第7話
「本屋! 本屋! 和くん、お姉ちゃん本屋さん行きたい!」
「はいはい。分かってるから、あんまり引っ張らないでくれるかな、姉さん……」
グイグイと、繋いでいる右手をこれでもかと言わんばかりに引っ張られている。正直ちょっとだけ腕が痛い。ショッピングモールに行くのは久しぶりだった。姉さんとはたまに映画に行くくらいだけど、そう頻繁に遊ぶことはない。しかも僕自身、あまり外に出たくない人間だというのも、理由に含まれる。
それにしても本屋か。小説家っていうのはやはり読書が趣味なのだろうか。しかし、姉さんの部屋を見たことがあるが、本棚には漫画が大量にあったはずだ。姉さんって意外と漫画派なんだ、と思った瞬間だった。
到着した本屋でも、それは顕著に見られた。僕がライトノベルのコーナーに行こうとすると、無理やり漫画コーナーに連れて行くのだ。いや、それぞれで興味があるものを見ていれば良いと思うのだけれど、姉さんは楽しそうだし、その雰囲気をぶち壊すのも悪いと感じた。
「ねぇ、和くん! これ面白そうだから見てほしいの! ほら!」
目の前に突きつけてくるのは、可愛い女の子が少し背の高い男の子に抱きついているというイラストが表紙の漫画。見た限りだとラブコメとかかな?
「うん、そうだね」
「この漫画のあらすじを読んだんだけどね、実はこの漫画……義理の兄妹のラブコメディの作品なんだってさ!」
「うぐ……」
「んふふー! んふふふー!」
ニコニコ笑顔で何を言い出すのかと思えば、最近僕がずっと考えている内容みたいじゃないか。一部、家族構成は違っているが、家庭内での恋愛なのだからおおよそ合っていると思える。
姉さんは僕をジロジロと見てくる。な、なんだろう……。
「ねぇ! 和くん!」
「な、なんでしょうか……」
「聞いてた? 義理の! 兄妹なんだってさ!」
「うん、聞いてたよ。ちゃんとね……」
「ふーん……」
姉さんはその漫画を棚に戻した後、僕をじーっと見つめてきた。頬が赤らんでいるため、すごく色っぽい。エロ可愛くて、なんか良い。
「さっきの漫画の題材にも取り上げられてた通りだけど……ぎ、義理なら……お姉ちゃんと和くんが、恋愛の関係になっても……」
「さーてと!!! ここのコーナーは何があるのかなぁ!!!」
無性に大きな声を出したくなったため、姉さんの言葉を遮ってしまった。驚いた顔で立っている姉さんは、少しの時間は停止していたが、すぐに動き出した。動き出した、と言っても表情くらいが動いただけだ。
「むぅ……!」
「な、なに?」
「ホントは気付いてるクセに……! 和くんのイジワル……!」
「な、なんのことかなぁ……。僕、イジワルなんてしてないけど……?」
「フンッ! もういいもん! お姉ちゃんがどんなにアピールしても、和くんは何も感じてくれないんだね! いいもんいいもん! イジワルな和くんは大嫌いだもん!」
何に対して怒っているのかは、分からな……いや、分かるけど。でも、ここは一旦何も分かってないようにしておくべきだ。というかそれに怒ってるんだろ。流石の姉さんも、鈍感な人間は嫌がるか。なるほどな。
姉さんの機嫌を取れるのか、どうすれば姉さんが喜ぶのか、というのはとても簡単なことだった。それを実践するのは、僕たちが甘い食べ物が欲しくなった頃からであった。
****
「あ、クレープ屋さんがあるよ。食べよっか、姉さん好きでしょ?」
『プイッ』
ふむ。完全にご機嫌斜めになっている。どうにかしてこれを直したいところなのだが、あまりにもそっぽを向くのが多すぎて、僕の攻撃がまるで通用しない。
今度は回り込んで名前を呼んでみる。
「姉さん?」
『プイッ』
まただ。このやりとりがもう何回も続いている。どうしたものか……。とりあえず僕はクレープを二つ買った。
あ、そうだ。
それを姉さんの目の前に持っていき、見せびらかしながら誘惑する。
「姉さーん? これ、何か分かる?」
「ッ……」
お、反応した。これは効果ありかな?
「どうしたの姉さん? これ、なんて名前の食べ物かなー? 言ってごらん?」
「ぐっ……。ク、クレープ……」
「そう、クレープ! このクレープはチョコバナナ味! こっちはストロベリー味! 姉さんはどっちが食べたい?」
「ッ……くぅ〜〜〜……!」
「んー? どうしたのかなぁ? ほら、どっちが食べたいのー?」
「バ……」
「え、なんてー?」
「バ、バナ……ナ……」
「はい、よく言えましたー! ご褒美にこちらのチョコバナナクレープを差し上げまーす!」
悔しかったのか、姉さんは下唇を少し噛みながら、僕からクレープを受け取った。顔も赤いし、すげえ可愛い。
「はい、姉さん!」
「あ、ありがと……」
「うん、どういたしまして」
ストロベリーの方に僕はかぶりついた。甘くて美味しい。チョコバナナの方も食べてみたいけど、まああれは姉さんのために買ったものだし、姉さんが美味しくいただいてくれれば、僕としてはいいかな。
でも一向に食べずに、立ち止まっているだけだ。何してんだろう。
「食べないの?」
「た、食べるよ……。ちゃんと食べる……」
「そう? ならいいけど」
「か、和くん……」
「ん?」
顔を近づけられ、姉さんは囁く。
「誤魔化さなくて、いいからね……」
自分の隠していたものが、全て出てしまいそうだった。しかし寸前で止めることができた。
『今はまだ、出てきちゃいけない』と強く思ったからだった。
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