第536話

夜が明けた。


いよいよその日が来た。


思えば神聖国のために本気で立ち上がったのは初めてではないだろうか‥


神聖国で女神ウルスエート様の事を知ったのが、幼少期に父に連れられて神聖国に来た時だ。


あれから女神ウルスエート様に心身を捧げるつもりで生きてきた。


それから長い年月が過ぎ、私は枢機卿の立場にまでなっていた。


枢機卿になったところで、やる事は変わらず信者を救う事、そして女神ウルスエート様を敬う事を第一に行ってきた。


しかし聖王にアロイジウス様が即位してから国に不穏な空気が流れ出した。


アロイジウス様は神聖国の大神殿で女神ウルスエート様から神託を受けて即位された。


前聖王様が急死された所での神託であったため、即アロイジウス様が聖王となられた。


神託の場にはオディル枢機卿他、多数の神官がいたので疑う事すらしなかったが、あの時からすでにおかしかったのかもしれない。


まず聖王アロイジウス様は神聖国の国教であるウルスエート教以外の信者を淘汰した。


神聖国は女神ウルスエート様の代行者が治める国だ。

ウルスエート教以外の者には住みにくく、それほどの人数はいなかったのだが、それを全て邪教徒として処刑したのだ。


やり過ぎだと抗議はしたが、聞き入れられず数名の神官については邪教徒を擁護したという理由で同じく処刑された。


私も枢機卿という立場がなければ処刑されていたかもしれない。


そして突然の勇者の出現。


この国の出身と言う事だったが、誰も見た事がなかった。

この国では珍しい黒髪黒目だと言うのに‥


だんだんと国がおかしくなっていった。

信者が突然いなくなるなんて話も聞いた。


しかし‥

私にはそれを止める術がなかった。




思い悩んでいた日にある人と出会った。


その人は名前をペイセルと言った。


彼女は私がよく行く孤児院に、調理員として来ていた。

彼女が作る料理はとても素晴らしく、子供達も大喜びだった。

特にチキン南蛮と呼ばれる料理が美味しかったが、それ以外にもタルタル丼やタルタルケーキなど、タルタルソースと呼ばれる物を使った料理が最高であった。


ある日ペイセルと話をする機会があり、私はタルタルソースの事を聞きたかったので聞いてみた。


彼女はタルタルとは食べる者全てを幸福にする象徴だと言った。

確かにその通りだった。

タルタルを食べた子供達は皆幸せそうな顔をしていた。

親から捨てられたり、親が急にいなくなったりして悲嘆に暮れていた子供達がタルタルを食べている時に笑顔になっていたのだ。


食べ物の力は偉大だった。


そしてペイセルは続けて言った。

自分はタルタルを作った人を神として崇めていると。


この神聖国で、しかも枢機卿である私に他の神を崇めているなどと、正気の沙汰ではない。

しかし、子供達の笑顔溢れる光景を思い出したら、何故かそれもありなのかなと思った。

他の人に言わないように忠告すると、言うつもりはなかったけど。何故か私には伝えないといけない気がしたとの事だった。



そのタルタルを作った人は、タルタル以外にもたくさんの料理を生み出し、尚且つ今まで食べれなかったような物も食材として使うそうだった。


ペイセルは言う。

その様は神であったそうだ。


ペイセル自身も会った事がないそうだが、その人‥いやそのお方は、天が遣わせた神そのものだと。


熱く語るペイセルを見て、昔自分が持っていた物を見せられた。


そして、死んでいた自分の心が熱くなってきたのを実感した。


しかし自分はウルスエート教の枢機卿だ。


女神ウルスエート様以外を崇めるわけには‥


「宗教は自由ですよ。世界には沢山の神がいらっしゃる。全ての神は平等に全ての人を愛されていますよ。」


ペイセルはタルタルソースを舐めながら、そう言った。


私の中にストンと何か柱のような物が入ったのがわかった。


その時に自分は神聖国で死んでいたのだ、何も考えずに神にただただ縋って生きてきたのだという事に気づかされた。


私はペイセルが舐めていたタルタルを手で掬い口に運ぶ。


ペイセルが恨めがましい目で見ていたが、今の自分にはそれすら祝福されているように見えた。

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