第15話
バカ。ばか。馬鹿。
人を罵倒するのには十分な単語だ。姉さんはその単語を僕に目掛けて投げてきて、そのあと部屋から出ていった。ぷんぷん、と怒ったようにして、ぐぬぬ、と頬を膨らますようにして、僕の部屋から出ていったのだった。
「流石に怒らせちゃったかな。まあでも、思わせぶりな態度を取るのは姉さんも同じなんだけれど……」
その辺は少し気に食わない。人を誘っておいて、何の対応もないとなると、そりゃあ気分のいいものではないはずだ。イライラするに決まっている。しかし自分がされて嫌なことを、人に平気でするような無神経な人間ほどではない。
姉さんだって僕と同じことをしていた。やるだけやって、誘っておいて、それでも実行には移さない。さっき僕が姉さんにやったのと同じことだ。あっちはベッドでのエッチな行為をしたいと思っているのだろうけれど、それなら押し倒した時点で、僕が何もできないくらいにめちゃくちゃにしてくるのではないかと思う。
「はぁ……」
深読みしすぎて、というか、普通に姉さんに申し訳なく感じて疲れた。こういう時は何か他のことをした方がいいと知っている。そうだな、小説に戻ろう。
とにかく、僕は後ほど姉さんに一言、『ごめん』と言っておくべきだと考えたのだった。
****
カリカリとペンを動かしている。姉さんと作った話の内容に、自分の脳内で構築されるセリフを当てはめるようにすると、すぐに小説を書くための原稿用紙は埋め尽くされてしまう。二枚目、三枚目と次々と新しい用紙が必要になってきた。
「あ……」
途中、ペンが止まる。主人公とヒロインの会話のシーンだったのだ。プロット上だとここはロマンチックな感じに仕上げたいのだけれど、そのロマンチックなシーンというものを、僕は全くと言っていいほどに知識としては持ち合わせていない。勉強のために恋愛ドラマでも見たほうがいいのかもな。
いや、本当は姉さんのことを考えていたのだ。書いている中で何度も何度も考える。こんな状況だったらどんな感じなのだろう、こんな展開ならどんな感じなのだろう。姉さんをこのヒロインに当てはめて、内容を考えていたのだ。
そして今、ロマンチックなシーンでの会話や展開。姉さんがヒロインなら、どんな感じが素敵だろうか。この主人公が僕なら、姉さんと……。
「そんなことばかり考えているからペンが進まないんだよ。これは小説であり、作品だ。姉さんを思って書いているわけではないんだ」
口から出てくる言葉を、自分に聞かせる。
イライラする。ムラムラする。いつも通り小説を書いているだけなのに、なぜか姉さんが頭の中で僕の邪魔をしてくる。気が散ってしまう。手が止まり続ける。
「あーもう……!」
扉を思いっきり開けて、リビングに行った。そこには誰もいなくて、外の光が差し込んでくるだけだった。キッチンにも人はいない。つまり姉さんは自分の部屋か、あるいはトイレにいるということだ。
なんだよ、このイライラは。それに何で姉さんを探してんだよ。
いや、本当は分かっている。本当は、癒しが欲しいということを理解しているのだ。ペンを進めていくうちに姉さんが浮かんできて、思うように書けなくて、それでイライラしてて。先ほどと同様のことを、もう一度姉さんにしてもらおうとここに来たのだ。そうすれば、何かやる気になるはずだと思うのだ。
しかしここに姉さんはいない。どこだ? どこにいる?
名前を呼びながら歩いて周る。
「姉さん? どこいるの?」
当然返事はない。部屋から出ていったところを思い出せ。姉さんは不満そうだった。
「そりゃあ返ってこないか……」
トイレにはロックもかかっていなかったし、ノックをしても反応はなかった。扉を開けても、誰もいない。ということは、ここではない違う場所ということになる。なら、部屋か?
着いた。扉には100円ショップで購入したであろう万能吸盤が付いており、そこにちょうどよく『水羽の部屋』と自分の名前が書かれているプレートがかかっている。このようなものを見れば、誰の部屋かは初めて来た人でも一目瞭然だ。
コンコン、とノックをしてみるのは定石。だが室内からの応答はない。これだと、部屋の中にいるのかいないのか分からない。扉を開けてもなお、ここにはいないということになると、もしかしたら行き違いになったという可能性がある。
まあいい。とりあえず開けてみると、どこにも人影はない。カーテンによって外の光は遮断されており、一切の光を持っていない。というか、部屋全体が見えにくかった。
よーく凝らして見ると、何やらベッドに大きな膨らみがある。いるな、これ。
「姉さん? 寝てる?」
「ゔぅ〜〜〜……」
何その声。僕は電気のスイッチを入れ、部屋を明るくした。明暗の切り替えのせいで、またもや見えにくくなってしまう。常夜灯に切り替えて、優しい光が部屋を照らす。
「起きてるでしょ?」
「ゔぅ〜〜〜……」
「そんなに怒らないでよ」
「ゔ……」
また唸るタイミングを察知して、僕は姉さんの布団を剥がした。そして自分も潜り込む。
「なっ! ちょ、ちょっと和くん! 女の子のお布団に勝手に入っちゃダメだよぉ……!」
「姉さんだっていつも僕のところに入ってるじゃん。それと一緒」
「で、でもぉ……!」
「姉さん……さっきはごめんね……」
「うぅ……」
謝罪をすると、姉さんはうろたえた。
「い、いいよ……」
「よかった。許してもらえないと、こうやって癒してもらえないからね」
「癒し目的ってことは、お姉ちゃんに抱きつくだけ抱きついて、そのままお部屋に戻る気なのね?」
「いや、それは……」
そうです、なんて言えない。
「お姉ちゃんも癒してほしいから、和くんには頑張ってもらわないと……」
「へ? 頑張るとは?」
不敵な笑みを浮かべる姉さん。さっきまで怒っていたとは思えないほどの豹変っぷり。すげえ、なんだこの人。
「お姉ちゃんはずっと我慢してたんだからね……。でももう、我慢できそうにないよ……。和くんの初めては私の初めてでさせてあげるからね……」
この後、めちゃくちゃ気持ちいいことをした。
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次回、タガが外れます。
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