第21話

「……」

「どうしたんだ? 何か答えられないことでもあるのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……。なんかすごいこと聞いてくるなぁって思ってさ。戸惑っていたというか……」

「ほう。そうか。しかし答えられないことではないんだろ?」

「ま、まあ……」


 何を聞いてくるかと思えば、なんだよその質問は。父さんがそんなことを聞いてくるというのに対して戸惑っている。まさか、何かしらの手がかりで僕たち姉弟の秘密の関係に気づいたのか? いや、もしそうなら、すぐにでも怒鳴り散らかすはずだ。


 少しの心配がありながらも、僕は父さんの問いに真剣に答えた。


「あ、あるんじゃないのかな? 小さい頃だと思うけどね。遊びでそんなことをしていたのかもしれないよ」

「たしかにそういうのもあるかもしれないな。小さい頃から、お前と水羽は仲が良かったからな。今でもだが」

「な、なんでそんなことを聞いてくるのさ……?」


 震えているのが分かる。喉から、今僕が感じている負の感情が、全て外に出てしまいそうなものだった。恐怖、心配。それらが全て。


「ん? 何故か? うーん、どうしてだろうなぁ……」

「ど、どうしてなのかな……」

「やっぱり、お前と水羽の関係が気になるからかな? 正直、それ以外に理由が思いつかない」

「スゥー……」

「なんだ?」


 マズいな。勘づいているのかもしれないし、別にどうも思っていないのかもしれない。


 どうする? どうもできないだろ。


「なんでそんなことが気になるんだい……? べ、別にそういう関係なんかじゃないよ……? 僕と姉さんは姉弟なんだし、ありえないよ……」

「そうか……。そうだよな……。水羽とお前は姉弟で、家族なんだもんな? そんなことあるわけないよな」

「そ、そうだよ! 父さんは変なことを聞いてくるなぁ……!」


 ははは、と笑ってみせた。どうにかこれで誤魔化すことはできないのだろうか。頼む、マジで、これでリビングに戻ってくれ! これ以上は踏み込まないでくれ! これ以上は、もう何も言わず、何も聞かないでくれ!


 しかしそんな願いはすぐに無駄になってしまう。父さんは、僕と姉さんの関係に感づいていた上に、そういう関係である決定的な証拠を持っていたのだ。


「和也……。それと水羽……。二人ともちょっと出てこい……」

「なっ……! どうして……!」

「いいから出てこい。話がある」

「「はい……」」


 僕と姉さんの声が重なる。ベッドから起こした体は、二人とも全裸。この状態で部屋の外に出るわけにもいかなく、ちゃんと着替えてから部屋の扉を開けた。


 どうして? 一体どうして? なぜ姉さんがいることを知っているんだ? なんで? なぜ?


 思考を凝らしてみるものの、なにも分からなかった。僕は自分の青ざめた顔を触った。


 冷たい。



 ****



 願っていたことはすべて無駄になったはずだったが、ただ一つだけ、願いが叶ったことがある。父さんがリビングに戻ったこと。まあ、僕たちを引き連れてのことだけれど……。


 とりあえず、僕たちはリビングに行き、椅子に座った。静かな空間。目の前には父さんと母さんが座っている。緊張が体を支配して動けなかった。金縛りにでもあった気分だった。


 ヤバい、吐きそう。


「それで、話って?」


 意外と姉さんは落ち着いていた。


「これはなんだ?」


 父さんは腕を伸ばして、テーブルに何やら小さなキラキラしているものを乗せて、僕たちの方に渡してきた。何やら見たことのある光沢。ギザギザとしている形状。色は銀色。余計に光が反射する。そしてこの変な切り具合。どこかから切り取ったような感じだ。これは……おそらく袋、なのか……?


「何、これ?」

「とぼけるな。何度も使用しているはずだろ。私と母さんがいない間に、そして夜中にもな」

「あ、あぁぁ……」


 姉さんは気づいたようだ。そして僕も、諦めるようにして頭を抱える。


「こんなものがまさか落ちているなんてね……。母さんもびっくりした。それじゃあ和也、正解をお答えしてください!」

「状況を分かっているのかい? 流石に能天気すぎやしないか?」

「もう、あなたは静かにしてて! はい! 和也! 答えて!」


 実の母親にどうしてここまで、恥ずかしい思いをさせられるのだろう。ひどい世界だな、ここは。


「……」

「黙ってないで、ほら! 言って言って!」


 ニヤニヤすんな。絶対に分かってるだろ。なんで僕が……。


「はぁ……。コ……」


 いや、その呼び名はやめておこう。余計に恥ずかしい。ちゃんとした正式名称で、だな。


「うんうん!」


 楽しそうだな、母さん。


「ひ、避妊具の……アレです……」

「アレ、とは?」

「避妊具の入ってた袋の、ちっちゃいゴミです!」

「正解! よく言えました!」

「よく言えました、じゃない。これこそが問題なんだ」


 ギザギザの形状。光沢。銀色。どこかから切り取ったようなもの。これは、完全に袋を開けた後の切れ端。なんでこんなものが……。


「なんでこんなものが、とか思ってるな?」

「うん、そうだけど……?」

「簡単なことだ。落ちてた。ただそれだけだ」


 本当に簡単なことだった。でもなんで落ちてんだよ。避妊具自体は、自分たちの部屋にあるゴミ箱にきちんとぶち込んだはずだ。そのゴミがなぜ落ちてる。


「そうだなぁ。運動をすれば何がでる?」

「汗……。はっ!」

「そう、汗だ。おそらくその汗で、体のどこかにくっついたりでもしたんだろうな。それで廊下に落ちた。そんなところか?」


 なるほどな。理解した。理解できた。戸惑いすぎて、頭がこんがらがっているが、なんとか理解できた。


「……てなわけで、説明をしてほしいのだが。いや、というか、説明しろ。命令だ」

「「はい……」」


 また僕と姉さんの声が重なった。

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