第795話
「えらくアキーエちゃんの事警戒してはったな。もしかしてあの人が腕の立つ護衛さんなん?」
「そうです。彼はバクスターと言いまして、おそらく冒険者であればSランクの力はあると思います。」
なるほど。
確かに無音の歩法や立ち振る舞いが強者っぽかったわね。
アレカンドロなら「模擬戦を所望いたす!」とか言いそうだったわ。
でもなんであんなに警戒した目をわたしに向けてきたのかしら?
「そやけど随分とアキーエちゃんの事警戒しとったね。まああのレベルの人から見ると、ただの可愛い子じゃなくて凶悪な訪問者やったんやろうね。」
「ちょっ!誰が凶悪よ!」
全く‥
何もしてないのに、そんなに警戒しなくてもいいと思うんだけど‥
その時バクスターが戻ってきた。
相変わらず無音で近寄ってくる。
「イェルン様。」
「うわっ!す、すまないバクスター。出来ればもう少し離れた所から声をかけてくれるか?」
「申し訳ございません。伯爵が御二方とお会いされるとの事です。どうぞこちらに。」
御二方?
「うちもええかな?」
キリーエが声をかけるとバクスターさんがビクッとする。
「も、申し訳ございません。もう1人いらっしゃるとは思いませんでした。すぐに確認いたします。」
するとバクスターさんはわたしよりも何倍も警戒した視線をキリーエに向けて戻っていった。
まあそうなるわよね。
わたしたちはだいぶ慣れたけど、イェルンさんなんかは未だにキリーエに驚いてるもんね。
三度戻ってきたバクスターさんに家に案内される。
家の中は整理整頓がされているが、とても伯爵家とは思えないような感じだった。
高級そうな調度品などはなく、必要最低限の家具などしか置いていない。
そんな貴族が住んでいるようには思えないような家の中を、バクスターさんの案内で進む。
そしてこの家の中では珍しく豪華なテーブルが置いてある部屋に通された。
そこには、この家の家主と思われる1人の男性が座っていた。
「お久しぶりです。イェルン宰相。このような家に足を運んでいただいて申し訳ありません。」
細身だが、しっかりとした筋肉がついているのが服の上からでもわかる。
精悍な顔つきは、年齢を感じさせない風貌でどことなくマルコイに似ている。
マルコイが年齢を重ねたらこんな感じになるのかなと思うけど、いかんせん頭がよろしくない。
アザウア伯爵の頭には毛が1本も残っていないのだ。
まるでどこかの傭兵団の副団長のような頭をしている‥
「いえ、こちらこそ急な訪問申し訳ない、アザウア伯爵。」
「我が国の宰相殿の訪問です。何よりも優先すべきでしょう。ところでそちらの女性はイェルン宰相の護衛ですか?随分とお若いように見えますが‥」
「いえ、この方たちは王の協力者です。今は私の護衛のような事をしていただいていますがね。」
「なるほど。王の協力者ですか。バクスターの報告ではかなりの実力を持ってそうだとの事でした。それならば納得ですね。それで、今日はどのようなご要件でしょうか?」
要件などわかっているはずなのに白々しい。
ここからはイェルンさんの仕事で、わたしたちは会話に入ることはないわね。
相変わらずすっごい目でバクスターさんがこっちを見てるけど、話の流れでは仲間になるんだからやめてほしいんだけど‥
それにしても伯爵が下手に出てるんだけど、そういえばイェルンさんって偉かったのよね。
一緒にいて、変な事しかしないからすっかり忘れてたわ。
「アザウア伯爵。単刀直入に言います。王を無事に救出しました。今から反逆者ヨエクを追放し、王に元の王座に戻っていただきます。そのために力を貸していただけないでしょうか?」
「‥‥‥‥‥そうですか‥前王が戻られましたか‥」
アザウア伯爵は考え込むように下を向いた。
「確かに前王はおそらくトールルズの歴史の中で3本の指に入る賢王でした。その前王がまた王に戻る事は望ましい事です。」
「それなら!」
「王に戻れたら‥‥ですがね。」
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