第23話

「いや、なんで父さんが帰ってきてんの? いつもだったら仕事でこんな時間には家にいないはずじゃないの?」

「お前たち二人が何かいかがわしいことをするのではないか、と思ってな。それを阻止するために、今日は早く切り上げてきたってわけだ」


 それにしても早すぎるだろ。まだ夕方にもなってないし、定時にもなっていないだろ。職務怠慢で怒られる可能性だってあるだろうに。そこまでして僕と姉さんの間を引き裂こうとするのか。


「それで、流石に学校ではイチャついてないだろうな?」

「学校ではあまり会う機会がないからね。そもそも顔を合わせることが少ないんだよ」

「よし、それでいい。水羽はどうした?」

「生徒会の仕事で遅くなるらしいよ。父さん、早く帰ってくる意味なかったね」

「……」


 黙るなよ。


 まあ確かに、姉さんが帰ってからイチャイチャする予定は多分父さんに潰されるだろうけれど……。


 僕は話題を変える。


「……っていうかさ、今朝に父さんは『僕と姉さんはまだまだ愛し合っているとは言えない!』みたいなことを言ってた気がするんだけどさ」

「うむ?」

「どうしてそんなことをわざわざアドバイスしてくるのかなぁって思って、色々自分で考えてみたんだけど、もしかして父さんってんじゃないの?」

「……」

「そうじゃなきゃ、アドバイスみたいなことは口にしないはずだよ。だってそれまでの会話でかなり否定的だったのに、『愛し合う基準は人それぞれだ』とか『和也たちの関係はまだまだだ』みたいなどこか後押しするような言動があったし……」


 少し下を見て、そしてゆっくり目を閉じて、開ける。その動作をしたのちに、父さんは口を開いた。


「私の考えを説明しようか。はっきり言うと、壊したいさ。お前と水羽の仲なんて。すぐにでも壊して、元に戻したいと思っている」

「どうして……」

「禁忌的で、なんだかやってはいけないことをしているみたいだからな」


 父さんは深みがあるように話した。


「禁忌的……近親相姦がバレれば二人は軽蔑されることだろう。しかも血が繋がっていなくとも、周りの人間はそれを知らない。仮に知った上であっても、それを受け入れてくれる人間がいるとは思えない」

「それって……」

「私はお前と水羽の親だ。お前にとっては義理かもしれないが、それでも私は子供たちの幸せを願っているし、未来を大切にしたい」


 父さんは続ける。


「お前は、水羽の人生をめちゃくちゃにするかもしれないというリスクがあることを進んでしたいと思うか?」

「思わないよ。でも、バレなければ……」

「リスクを考えろ。バレなければいいことならば、最初からバレない方法を探せ。現に父さんと母さんにはバレたんだぞ」


 自分のやっていたことは、どんなことだったのかが分かった。バレなければいいなんて、それはただの甘い考えだったんだ。これから先、もしこんなことを続ければ、いずれは何かがきっかけで……。そうなった場合、僕はどうするんだろう。姉さんはどうするんだろう。


 浅はかだった。


「だから壊す、引き離す。そして

「えっ……? 違う方法を探す? なんで? どうして? だって父さんは僕たちの仲を壊したいはずじゃ……」

「さっき言っただろ。子供たちの幸せを願っているし、未来を大切にしたいと……」


 父さんは頭がいい人間だ。先のことを考えて、試行錯誤して、最善の方法を見つけるのが得意だ。


 つまり父さんは、後押しというわけではないが、僕と姉さんのことを一番に考えて、最終的に引き離した方がいいという結論に至った。


「まだお前と水羽は高校生。それに姉弟であることを知っている人間は山ほどいるんだ。だから卒業してからはいい大学を探してやる。だれも二人のことを知らない、面識のない場所で、二人が幸せになることができる、そんなところをな」


 そんなに先のことを考えられるなんてすごい。僕とはどこも似ていない。血が繋がっていないから当然だけど。


「それまで二人は引き離す。辛抱強く待っててくれ」

「うん。姉さんにも伝えとくよ」


 父さんの考えていることに納得した自分がいた。そしてその考えを、いい考えだと思った自分がいた。


 姉さんは、どう思うんだろう。僕だって姉さんとイチャイチャできなくなって、さらにエッチなこともできなくなるなんて普通に嫌だ。しかしどんなに嫌なことでも、大好きな人の未来をめちゃくちゃにすることは避けるべきなんだ。


 スマホを取り出して、電話をかけた。



 ****



 それからというものの、姉さんは明らかに変わった僕の態度に不満があるらしい。いつも頬を膨らまして、正面からそれをアピールしてくるのだ。


「むぅ……! なんでお姉ちゃんを避けるの!」

「電話で伝えた通り、僕は父さんの意見に納得したのさ」

「だけど、少しはイチャイチャしてもいいじゃん! ほら、ぎゅーしよ? ぎゅーって!」

「はいはい、ぎゅー……」


 手を握ってみた。


「手じゃダメなのぉ! 体全部を使って抱きしめるのぉ!」

「まあ、それくらいならいいかな。でも色々とダメなことはちゃんとダメって言うからね?」

「うん! ぎゅーっ!」


 優しく抱きしめてあげると、姉さんは『んふふ』と照れながら笑った。可愛い。


「キスしよ」

「それはダメ」

「なぁんで!」

「エスカレートするから。以上」

「エスカレートしなければいいじゃん! それにしたところで誰にもバレないし!」

「父さんと母さんにはバレる。分かってる? 性行為している中で、両親にそれを知られているという羞恥心。僕はもう耐えられないね」

「じゃあラブホ行こ!」

「二人でそういうところを歩いている時点でダメ」

「じゃあ普通のホテル!」

「二人で出歩いている時点で……」

「じゃあ、もうエッチなことできないのぉ……?」

「うん。ごめんね、これも先のことを考えているからなんだよ」


 もう一度抱きしめてから、僕は姉さんとの会話をやめ、自分の部屋に入ってそのまま横になった。

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