第946話

身体の周りを暴風が駆け巡っている。


俺と魔王の周りには意思を持った鋭利な刃物のような風が渦巻いていた。


「これなら空間の動きが見えていたとしても無意味だろ。周り全てが動いてるんだからな。」


これで魔王の目は封じた。


しかしその代わりこの環境下で戦うことになった。


卓の魔法は、魔王を倒すほどの威力はないが、モンスター程度なら倒せる。


その真っ只中に身を置いているのだ。


このまま魔王と対峙しているだけで、俺の体力は削られていく。


やはり魔王は自身が身につけている鎧で、この暴風の中でダメージを受けることはなさそうだ。


魔王を倒すためには、この嵐の中で魔王にダメージ与えるしかない。


魔王はゆっくりと、俺ではなく正人のいる方に歩みを進め出した。


なるほど。

この状況下では俺はお前に届かないと思われているわけか‥


俺に脅威を感じていないって事だよな。


まあ確かに同じ環境下で俺だけがダメージを受けているような状態だ。


これで自分に攻撃できるとは思っていないのだろう。


いつまで無視できるかな?




俺の中でスキル【カルマカンカァ】は完成されたスキルだった。


攻撃するためのエンチャント『勇敢なる者』それに防御のための『守護する者』。


魔法を使うためには『穿つ者』、そして自身のダメージを癒す『慈愛ある者』。


これは俺が必要と思っていた、自身に対する付加を全て網羅するものだった。


これでスキルとしては完成、この四つのエンチャントを用いて戦っていくのだと。


しかしヨエクと戦っている時にふと思った事がある。


エンチャントはそれぞれ全く異なる系統なため、必要時にはエンチャントを切り替えて戦う必要があり、その度に魔力を練って発動しなければならない。


ならば切り替えが必要ないようにする事ができないか?


スキル【エレメンタルナイト】の時のように、エンチャントを掛け合わす事ができないか‥と。


試してみたが正直無謀だった。


【エレメンタルナイト】のエンチャントとは、消費魔力も身体にかかる負担も段違いだった。


それでも‥


俺は努力した。


ミミウにご飯をねだられたり、キリーエに新しい商品を考えさせられたり、アキーエにいたずらして追いかけまわされたり‥


そんな多忙を極める中で、何とか見つける事ができた。


新しい力を。




「おい、魔王。お前の相手は俺だぞ。」


俺はエンチャント:勇敢なる者を発動させる。


そして身体を駆け巡る力を感じながら、更に別の力を得るために魔力を練る。


俺はエンチャント:守護する者を発動させる‥


自身の能力を、戦う力を向上させる力と、自分を護るための力。


その両方が俺の身体の中を渦巻き、新たな力を創り上げていく‥


「さて魔王‥いくぞ『エンチャント:英雄たる者』!」


身体中に力が漲る。


俺の身体を傷つけていた卓が放った竜巻も、今はそよ風程度にしか感じない。


俺は正人の方に向かっていた魔王に向かい足を踏み出す。


一歩で魔王の目の前に移動する。


突然移動してきた俺を見て、流石に無視できないと判断したのか、こちらに向き直る魔王。


しかし‥‥


遅い!


俺はエンチャントで強化された拳を魔王の腹部に放つ。


俺の拳は一瞬魔王の身体にめり込んだ後、魔王の身体を後方に弾けるように吹き飛ばした。


「!!」


魔王は地面を転がり、いくつかの木々にぶつかりその勢いを止める。


すぐに立ち上がり、こちらを探す魔王。


しかし脚の力が抜けたのか、その場に片膝をつく。


「どうだ?これでも正人優先するか?できるもんならやってみてもいいが、俺を倒さないと無理だと思うぞ。」


魔王の鎧は腹部が剥がれ、全体にヒビが走っている。


しかしそのヒビも少しずつだが、修繕されていく。


「その鎧もいつまで持つかな?まだ切り札を持っていそうだが、さっさと出さないと間に合わなくなるぞ。」


魔王は魔力を練り始める。


鎧がそれまでのスピードよりも遥かに早く修繕されていく。


そして鎧の小手部分が盛り上がり、やがて剣を形取る。


「ようやくやる気になったか?それじゃあ始めるか!」


俺も剣を抜き、正眼に構える。


二つの影が交差するように動きを始めた‥






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