第60話 友との再会

 某月、一日いっぴ

 この日、勇はサンダポールのオフィスにやってきていた。


 そう、今日は勇が正式に正社員として雇用される記念すべき日。

 それに伴い、諸々の手続きをするために足を運んだという訳だ。


 今は広々とした会議室で、人事部長の人見ひとみから渡された雇用契約書に目を通している。


「――はい、問題ありません」

「よかった。じゃあ、サインと印鑑もらえるかな」

「はい!」


 勇は元気よく答えると、鞄の中からボールペンと印鑑を取り出し、そのまま署名捺印を行った。


「ありがとう。前の面談でも言ったけど、レクチャーの結果が数字に表れたら、その分はしっかりと還元するから頑張ってね」

「はい、頑張ります!」

「期待してるよー! んじゃ、次はこれ」


 人見はそう言って、プラスチック製のカードとカードホルダー付きのネックストラップを差し出してきた。

 サンダポールの社員証だ。

 そこには自分の名前や社員IDなどがしっかりと記載されている。


 それを見て、改めてサンダポールの正社員になれたことを実感でき、勇は嬉しくなった。


「社内を歩く時はそれを常に身につけといて。あっ、あと無くさないようにね!」

「はい、わかりました!」

「さて、これで必要な手続きは一通り終わったから、今から社内を案内するよ。みんなへの挨拶も兼ねてね」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

「うん。じゃあ、行こうか」



 ☆



 約二時間後。

 社内ツアー兼同僚への挨拶を済ませた勇はオフィスを後にした。


(よし! 今日はめでたい日だし、ちょっと奮発して美味いもんでも食べていくか!)


 そんな考えから勇は繁華街に赴くべく、駅に向かって足を進めた。


 その道中――


「勇?」


 突然、横から声を掛けられた。


「ん?」


 勇は反射的にそちらに顔を向ける。

 その声の主を確認した瞬間、目を大きく見開いた。


悠也ゆうや……」


 そこに立っていたのは、スーツに身を包んだ大学時代の友人。

 五年前、引きこもりとなった自分に引け目を感じたことで、一方的に縁を断ってしまった親友の一人――悠也だ。

 少し腹が出ていること以外、五年前と何ら変わっていない。


「うおっ、マジで勇じゃん!! ひっさしぶりだなー!」


 興奮した様子で悠也が迫ってくる。


「う、うん。……その、久しぶり」


 対する勇は気まずさから、他人行儀な態度を取ってしまった。

 しかし、悠也は気にすることなく、笑顔で口を開いた。


「おう! いやー、ほんとに久しぶりだな! なっ、今って時間あるか?」

「あ、えっと……うん」

「そうか! じゃあ、色々話したいこともあるし、カフェかどっか入ろうぜ!」

「えっ? あの、悠也は仕事中なんじゃ……?」

「あー、大丈夫大丈夫! これから商談なんだけど、約束の時間までだいぶ余裕あるからさ! あっ、ほら、あそこ入ろうぜ!」

「う、うん」



 ☆



 カフェに入り、注文を終えた二人はコーヒーを片手に、テーブル席に腰を下ろした。

 そうして喉を潤したところで、悠也が切り出した。


「それにしても、勇が元気そうでほんと安心したわ! ある時から、いきなり連絡つかなくなっちまったからさ。なんかあったんじゃねーかって、すっげー心配だったわ」

「えっ、あ、その、……ご、ごめん」

「ほんと、心配かけさせやがって! まっ、どうせあれだろ? スマホを機種変した時に、メッセージアプリRINEの引き継ぎ設定しとくの忘れてたとかだろ? やっぱそういう時のためにも、電話番号も交換しとかなきゃだったな」


 悠也は笑いながらそう言った。

 どうやら連絡がつかなかったのは、物理的な原因によるものだと考えているらしい。


 そんな悠也を見て、勇は罪悪感からキューっと胸が苦しくなった。


(……言わないと)


 ここで「そうなんだよー」と同調すれば、波風を立てることなく全て丸く収まる。

 そして何事もなかったかのように、五年前みたいに再び仲良くなれるだろう。


 だが、勇はそうすることを選ばなかった。

 だって、そんな最低な人間が彼の親友でいて良いはずがないから。


「……悠也。ごめん、俺――」


 勇は五年前、堕落した自分に引け目を感じ、それが理由で一方的に関係を絶ったことを話し始めた。


 悠也からしてみれば、これは衝撃的な事実。

 何せ、ずっと音沙汰がなく心配していた友人に、実はしょうもない理由で勝手に縁を切られていたことを告げられるのだ。

 殴られたとしても文句は言えない。


「……そうだったのか。まあ、なんだ。色々と思うことはあるけどさ。その正直さに免じて、この五年のことは水に流してやるよ!」


 その言葉に俯いていた勇はガバっと顔を上げた。


「えっ、あの……いいの?」

「おう! 何たって、俺達は親友だろ?」


 悠也はそう言ってニカっと笑った。

 その瞬間、勇の目から大粒の涙がとめどなく溢れ出した。


「……あ、ありがとう。……ごめん。ありがとう、悠也……」

「ちょ、おい! 泣くなよ! 気色わりーな!」


 悠也が慌てた様子で、テーブル脇の紙ナプキンを何枚か取り出す。

 それを手渡された勇は涙を拭ってから、豪快に鼻をかんだ。

 そんな勇を見て、悠也は苦笑いを浮かべていた。


「落ち着いたか?」

「……ふぅ。うん、もう大丈夫!」

「そうか。ったく、若い女の子ならともかく、おっさんの涙は需要ねーのよ!」

「あはは、ごめん!」

「ほんとだよ! んで、勇。お前、今何の仕事してんだ?」

「あ、俺は今サンダポールってところで働いててさ。実はちょうど今日、正社員にしてもらったんだ」


 そう言うと、悠也は目を瞬いた。

 直後、テーブルに身を乗り出し、顔をウンと近づけてから口を開いた。


「サンダポールって、もしかしてサンダポールか!?」

「う、うん。ゲーム作ってるあのサンダポール」

「かー、マジかよ! すげえじゃん! 何、勇がゲーム作ってんの?」

「あ、いや、俺は――」


 勇はドリームファンタジーというゲーム内で、仕事として初心者へゲームのレクチャーを行なっていることを伝えた。


「へえ、よくわかんねーけど、なんかおもしれーことしてんだな!」

「まあね! 悠也は?」

「俺? 俺は相変わらずシステムの営業だよ。あ、でも最近係長に昇進してさ」

「おっ、すごいじゃん! おめでとう!」

「はは、ありがとな! つっても、給料もやることもそんな変わんねーんだけど。今日も朝から商談商談商談で……って、やっべ! そろそろ行かねーと!」

「そっか、頑張ってね」

「おう! あっ、そうだ。積もる話もあるし、今度またゆっくり飲もうぜ! 昂祐こうすけたけるも呼んでさ!」

「あ、う、うん! ぜひ!」

「よっしゃ! じゃあ、これ俺のIDだから、またメッセージ送っておいてくれや!」


 悠也は名刺とボールペンを取り出し、名刺の裏面に英数字を綴った。

 話から察するに、恐らくメッセージアプリのIDなのだろう。


「うん、わかった!」

「頼むぜ! じゃ、俺は行くわ! またな!」


 悠也は慌てた様子で席を立ち、そのまま店から出ていった。


(……よかった)


 酷いことをしたというのに、悠也は笑って許してくれた。

 そんな優しい親友を持てて、自分は世界一の幸せ者だ。

 勇はしみじみとそんなことを思った。


(さて、俺もそろそろ)


 少ししてコーヒーを飲み終えた勇は席を立ち、カフェを後にした。

 そして当初の予定通り繁華街へ移動すると、お気に入りの飲食店に入る。


 その店の料理は元々抜群に美味しいのだが、今日食べた料理は普段以上に美味しく感じた。



 ☆



 五日後の19時頃。

 今日も何事もなくレクチャーの仕事を終えた勇は、とある店の入り口前に立っていた。

 昔、悠也達と一緒によく来ていた居酒屋だ。


「……よし!」


 勇は気合いを入れると、引き戸を引いて店の中に入った。

 そして店員の案内に従い、二階の一番奥のテーブル席に向かうと、そこには三人の男が座っていた。


「おっ、来たか!」

「よう!」

「めちゃくちゃ久しぶりだな!」


 悠也、それに昂祐と健だ。


 あの日の晩、勇は悠也に連絡し、少し会話してから三人のグループトークに招待してもらった。

 そこで勇は昂祐と健に自分がした過ちを通話で話し、そして詫びた。

 すると、二人も悠也と同じように笑って許してくれた。


 そこから四人でやり取りを重ねた結果、実際に会って飲むことになり、今に至るという訳だ。

 ちなみに勇はシフトの都合で、こうして一人だけ遅れての参加となった。


「久しぶり! 遅れちゃってごめん!」

「おう、お疲れ! 勇もビールでいいか?」

「あ、うん!」


 勇は悠也に答えつつ、昂祐の隣の席に腰を下ろす。

 すると、昂祐が肩を組んできた。


「ほんとに久しぶりだな、勇!」

「元気そうでよかったわ!」


 笑顔で話す昂祐に、健が続く。

 それに勇も答え、お互いに再会を喜んでいると、先ほど悠也がオーダーしたビールが運ばれてきた。


「よし、じゃあ改めて!」

「えー、では、五年振りの再会と!」

「勇の就職を祝して!」

「「「「乾杯!」」」」


 それから、勇達は積もり積もった話に花を咲かせた。


 かくして勇は、一度は自分の過ちで失ってしまった大切な友人を再び手に入れたのだった。

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