第386話

思わぬアクシデントがあったが、俺も疲れていたのか夜は泥のように眠った。


やはり精神的な疲労があったんだろう。




不思議な夢を見た。


俺が勇者になった夢だった。


他の世界から召喚されて沢山の仲間に囲まれていた。


この世界でできた仲間だったけど、本当に信頼できて頼もしい仲間だった。


その仲間が傷つき時には別れ、それでも諦めずに戦った。


そしてついに魔王を倒した。




たくさんの人達の応援と想いがあり、その全てを俺は背負い戦った。


魔王は世界の全ての悪意を集めたような存在だった。


その存在だけで立ち向かう事を諦めさせる物だった。


だが俺は希望だった。


女神の寵愛を受けた、全ての種族の光だった。


光は闇を払い世界は光に包まれた。


世界の悪夢は明けた。





だが‥‥




俺の悪夢は明けなかった‥


元の世界に戻る事はもう諦めていた。


この世界に大切な人ができた時から。


俺はひっそりとこの世界に生きる事を望んだ。


だが世界はそれを許してくれなかった。


魔王を倒すほどの力を持っている俺を世界が許してくれなかった。


最初に俺がこの世界で共に生きる目的をくれた人が攫われた。


大切な人を奪われた俺は世界を恨んだ。


しかし‥


この世界には他にも大切な人がいた。


共に戦った仲間や俺を助けてくれた人、俺に希望を託した人達。


そんな人達がいる世界全てを恨む事ができず、自分がいなくなれば大切な人の安全も保証してくれた。


元の世界に戻る事が出来ない俺は、命を絶つ選択ではなく魔王がいた大陸で1人で暮らす決意をした。


大切な人の身を攫った人たちの用意した船で大陸に渡る。


そして大陸の近くに着き小舟で大陸に渡る時に身体に異変が起きた。


全身に痛みが走り、身体中の血が逆流した。


身体中の穴から血が流れて身体の力が抜けていく。


その時初めて毒を飲まされていた事に気づく。


小舟を見送っていた人が笑いながら親切に教えてくれた。


船に乗っている間中ずっと致死量を飲まされていたらしい。


ようやく効いたみたいで安心した。と。


ご褒美にこれを渡そうと両手で持てる大きさの布袋を渡された。


開けると大切な人の一部が入っていた。


綺麗だった髪の毛は血にまみれていた。


俺は慟哭した。


震える身体を起こし、男達に罵倒を浴びせた。


返ってきたのは身体を貫く矢だった。


幾本もの矢が身体を貫く。


俺の身体はそのまま船に突っ伏した。


小舟はそのまま魔王がいた大陸に流れていく。


俺は世界を恨んだ。


何故ここまで俺が苦しまなければいけない。


何故俺は大切な人を奪われなければいけない。


何故俺は死なねばならない。


何故何故何故‥‥‥


俺は悪意の塊となった‥







目が覚めた。


寝る時に着ていた服が身体に張り付く。

驚くほど寝汗をかいている。


恐ろしい夢だった‥

物凄くリアルで、夢から覚めた今でも頭が少し混乱している。

息が乱れているのが自分でもわかる。


夢とはいえ、あんな事許されるはずがない。

俺がもし騙されてアキーエたちを失う事になったら、それこそ魔王にでもなってしまう。


しかし人の悪意ってのは恐ろしいものだな。

現実の話ではないのだが、ありえない事ではないんだからな。


正人たち勇者がもし魔王を倒した後に同じ目に合わないとは言い切れない。

神聖国ならやりかねないと思ってしまった。


もしそうなったら獣人国に匿ってもらおう。

獣王様なら二つ返事で匿ってくれそうだ。


願わくば正人や恵、あやめたちが人の悪意ではなく善意を多く受けてくれるといいがな。


今度正人に会ったら色々と問い詰めてやろうと思っていたが、少し優しくしてやろう。

ライリーの事も教えてやるとしよう。


汗を流すのと、未だに興奮する身体を鎮めるために俺はもう一度お湯に入る事にした。

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