第538話

あたし達はマルコイが言った通り、教会で一夜を過ごす事にした。


まだ外は騒がしくない。

卓とあたし達がいなくなった事は知られていないようだ。


でもそれも長くはないと思う。

マルコイが言っていた合図が何かはわからないけど、できれば早くして欲しい。


ここで見つかってしまったら、正直どうなるかわからない。


最悪、全員が卓のように洗脳されてしまうかもしれない。


マルコイがいる時は、全然気にもしなかったけど、いなくなると急に不安が押し寄せてきた。


すると恵が後ろから抱きついてきた。


「心配いらないよあやめ。マルコイさんはちゃんと来てくれるわ。明日の昼になればとんでもない事してくれると思う。今はもう少し頑張りましょ。」


そう言って元気づけてくれる恵の手は震えていた。


誰よりも怖がりで、人と争う事なんて無縁だった恵。

異世界に来て、この世界の人達の悪意にさらされて、泣いていた恵。


恵のためにも、あたしは強くないといけないって思ってたんだけど‥


恵はマルコイに会ってから、随分と強くなったような気がする。


でもいつも皆んなを元気づけていたあたしが、こんな風に暗くなってたら心配かけるのも当然か。


「ごめんね、恵。ありがとう。もう大丈夫よ。そうよね、あのチート魔人のマルコイの事だから、またとんでもない方法で合図あげてくれるわよね。」


すると恵は大きく頷いた。


「君達すまないが、あ、あの少年はどうしたんだい?突然部屋の隅で動かなくなったけど‥?眠っているのかい?」


あ、そうか。

あたし達はマルコイの体が人形だったって知ってるけど、卓は知らないんだった。


「あれは実は人形なの。なんでも、人形に自分を移して操る事ができるみたいで。」


「な、な、なんだって!そんな事ができるのか‥反則じゃないか?いやだからこそチート能力ではあるんだが‥僕のスキルは魔法は使えるのだがね、応用があまりできないんだよ。彼は他にもスキルを使えるのかい?」


「そうね、物作りとか様々な事をやっていたわね。」


「なんだって!それは素晴らしい。僕の知識欲が唸るよ。教えてもらえないかい?」


「でもあたしが知ってるのは少しだけよ。気になるなら卓が直接聞けばいいじゃない?」


すると卓の脚が突然震えだす。


「そ、それが聞きたいのは山々なんだが、彼の事を考えると何故か脚が震えだすんだ‥何故だろう‥?」


人はそれをトラウマと言います‥


「そ、そうね。あんまり無理しない方がいいかもね。あたしが知っている事でよかったら教えるわよ。」


もう身体が拒否してしまってるんでしょうね。

陸に打ち上げられた魚みたいになってたからなぁ‥


そしてみんなでマルコイの話で盛り上がっていたら、いつの間にか夜が明けた。


暗闇の中、不安だった気持ちも払拭された。

ありがとうみんな。


そしてマルコイが約束してた時間になった。


特に変化はないようだけど‥


朽ちた教会の窓から外を見ているが特に街に変化があるようには見えない。


このまま何も起こらないとは全く思ってない。

だってマルコイだもの。


その心配はないのだが、合図に合わせて国から逃げ出すと思うと、合図を見逃してはいけないというプレッシャーがかかる。


すると正人が何かを発見した。


「おい。あの空の黒いのなんだ?」


正人が言った黒い点はだんだんと大きくなり、それが真っ赤なドラゴンだと気づかされたのは、そのすぐ後だった。


そのドラゴンは大神殿の前で一周した後に、大神殿に降り立った。


モンスターの襲撃かと思ったけど‥


あれってもしかしてマルコイの合図なの?


恵と目が合う。


お互い大きく頷く。


「それじゃあ聖都から移動しましょう。多分今から大騒ぎになるし、兵は全て大神殿に向かうとおもうから。」


あたし達は駆け出す。


相変わらず規格外よね‥


案の定、兵達は大神殿に向かっている。


そしてあたし達は兵に見られる事なく聖都を抜けた。


あたし達はそのまま、マルコイとの集合場所であるアースンに向かった。


大神殿の方で起こった爆発音に思わず笑みを浮かべながら。

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