第26話
「ただいまー! 我が実家ー!」
わははー、みたいな感じで騒いでいる姉さんは、僕と母さんにそれぞれ抱きついたあと、何やらガサガサと自分の荷物の中を探していた。お土産でも買って帰ってきたのだろうか。
キャリーバッグから出てきたのは薄っぺらいノートパソコン。それと他にも大学で使っているものだらけだった。お土産らしきものはひとつも出てきていない。全て姉さんが使用するためのものしかなかったのだ。
しかし僕の、『お土産であろう』という推測は外れた。
「じゃじゃーん! 見て見てー!」
「本? というか、ライトノベルか。これがどうかしたの?」
「これね、新しく刊行されるお姉ちゃんの作品なの! 出版社から勧められて、一応ダメ元で書いて見たんだけど、もう大絶賛されてすぐに決まったんだー!」
「新しくってことは、まだ売れてないんだよね?」
「うん! でももうすぐで発売なんだよ! でも、お姉ちゃんがこっそりと完成した物を持ってきたの! 和くんのために!」
「ぼ、僕のために!? な、なんで……」
「和くんが大好きだからね!」
プレゼント、というやつだ。通常、姉さんは僕のことを思うあまり、いきすぎた物をくれるから困るんだけど、意外と本当にありがたい物をくれる時がある。普通に感謝する。
「そ、そうなんだー……。へぇ、ありがとう。嬉しいよ……」
「うんうん! 和くんにだけ特別だよ!」
意味深なことを言う姉さん。僕はライトノベルの方に目を移し、表紙と裏表紙、そして中の作者紹介を見てみた。
少し内容も把握しておこう。とりあえず恋愛系というのだけは分かった。具体的な内容は後からでもいいだろう。ライトノベルの方をジーッと見ていたのが不満だったのか、姉さんは頬を膨らましてジト目で僕を見つめていた。
「何? 顔に何か付いてる?」
「帰ってきたんだよ……?」
「うん、帰ってきたね」
「お姉ちゃんが帰ってきたんだよ……?」
「うん? 何か伝えたいことでもあるの?」
「本よりもお姉ちゃんでしょ!」
「いや、姉さんが僕に渡したんじゃん! 僕のために持ってきたんじゃないの!?」
「そうだけど! そうだけど、今はもうお姉ちゃんとの時間なの! 本じゃなくてお姉ちゃんをかまってよ!」
「はい……」
強引に姉さんに連れられて、リビングを出た。僕の部屋に行くのかと思えば、その部屋の扉を完全にスルーして、姉さんの部屋に無理やり入れられた。なんか久しぶりにここの中に入ったような気がする。
なんだか嫌な予感がする。姉さんは僕をベッドに座らせて、その横に姉さんがちょこんと腰を下ろした。僕たち二人ともじっとして、微動だにせずに、ただひたすらに見惚れていた。
姉さんが顔を近づけてきた。まさか、そんな、今からヤるのか? いや、流石にそれは……。
姉さんは近づけるのをやめない。僕は咄嗟に目を瞑ってしまった。
すると……。
「はぁーい……。それじゃあ今からこの作品の見どころを、作者本人が説明したいと思いまぁーす……」
「へ?」
は?
「あれ? キスだと思ったの?」
やられた。悔しい。
****
「つまりここが一番注目して読んでほしい場面なの!」
「ふむふむ。じゃあ、こことさっきのところは一応繋がりがあるってことなんだね?」
「そうなの! やっぱり和くんは分かる子なんだね! えらいえらい! お姉ちゃんは嬉しいぞー!」
どういう経緯で解説されているのかは分からないけど、意外と姉さんの話は面白くて、かなりのめり込んで聞いていたことに自分でもびっくりした。姉さんって喋りも上手いんだな。
しかし僕は気になる点があった。先ほどのリビングでの姉さんの言ったことである。
「姉さん?」
「んー? なぁに、和くん?」
「リビングでさ、僕がライトノベルに興味を示していた時、姉さんは『自分の時間だー』とか言ってたよね?」
「う、うん。言ってた、よ……?」
「なぜか僕は姉さんにそのライトノベルの解説をされているんだけど、どういう風の吹きまわ……」
「さて! なぜでしょう!」
最後まで言わせてほしい。
「はい! なぜでしょうか!」
「なぜって言われても、こっちが聞きたいんだけど……」
「正解はねー……」
「うん、正解は?」
姉さんは少し溜めている。だが一向に答えを口にしようとしない。ずっと溜めて溜めて、溜め続けている。なんなんだ、早く言ってほしいな。
気になったから、僕はもう一度聞き返した。
「それで? 正解は?」
「正解は……和くんを油断させるためだよ……」
そのまま、姉さんは僕を押し倒す。なんだか前にもあったなこういうの。そしてその時は、最終的に色々とイチャイチャしたんだっけ。かなり大人な時間だったはず。
突然のことで驚くが、別に前にもされたことがあるため、すぐに状況を理解する。
「油断、ねぇ……」
「そう、油断だよぉ……。和くん……? わたし、もう十分に我慢したと思わない……? もうヤってもいいと思うんだけど、それに、今日は久しぶりに帰ってきたんだし……」
「うん、良いかもね」
「やったぁ……! いっぱい、気持ちよくなろうね……」
今度こそ、本当にキスをしてくるであろうと察知した僕は、近づいてくる唇が自分の唇に当たる直前に、姉さんの体を抱いてひっくり返した。
ゴロン、と逆に僕が押し倒しているような体勢になる。
「えへへ……! もしかして、和くんが主導権握っちゃうの……?」
「うん、今日は僕がリードする。というか、姉さんも油断してるじゃん」
「バレちゃった……」
「それじゃあ……。始めるよ……」
「熱い夜になりそうだね……」
「まだお昼だけどね……」
二人の時間は、誰にも邪魔はされなかった。音に配慮していたため、父さんと母さんには聞こえていないだろう。
とりあえず僕は、自分へのご褒美に、そして姉さんへのご褒美として、夜を共にした。
一ヶ月ほど実家に滞在してから、姉さんはまた大学に戻った。今度会うのは冬休みかな。そして、逆に僕が姉さんに会いに行くのは、およそ二年後かな。
未来を夢見るのは、とても楽しい時間だった。勉強を頑張りたいと、思えるからだ。
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次回最終話です。
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