第3話

 キンコンカンコーン。幾度となく聞いた合図と同時に、長くてつまらない授業が終わり、一斉に生徒が帰る時間となった。いや、一概に全員が帰宅するとは限らず、部活動に励む者も多くいる。僕もその一人だ。


 文芸部の活動場所は、なんと美術室である。文芸部室などは存在しない。そのため美術部との共同で、室内を使用しているということだ。


 終礼が終わり、学校生活から解き放たれた僕は、当然所属している文芸部の活動に専念する。最上階にある美術室は、一年生の教室からかなり遠く、行くのが面倒くさく思うことが多い。でも楽しい部活動のためにも、足腰を使って階段を登り続けた。


「失礼しま……す……」


 先に来ている美術部員の人たちは、なぜか僕が到着すると、毎回のようにこっちをぐるりと向いてガン見してくるのだ。皆さん、怖いです。


 周りを見ると、文芸部が使うスペースに神田かんだ先輩がいた。神田先輩、神田かんだ穂乃果ほのかさんは、この文芸部の一つ年上で二年生の先輩だ。見た目がギャルそうなのが特徴である。外見からでは、あまり文化部に関心は無さそうだけど、本人曰く絵が得意であり、姉さんの小説の挿絵を描くために入部したらしい。


 いつもだと、僕と神田先輩、そしておそらく後からやってくるであろう妻夫木さんの三人で活動している。本当なら部員は結構多いのだけれど、姉さんが生徒会で来れなくなってからはほとんどの人が幽霊部員のようになってしまった。


「弟くーん! 今日は水羽さんが来るらしいねー! 久しぶりに、みんなの添削してくれるのかなー?」

「そうでしょうね」


 神田先輩はシャーペンをカチカチとノックした。現在、SNSに投稿する用のイラストで、最近人気のアニメのキャラクターを描いている。


「んふふー!」

「なんだか嬉しそうですね。いいことでもありましたか?」

「彼氏できたー!」

「へ、へぇ……。おめでとうございます。たしかにそれはいいことですね」


 青春を謳歌してて楽しそうだなぁ、と僕は思った。でも、彼氏いなかったんだな。意外だった。


 しばらく神田先輩と話していると、勢いよく妻夫木さんが扉を開けた。横開きであるため、壁にバンッとぶつかってしまい、室内にいる僕たちや美術部の人たちが驚いた。


 よく見ると、妻夫木さんの後ろには姉さんが立っている。そして僕に微笑みながら見つめている。すっげぇ可愛い……いや、可愛いとか思っちゃダメだ。何も考えるな、何も。


 教室に姉さんが入ると、美術部員の注目が真っ先にそちらに移った。


「神田さん、久しぶりね」


 その言葉を聞いた神田先輩は、それに応じるように『お久しぶりですぅ!』と元気な声を出した。


 さっき彼氏できたとか言ってたけど、やっぱり神田先輩って姉さんのことも大好きなんだな。


 そうして今日の部活は始まった。



 ****



「和也? ここの文章は、読者はどういう捉え方をするのか分かるわよね? あと、ここの感情表現のところなのだけれど……」


『ふにふに』


「あ、あの……姉さん……?」

「何? 何か不満な点でもあった? 和也のためにしてあげているのよ?」


 もし僕のためなのであれば、胸を当ててくるのはどういう意図があっての行動なのか、しっかりと説明をしてもらいところだね。はぁ……。またこんな感じになるのか……。


 いっそのこと、はっきりとやめろと言うべきだろうか。そうでもしないと、僕は本当にどうにかなりそうなのだ。それに僕は年相応の男の子であるため、性的なことに反応しやすい。心臓の鼓動は速くなるし、顔も汗をかいて赤くなっているはずだ。


 僕は姉さんに聞こえる声で伝えた。


「や、やめてよ姉さん……。ここ、学校だから……」


 姉さんは、僕の耳元で小さく囁くように質問する。


「どうしてやめてほしいの?」

「いや、だって、みんなが見てるかもしれないじゃないか……」

「誰も見てなかったらいいの?」

「そうじゃなくて……。いつどんな時でも、こんなことはしちゃいけないんだよ……。たとえ、家の中でも……」

「どうしてしちゃいけないの? 他人なんかじゃないよ? だって、お姉ちゃんと和くんはなんだよ?」

「え……?」


 それは姉さんが一番言わないことだと思っていた。なぜなら、姉さんは僕との会話で家族関係を口にする際、決まって義理というのを前につけるからだ。


 違和感に気づいた僕は、姉さんの方をチラッと見た。


「朝に和くんが言ったんじゃん……。姉弟なんだからって……。イジワルだからお姉ちゃんもイジワルしてるだけ……」


 頬をぷくーっと膨らませた顔をしていた。怒っている、あるいは嫉妬しているようだった。流石に前者の方だとは思うが。


「ねぇ、なんでしちゃいけないの……?」

「だ、だって……」

「だって?」

「僕たちは……」

「うん。僕たちは?」

「し、姉弟……」

「ブッブー……。大事なことが抜けてるよ? 本当は知ってるのに、隠さなくていいんだよ?」


 姉さんが求めていることを、僕は悟った。ああ、これはマズい。朝に本当の姉弟かのように言ったのが悪かった。姉さんはそれが嫌だったのだろう。


 本当なんかじゃない。血なんて繋がっていない。幼い頃に家族になって、共に過ごして、ずっとずっと一緒にいたけど、それでも僕たちはの姉弟だ。


「ぎ、義理の……姉弟だから……」

「はい、よくできました……。大好きだよ和くん……。今日は一緒にお風呂に入ってあげる……」


 それはお断りします。


 昨日よりも、僕たちの距離が縮まった気がする。もうすでにゼロに近いけど。

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