第63話 デート

 二、三日に一度、【駆け出しの森】の奥で落ち合っては二人きりの時間を過ごす。

 そんな日々を続けているうちに、勇は忘れていた愛情を完全に思い出した。

 そして話の流れから由香に相手が居ないことを知ると、もう一度やり直したいと強く願うようになった。


 その上で、由香の言葉の節々から「今でも自分のことを想ってくれているんじゃないか」と思うことが度々あった。

 もちろん、それはただの都合の良い勘違いなのだろう。


 ――でも、もしも勘違いじゃなかったとしたら。


 悩みに悩んだ末、勇は一縷いちるの望みをかけ、行動を起こすことにした。



 ☆



「――そういえば、ビジヒロの最新作もうすぐだね」


 モンスターの出現を待っている由香に、勇は思い出したかのように話を振った。 


 ビジヒロとは、世界中で人気のハリウッド映画『インビジブルヒーロー』の略称である。

 主人公は一見どこにでも居る平凡な会社員だが、その正体は特別な能力を持った超人であり、日夜悪者を退治するというありふれたヒーロー映画だ。

 勇と由香はこの映画シリーズの大ファンで、付き合っていた時は二人で繰り返し鑑賞していた。

 そんな待望のシリーズ最新作が今週末に公開される。


「ねっ! ほんと楽しみー!」

「だね。でさ、由香ってもう誰かと見に行く約束してる?」

「ん? ううん! 周りに好きな子居ないから、一人で行くつもりだよ」

「そっか。……あのさ、もしよかったら俺と一緒に行かない?」


 そう言うと、由香は目を大きく見開いた。

 驚くのは当然だ。何せ、これはデートの誘いなのだから。


 ここで断られてしまったら由香のことはもう潔く諦める。

 そしてこれまで通り、一人の友人として接するつもりだ。

 その覚悟はしてきた。


(ど、どうだ……?)


 勇がドキドキしながら待つこと数秒、それまで硬直していた由香が笑みを浮かべた。


「うん、ぜひ! 勇君となら楽しそうだし!」


 まだ気持ちが残っているからか、それとも単に同じ映画好き同士で話が合うからか。

 どちらかはわからないが、いずれにせよデートの誘いには応じてもらえた。


 ほっと胸を撫で下ろした勇は、デートの日時を決めることにした。



 ☆



 デート当日、時刻は18時数分前。

 いつにもなくオシャレな姿をした勇はスマホを片手に、駅の改札前に立っていた。

 服装は白のカットソーに紺のジャケット、黒のチノパンのきれいめカジュアル。

 全て今日のために新調したものだ。デートにかける意気込みが窺える。


(そろそろだな……)


 時間を確認すると、勇は大きく深呼吸した。

 そして先ほど自販機で買ったミルクティーで喉を潤している最中――


「こんばんは! ごめん、待たせちゃった?」


 横から声を掛けられた。

 目をやると、そこに立っていたのは由香。

 白のニットとベージュのロングスカートの組み合わせが、持ち前の清楚に磨きをかけている。


(かわいい……)


 久々に見た由香の姿に勇は目を奪われ、硬直してしまった。

 そんな勇を由香は不思議そうな顔で見つめる。


「……勇君?」

「んっ? ああっ、ごめん。俺もちょうど今来たところだから! 全然待ってないよ!」


 実際は30分以上前に到着している。

 だが、それは居ても立っても居られず、勝手に早く来ただけだ。

 そもそも仮に由香が遅刻していたとしても、そんな野暮なことは口にしない。


「そっか! ならよかった!」

「うん。じゃ、じゃあ行こうか!」


 お決まりのやり取りを済ませた二人は、映画館に向かって歩き出した。



 ☆



 時は流れて22時。

 映画を見終えた後、せっかくだし。と、勇は由香をディナーに誘った。

 それを快諾してもらえたことで、二人は映画の感想を肴に楽しい時間を過ごした。


 その帰り道――


「こうして歩いていると何だか昔を思い出すね」


 話が途切れ、少しの沈黙が流れた後、由香がそう切り出した。


「昔?」

「うん。私と勇君がお付き合いしてた時のこと。……あの時は毎日が幸せだったなぁ」


 そう言うと由香は夜空を見上げる。

 そのどこか寂しそうな表情と口ぶりは、昔に戻りたいという気持ちを表しているようだった。


(やっぱり由香は……)


 今日のデートはあくまで第一歩。

 さすがに一回目のデートで復縁を申し出るほど勇も無鉄砲ではない。

 回数を重ね、心の距離をしっかりと縮めてから、時期を見計らって想いを伝えるつもりでいた。


 だが、由香のその言葉を聞いた瞬間、勇は我慢ができなくなってしまった。


「って、変なこと言ってごめんね! あっ、見て! あそこ――」

「由香」


 勇は由香の言葉を遮り、その場に立ち止まる。


「ん?」


 それに釣られて由香も同じように立ち止まり、こちらに振り返った。


「五年前、由香に辛い思いをさせた俺が、今さらこんなこと言っていい立場じゃないのはわかってる。……それでも、どうか言わせてほしい」


 そう言うと、勇は大きく深呼吸した。

 そして覚悟を決めてから、話の続きを口にした。


「少し前までの俺は本当に最低の男だった。でも、ゲームでできた友達のおかげで少しはまともな男になれた……と思う。……もう前みたいに由香を絶対に失望させない。だから……だから、もう一度俺と付き合ってくれませんか?」


 勇は正直に気持ちを伝えた。

 すると、由香は少しの間を置いてから、真剣な表情で話し始めた。


「……私ね、勇君があんな風になっちゃったの凄くショックだったんだ。でも、そうなっちゃったのは私にも原因があったんだと思う。だから、私は勇君とさよならすることにしたんだ。そうすれば、勇君は前みたいに頑張り屋さんで優しい人に戻ってくれるって。……そして私を迎えに来てくれるって」


 時間を掛け、ゆっくりと話し終えると由香は笑顔を浮かべた。


「……もう、待たせすぎだよ、ばか」


 やはり勘違いなどではなかった。

 由香は今でも自分のことを想ってくれていたのだ。

 こんなどうしようもない自分をずっと。


「ごめん。本当に俺はばかだ。……もう二度と由香の期待を裏切らないから」


 勇は由香を抱き締めた。

 それに応えるように、由香も勇の背中に手を回す。

 そして涙混じりの声で言葉を返した。


「……約束だよ」

「うん。約束する」


 この日、勇と由香はよりを戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る