第62話 幸せなひと時

 時刻は20時50分。

 由香から届いていたメールに返信した勇は、ドリームファンタジーにログインした。

 そしてすぐさまメニューウインドウから【アイテム一覧】の画面を開き、その中から【秘匿ひとくの仮面】を選んで装備。


 このゲームにおいて、勇は広く顔が知られている。

 そんな自分が由香と二人きりで居るところを誰かに見られると、あらぬ噂を立てられてしまうかもしれない。

 自分は別に構わないが、由香に申し訳ないので、それを避けるための仮面という訳だ。


 さらに勇は「念には念を」と【鉄の鎧】を外し、武器を【アイアンソード】に持ち替える。

 こうして変装を済ませた勇は、待ち合わせ場所である広場に向かって足を進めた。



 到着後、周りを見回すと、噴水前にいくつか設置されたベンチのうちの一つに由香の姿があった。

 勇は大きく深呼吸し、心の中で「よし」と呟くと、由香のもとにゆっくり近づいていく。


「――お、お待たせ!」

「あ、その声は勇君! こんばんは!」


 顔を隠しているというのに、由香はすぐに自分だと気付いた。

 さすがは四年以上も付き合っていただけある。


 まあ、先ほどメールで「みんなが集まってきちゃうから、それを防ぐために仮面を着けていく」と伝えていたからかもしれないが。


「こんばんは! ……えっと、じゃあ行こうか!」

「うん!」


 それから勇は由香と当たり障りのない会話をしながら、転移の魔法陣を目指して歩き出した。



 ☆



 数分後。

【駆け出しの森】にやってきた勇は由香を引き連れ、森の奥へ進んだ。


「よし、この辺でいいか」


 人気がなくなったところで勇は立ち止まり、仮面を外す。

 すると、由香が顔を覗き込んできた。

 そして「ふふっ」と笑みをこぼした。


「な、何?」

「ん-ん、別に!」

「……そ、そう? じゃあ、早速モンスターを……っと、丁度いいところに」


 勇が首を傾げていると、二人の前に巨大なネズミ――ジャイアントラットが現れた。


「よーし、喰らえー!」


 そう言って由香は飛び出し、杖で殴り掛かった。

 も、ダメージ量が少なすぎるせいかネズミは倒れず。

 そのままカウンターを仕掛けられ、由香はダメージを負ってしまった。


「やったなー!」


 だが、由香はおくすることなく、果敢かかんに攻撃を繰り出す。


 その様子を勇はニコニコしながら眺めていた。

 手を貸さないのは、今の自分がネズミを攻撃すると一撃で倒れてしまい、それでは由香が楽しくないだろうと判断したからだ。

 もちろん由香がピンチに陥ったら、その時は手を出すつもりでいる。


 杖で殴っては、体当たりを受ける。

 攻撃の応酬が続くこと数十秒、ようやくジャイアントラットが倒れた。


「……ふう」


 由香が胸に手を当て、大きく息を吐く。

 そんな由香のもとに近づきながら、勇は「お疲れ!」と声を掛けた。


「ありがと! あっ、レベル上がった!」

「おっ! ってことは、これで4レベ?」

「うん! ねえ、勇君。このポイントも光の魔法に振っちゃっていいかな?」

「……うーん。どう振るかはもちろん由香の自由だけど、俺が今の由香の立場だったらそのポイントは剣とか槍とかの近接武器に振るかな。そうすれば武器を装備できるから、今よりは戦いやすくなるし」


 現在、由香は全てのポイントを光魔法に割り振っている。

 それ故、回復はできるが攻撃手段に乏しく、杖による殴打でしかダメージを与えられない。

 ジャイアントラットを倒すのに苦労していたのは、それが原因だ。


 光魔法で唯一の攻撃魔法――シャインスコールを習得すれば火力は出せるが、それまで先は長い。

 なので勇は近接武器にポイントを割り振るべきだと考えている。

 1ポイントだけでも割り振れば武器を装備できるようになり、通常攻撃でもそれなりのダメージを出せるようになるからだ。


「そっかー! じゃあ、武器にも振ってみようかな! うーんと――」


 由香は指を動かし、一つずつ武器の詳細を確認していく。

 そうして全ての確認が終わると、由香は困ったように笑った。


「一杯あって、どれがいいかわかんないや。ねえ、勇君はどれがいいと思う?」

「えっ、俺?」

「うん、参考までに!」

「うーん、そうだなぁ……」


 勇は目を閉じ、必死に頭を働かせる。

 そして三十秒ほど考えて、答えを出した。


「敢えて言うならレイピアかな」


 剣や斧といったゴツイ武器よりも、スラリとした刀身のレイピアのほうが由香のイメージに合う。

 勇はレイピアを選んだのは、たったそれだけの理由だった。

 というのも、数十ポイントを割り振るならいざ知れず、1ポイントだけなら何を選んでも変わらないからだ。


「レイピアだね。よし、それならレイピアにしよっと!」

「うん。あっ、でも本当にそれぞれの好みだから、別に他の武器でも――」

「ううん! 勇君が選んでくれたんだし、レイピアにする!」


 笑顔でそう話す由香に、勇の胸がドキリと跳ねた。


(もしかしたら由香は今でも俺のことを……)


 一瞬、そう考えるも勇はすぐに思い直した。

 由香の言葉は単に「このゲームに詳しい先輩プレイヤーからのアドバイスだから」という意味で、他意はない。


 勇は勘違いした自分を恥ずかしく思いつつ、それを由香に悟られないよう、平然を装って言葉を返した。


「そっか! 由香がいいならそれで!」

「うん! じゃあ早速!」


 由香は先ほどのレベルアップで獲得したポイントをレイピアに割り振った。

 そのまま最初から保有している【アイアンレイピア】を装備したところで、二人の前にコウテイバッタが現れた。


「よし、由香頑張れ!」

「うん! とりゃあ!」


 駆け出した由香がレイピアでバッタの腹部を突き刺す。

 だが、まだレベルが低いせいか仕留めきれず、バッタはそのまま由香に襲い掛かった。

 それに対し、由香も一歩も引かずに攻撃を仕掛ける。


 それを繰り返し、由香が三度目の突きを繰り出したところで、バッタは粒子と化して消え去った。


 その直後、由香は勇に向かって笑顔でピースサインを出す。

 それに勇も笑顔で応えた。



 ☆



 カイトやシュカ、エレナにルシファーなど、このゲームで出来た友達のこと。

 イベントに呼ばれ、多くの人の前で解説を行った感想。

 それを通じて、あの勅使河原アナウンサーと親しくなったこと。

 店長になってからの苦労。

 最近考えている、オリジナルのパンについて。


 お互いに様々なことを話しながら、モンスターと戦うことおよそ二時間。


「――あ、もうこんな時間! 私、そろそろ寝ないと」


 メニューウインドウを開いた由香が慌てた様子でそう言った。


「そっか、お疲れ」

「うん。勇君、今日は付き合ってくれてありがとう! 本当に楽しかった!」

「こちらこそ! ……あ、あのさ」

「ん?」


 由香が首を傾げる。

 勇は大きく深呼吸すると、勇気を振り絞って続きを口にした。


「……もし由香さえよかったら、また一緒にどうかな?」

「うん、ぜひ! こちらこそお願いします!」


 由香は一切迷うことなく、即答した。

 その答えにホッとした勇は、顔を背けて小さく息を吐く。


「よかった! じゃあ、そうだな。三日後……金曜日の21時とかどう?」

「金曜日の21時だね。うん、大丈夫! 楽しみにしとくね!」

「うん。また連絡するから」

「わかった! じゃあ、今日はここで。またね、勇君! おやすみなさい」

「うん、おやすみ! また!」


 そう言うと、由香は目の前からスッと消え去った。

 一人残された勇は静かにガッツポーズを取る。

 その後、【始まりの街】に戻った勇は、広場で偶然出会ったかつての教え子達とゲームを楽しんだ。



 そして、この日を境に勇は度々由香とゲームをするようになった。

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