第13話

 今日一日、もう姉さんとは話さないようにしようと決意した。僕をからかっているのか、もしくは本当にエッチなことを誘っているのか、どちらなのか分からない。僕としては誘っている方が嬉しいのだけれど、変にそう考えてしまうと、体が勝手に動いてしまうという可能性がある。だから何もせずにそっと自分の部屋に引きこもっていよう。


 体が熱い。特に顔が。先程の姉さんの発言を思い出しては熱くなり、思い出しては熱くなりを繰り返している。段々と落ち着いて冷めてくると、その時に限ってまた思い出してしまうのだ。これだと執筆がままならない。集中できるはずもない。


「一旦休憩しよう……。時間はたくさんあるんだから、後からやればいいこと……」


 ベッドに寝転んで、天井を見ながらの独り言。とにかく僕は、体がかなりお疲れ気味になっていることが気になる。まだ起きたばかりで頭が回らないことも関係してくるが、それでも多分ほとんどの原因は姉さんだ。思わせぶりで、いやらしいことを色っぽく言ってくるあの人のせいなのだ。


 休憩しようと思っても、寝転んでいるのは自分のベッドだ。天井を見続けてもそれが変わることはない。ここは自分の部屋で、身を預けているのは自分のベッドで、僕が姉さんに何かをしようとして失敗した場所。


 何この部屋。体の熱が上がる一方なんだけど。


「休憩できるかぁー!!! 今朝のこと全部思い出してしまうだろうがぁー!!!」


 また独り言。しかも結構大きな声だ。不満を叫ぶとスッキリすると教えられたことがある。でも何一つ解決しない。もう姉さんのことしか考えられない。頭の中は姉さんばかりで、本当に大丈夫かと自分を心配してしまう。


 何も考えるな、と言い聞かせて目を瞑ったが、微かな姉さんの匂いがしたせいで、どうにもうまくいかない。逆に姉さんの顔が浮かぶだけ。特に姉さんの可愛い笑顔だ。美女の笑み、スタイルのいい身体に添えて。


 しかし、姉さんの匂いを嗅ぐと、決して落ち着くことはないものの、なぜか幸せな気持ちになるのだ。やはり姉さんはいい匂いだ。香水のような、一発ではっきりと分かるようなものではなく、人の表面から出る特有の匂いだ。なんだろう、この甘い匂い。とても優しい感じだ。


「姉さん……。僕は……」


 匂いを嗅ぐというのはどうなのだろう。僕は姉さんのことを、ちゃんと異性として見ていると分かっている。それはショッピングモールで言われたからというわけではなく、それ以前からのことだと思う。なんだこれは? これはどういう感情だ?


 スンスン。もう一度嗅いだところで、姉さんが近くを歩いていることを察した。



 ****



「かーずくーん! お部屋から出てきて、お姉ちゃんと遊ぼうよぉー! ねぇってばぁー!」


 いいや、今日はもう話さないと決めたんだ。姉さんが何を言おうと、どんなエッチなこともさせてあげると言われても、僕は反応しない。部屋に入ってこられると流石に反応はするけど、軽く押し出すようにすれば、すぐに出ていってくれるはず。今はまだ心を落ち着かせないと……。そうでもしないと、このままでは本能の赴くままに姉さんを襲ってしまう。それは絶対に避けたい。


「いるの? どっちなの和くん? 答えないと、お姉ちゃん分からないよー?」


 はぁ……。仕方ない。扉をノックして、いることを伝えよう。


『コンコン』


「あっ! ノックしたってことはいるんだね! ねぇ和くーん! 遊ぼう遊ぼう遊ぼうよぉー!」


 子供かな。どうしてそんなに僕と遊びたいんだ。あ、好きだからか。また少し体が熱くなる。


「暇してない? お部屋で何してるのー?」


 すぐにベッドに戻り、寝転んだ。でも同じように姉さんの匂いがするため、気が散って休憩できない。いや、それよりも姉さんが部屋の前で騒いでいる方が気が散るんだけどね。


「もしかして執筆中? お姉ちゃん手伝ってあげるよー? それともあれかなー? 全然捗らなくて休憩してるのかなー?」


 なんで分かるんだ。


「そして、お姉ちゃんとは気まずいから顔が合わせられない、というのも絡んでくるのね! だから反応がないんでしょ?」


 なぜそれも分かる。僕の心でも読んでいるのだろうか。


「もう! いい加減、返事くらいしてよ! ねえ! 和くんってば!」

「……」

「ゔぅー! もう怒った! 勝手に入るもんね!」


 ガチャリと扉が開き、姉さんの姿を確認する。うん、完全に姉さんだ。偽物ではなく、本物の姉さん。


「部屋の外から、お姉ちゃんの声聞こえてたはずでしょ! なんで返事すら……って、寝てたの……?」

「……」

「ご、ごめん……。全然分からなくて……」


 え? 別に僕何もしてないのに謝罪をされたんだが。事実は言った方がいいかな。


「寝てないよ、ただ横になってただけ」


 はい、この時点で僕の決めた『話さない』というのは無しとなった。


「あ、そうなの……。ならどうして……!」

「気まずかった、ただそれだけさ」

「でも……へ、返事くらいしてくれてもいいじゃん……」

「それは僕もごめん」


 起き上がり、視線を逸らしながら話をする。


「和くんは何をしてたの?」

「姉さんが思ってた通り、執筆をやろうと思ったんだけど、なかなか進まなくってね……」

「だから休憩してたと」

「うん」


 いや、本当は姉さんのことばかり考えてて集中できなかったからだ。でもそのことは言わない。絶対に。


「ああ、そうだ。姉さん、ちょっと教えて欲しいんだけどさ……」

「うん? 何を?」

「姉さんって、好きな人の匂い嗅ぐ……?」


 姉さんは少し間を開けてから言った。


「嗅ぐよ……。好きな人なら、どんなところも好きだから……。私なら、こんなふうに抱きついて、嗅ぐよ……」


 姉さんは僕を押し倒してきた。

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