第18話

 翌朝。起きてからすぐにリビングに向かい、朝食をとっていた。


「二人はいつからそんなに距離が近くなったんだ? 水羽はともかく、和也はそこまで積極的じゃなかっただろう?」


 ギクリ。聞かれると都合の悪い質問をしてきたのは、朝食終わりに新聞を読んでいる父さんだった。父さん、というよりは、義父さんと表すのが正しいのだろうが、実際に僕の家族で仲も良いので、別に気にすることではない。つまり父さんは、姉さんの方の父さんなのだ。対して母さんは僕の方の母さんである。


 帰りは遅く、出るのは早い。父さんと母さんの朝はいつもこうだ。僕と姉さんよりも先に朝食を食べて、仕事までの少しの時間に新聞を読んだり、ニュースを見たりしている。


 そんな父さんが、いきなり新聞から目を離して僕たちを凝視してきた。そして疑問に思ったことを、そのまま口に出した。


「聞いてるのか?」

「う、うん、聞いてるよ」


 急な質問だったため、一瞬放心状態になってしまった。


「近いかな?」

「近い。かなりな。食事中にくっつくな、行儀が悪いし、服も汚れてしまうぞ。いや、それ以前にどうしてそんなにくっついているんだ? 見るからに水羽が迫ってきているような感じだが」

「別に。これが普通なんだよ? お父さんって、あんまり若い男女のこと知らないから、何か変に思うんじゃないの?」


 あ……。


「……姉さん、その誤魔化しはマズいよ」

「え? あっ」


 ヒソヒソと耳元で伝え、姉さんはようやく気づいたようだ。僕がマズいと言ったのは、姉さんが誤魔化した内容であった。『若い男女』というのは、自分たちからそういう関係になっている、と公表しているのと同じだ。少なくとも、そういう関係になりかけている、と思わせることはあるだろう。


 全く。これは完全に姉さんのミスだ。さて、どうする? いや、だが、聞いていないとか、聞こえていないとか、奇跡でもあるんじゃないかと期待した。


「若い男女、だと……?」


 聞こえてんじゃん。


「ほうほう、なるほどな。なるほどなるほど。二人は確かに『若い男女』ではあるなぁ……」

「そ、そうなんだよ! 僕たちは仲の良い『若い男女』なのさ!」

「そうそう! 私たちは仲が良いの!」

「ふーん……」


 じーっとまたもや僕たちを凝視してくる。もう色々と察してないか、これ。


「しかし男女という表現は、何やら変な関係が匂うのは、父さんだけかな……?」

「へ、変な関係? そんなことないでしょ、だって姉さんと僕は家族なんだからさ!」


 変な関係とかそんなの言ってる時点で、すでにお気づきのようだ。声を低くして、圧をかけてきているし、流石の僕でも分かる。


「はぁ……。とりあえず、二人とも程よい距離感を保ちなさい。ほら、離れて」

「うん」


 サッと動くが、父さんには不満があるそうだ。


「もうちょっと離れて」

「うん、これくらい?」

「もうちょっと」

「これくらい?」

「ああ、それくらい。そう、その距離感だ。それ以上くっつくなよ。二人とも『若い男女』なんだからな」

「はい……」


 なんでだろう。すごく恥ずかしい気分だ。察しているはずなのに、それを素直に言わないから、なんだか図られているようだった。


 でも、まさか肉体関係まで行っているとは思わないだろうな。


 父さんは仕事に行くために家を出た。それに続いて、母さんも静かに玄関をくぐった。


 リビングには僕と姉さんが残った。いや、残されたというのかもしれない。父さんがこの状況を作りたかったのかもしれないからな。しかしどこにも監視するための機械はないし、何しても良さそうだった。



 ****



「危なかったね。もう少しでバレるところだったね、和くん!」

「うーん。どうだろうな。もうバレてるかもしれない」

「ううん! バレてないよ! 和くんとお姉ちゃんがエッチしてることとかはバレてないはずだよ、多分ね!」

「そりゃあ、そうだと思うけどさ……。なんだか父さんは疑っているみたいだから、警戒が必要だね」

「だいじょーぶっ! お姉ちゃんは絶対に分からないようにうまくするから! ねっ! 安心してね!」

「でもさっきのは姉さんがあんなこと言ったから、父さんは違和感を感じたんだよ」

「えへへ! ごめんね……?」


 ぺろ。そんなふうに赤い舌をちょこっと見せてきた。その仕草は普通に可愛かった。


「それじゃあ……」

「ん?」

「お父さんもお母さんもいなくなったことだし、いっぱいイチャイチャしようね!」

「なんで?」

「イチャイチャしたいからぁー!」

「まあ、いいけど……」

「やったぁ!」


 ソファで横になり、二人で抱き合う。


「流石にエッチはできないけど、ハグとかキスとかはしていいよね?」

「うん、歯磨きしたしね」

「そ、それじゃあ、さっそくですが……」

「うん……」


 唇に脳の神経が集中する。感触はプニプニとしていて、柔らかくて気持ちがいい。頭がふわふわしてきた。


 そして口を離す。


「はぁー! ヤバい、もうこれくらいにしておこう……。これ以上やると、ベッドに行っちゃいそうな予感がするから……」

「それもそうだね……。この辺でやめよっか……」


 意外とあっさりしている。なんだか珍しい。


「じゃあまた、続きは帰ってからだねぇ……」


 耳元で囁いて、最後に『大好き!』と一語たした。よし! 今日も頑張れそうだ!


 僕たちは二人で学校に向かった。

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