第19話

 近親相姦、という言葉が突然うかんだ。なんの前触れもなく、なんのきっかけもなく、ただ単に頭の中でその言葉が突然顔を出したのである。今は当然知っている。


 なんのきっかけもなく、と自分では思っているが、それは考えてみれば違ってからものだった。僕と姉さんの朝のイチャイチャを思い出せば、それは十分にきっかけになるだろう。そこだけは撤回しておく。


 とにかく、僕はその言葉がうかんだのだ。そしてうかんでから、腹にボクシング選手のストレートでも入ったかのような衝撃と、その衝撃によるものであろう気持ち悪さが僕を襲った。ちなみに実際に食らったことは一度もない。例え、である。


「いや、別に問題になることではないだろ……。だって、僕たちは義理なんだから……」


 その言葉がうかんだきっかけの次は、うかんだ理由だった。まあ、僕と姉さんの関係がそれだろう。それ以外にはないと思われる。


 常識的にも、理論的にもタブーとされる近親相姦。それは近しい親族との関係のことを言っているのであり、僕と姉さんのような、一応家族で親族という扱いにはなるが、血など繋がっていないはっきりと言えば『他人』である人間との関係は含まれないはずだ。


 姉さんがつねづね口にする『義理だから』はそういうことだと思う。


「だがしかし、バレれば問題にはなる、か……」


 義理だから大丈夫、義理だから何してもオッケー。そんなことも姉さんは口にしていた。いつも家では能天気なモードの姉さんは、あまりに能天気すぎてリスクというものを時々忘れていることがある。学校にいる時のように、もう少ししっかりして欲しいものだ。


 肉体関係であることがバレれば、僕と姉さんは色々とヤバいだろうな。両親から絶縁されたり、勘当を喰らったりする可能性も、まあなくはないかな。


 タブー? 近親相姦? そんなことは関係のないことだ。僕たちは義理で、もはや他人。そして恋人のような存在だ。家族であることに変わりはない。どからこそ、バレずにやっていくしか方法はないのだ。


「バレずに、か……。ならいっそのこと、逆に勘当されて家を追い出されたら、それならバレるとかの心配もないのでは……」


 いや、考えたけどやめた。それは最悪の事態の遥か先の、もうひと段階上の回答であり、解決策でもある。意外とそういった感じの方が、楽かなと思っただけなのだ。だからそこまで深い今はないし、別に気にすることでもない。


 そういう手も、あるということだ。



 ****



 昼休み。


「姉さん……。僕、学校では距離を置こうっていったよね? どうしてこうやって胸を押し当ててくるのかなぁ?」

「んー? なんのことぉー?」

「とぼけないでよ」


 図書室。本を借りによくここへ来る。最近は本の種類が充実していて、新刊ではないものの、一昔前に流行ったライトノベルや、有名な小説が揃っている。しかし僕が好むものは、そんなにライトでキャッチーな作品ではなく、執筆の参考になるようなゴリゴリに分厚い作品だ。


 そういう本は、似たような本とそうでないと本とで分けられていて、特に分厚いものは本棚の一番上に置かれていることがほとんどだ。なんとかして取らなければならない。本当に直してほしいな、これ。


 姉さんは僕の行動範囲を全て把握しているらしい。昼休みに本を借りに、または返しに来ること。図書室の本棚で、高さと格闘していること。もうなんかすごい。語彙力が低くなるほどに、なんかすごい。


 他人からすれば、それは恐怖に値するものだと思うが、姉さんはついてくることがない。今日はたまたま僕がいたのを発見したのだろう。多分、たまたまだ。


「ぎゅー……。ぎゅっぎゅっぎゅー……」

「はいはい、やめましょうねー。もう終わりですよー。約束したでしょ? ダメだよ、姉さん」

「んっー!」


 胸だけでなく、顔までも押し当ててくる。なんなんだよ、僕と二人で話し合ったじゃないか。なんですぐに破ってくるんだよ。ちゃんと人もいるんだし、周りを見ろよ周りを。


 幸い死角で書かれているため、誰にも気付かれていない。これはラッキーだった。


「もうおしまい。もう終わり。離れてくれるかな、姉さん?」

「んっー!」

「ダメだよ。はい、離れて」

「んぅー! やぁだぁ……」

「はぁ……」


 本当になんなんだ。いうこと聞かないし、なんか可愛いし。僕も何も言えないんだけど……。


「姉さん? ちょっとちょっと……」

「なぁに……?」

「もしかしてこうしていたいのかな?」

「うん! 当然だよ……!」

「これは僕からの提案なんだけどさ。今ここでやめてくれたら、帰ってから僕がいっぱいいろんなことをしてあげようかな、と思っているところなんですけど、どうかな?」

「いろんなこととは?」

「え、えーっと……とりあえず姉さんが要求してくれたことなら、できる限りは……」

「ふーん……。なら、ゴム無し生エッチもできるっていうこと?」


 何を言ってんだ、この人。


「へ?」

「できる限りのことをするんでしょ? ならできるよね?」

「で、でもそれは……」

「大丈夫だよ……。直前で抜けば……大丈夫だから……。多分、ゴムでやるよりずっと気持ちいいはずだよぉ……」


 ゴクリ、と唾を飲み込んだ。


「うん……。できるなら、やってみるよ……」

「よかった……。楽しみにしてるね……和くんと初の、ゴム無し生エッチ……!」


 最後に『チュッ』という音が頬から聞こえた。口ではなく頬というところが、なんだかお預けされた気分になる。


 これは一本取られたな……。そうだな、今夜は……頑張ろう……。

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