 大きな荷物を持って、車を降りた。


「じゃあ、ここからは電車に乗って……。っていう感じかな」

「ああ、頑張れよ」

「うん、ありがとう」

「水羽と仲良くしなさいよ? 喧嘩はしてはいけません!」

「一度もしたことないんだけど……。まあ、気をつけるよ……」

「それと! 一番大事なこと!」

「何?」


 母さんは人差し指を立てて、一という数字を表現した。


「避妊はすること!」

「大声でそんなことを言ってはいけません!」

「子供を作るときは、ちゃんと後のことを考えるのよ!」

「だから大声で言わないでください! 分かってるけどさ!」


 駅の入り口の前で、なんてふしだらな会話をいるのだろう、僕らは。周りの目がすごく気になってしまうのだが……。


 母さんは安心したような顔で『いってらっしゃい』と送ってくれた。父さんはそれに続けて、もう一度『頑張れよ』と言った。


 目頭が熱くなってきたけど、それを鎮めるようにして指で押さえると、何かが出る直前でそれを堪えることができた。


「それじゃ」


 たったそれだけを口にして、僕は電車に乗り込んだ。



 ****



 電車が動いて数時間。何駅も何駅も通過した先に待っているのは、乗り換えという作業である。新幹線に乗り換えたり、新幹線からまた電車に乗り換えたりと、そんなことをするほど遠い場所に、僕がこれから通うことになる大学があるのだ。


「あ、着いた……」


 到着した駅を出てから、僕は少しだけスマホで調べなければならないことがあった。僕が降り立ったここの地域の交通路がさっぱり分からないため、インターネットや地域のホームページに目を通した。途中、人にも聞くことがあった。


 ようやく全てを把握することができ『これから頑張って、彼女がすでに住んでいるというアパートを探しに行こう!』と思っていた時……。


「ねえ!」


 そんな声が僕の耳に入って来た。なんだ? 誰だ?


「ねえ! 君!」


 え、なんだ?


「そこの君! 君だって!」


 流石に気になって振り向いてみると、僕の方を指差して歩いてくる女性を発見した。


「ねえ? 君って、水羽の彼氏くん?」

「え? 彼氏? いや僕は……はっ!」


 そこで僕は、父さんが言っていたことを思い出した。誰も知らない。知り合いなどがいない。そんな大学を父さんは見つけて、姉さんに、そして僕に勧めてくれたんじゃないか。


「は、はい! 水羽の彼氏、ですね……!」

「よしっ!」


 するとその女性はスマホを取り出し、誰かに電話をかけていた。


「もしもし? 発見したよ。今からそっちに向かうねー!」


 その女性は姉さんが大学で知り合った友達らしい。姉さん自身はお出迎えをしたかったのだが、急遽出版社から連絡が入り、その代わりとして友達であるこの人が僕を待っていたのである。


 車に乗せられ、そのような話を聞かされた。


「あの、なんで僕だと分かったんです? だって僕、まだ一度もあなたと会ったことなんて……」

「水羽から写真を受け取ったの。それを見たからすぐに分かったよ」

「納得しました」


 車を走らせて数分、出版社が見えてきた。いや、この人はさっき『そっちに向かう』とか言ってたから当然か。ここに姉さんがいるのか。


 ドキドキする。久しぶりに会うし、多分だけど抱きつく自身がある。


「着いたよ。うん、ちゃんと連れてきた」


 また電話をしている。おそらく姉さんとだろうな。


 静かに外で待っていると、出版社の入り口からおしゃれで可愛らしい服装の女性が走ってくるのが分かる。期待は膨らみ、破裂する。


 いてもたってもいられなくなり、その女性の方に僕も走った。


 そして……。


 抱き合う。


「んぅ〜〜〜〜〜!!!」

「お待たせ……! ごめんね、こんなに待たせて……!」


 もう、二人の間を阻むものはない。


 姉さんは———水羽は、見上げるようにして顔を近づけてきた。僕はそれを止めるようなことはせず、こちらからも迎えにいく。


 唇はゆっくり重なった。


「おそいよぉ……」

「ごめんね、でも僕は二つも年下だし……」

「関係ない! 今日は寝かせないもん!」

「それは僕のセリフだぞ!」


 美しい夕日に照らされて、またキスをした。


 それからのこと、僕たちは将来のことや家庭を真面目に考えて、子どもを作ろうと思った。


 幸せな家庭を築くために、これからも日々頑張り続けよう。そう強く決心した。


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