第58話 打倒デュラハン(前編)

 第二回イベントから四日後。

 コンビニバイトが休みだったことで、勇はレクチャーのバイトに励んでいた。


(ふう。今日も楽しかったな)


 そして何事もなく本日の仕事を終えた勇は、木村にフィードバックを行うべく、一旦ログアウトしようとメニューウインドウを開いた。


「おーい! 我が同志よー!」


 その瞬間、背後から聞き慣れた声が耳に届く。

 振り返ると、ルシファーがこちらに向かって走ってきていた。


「おっ、ルシファー君! 久しぶり!」

「うむ、久しいな! それで、今少しよいか?」

「うん、あまり長くならなければ!」

「なら手短に済ませるとしよう。実は貴公に頼みたいことがあってな」

「ん、何? 俺にできることだったら何でも協力するよ!」

「そうか! さすがは我が同志、感謝するぞ! で、本題の前に確認だが、貴公はデュラハンを知っているか?」

「あ、うん。あのめちゃくちゃ強いレイドボスでしょ?」


 ドリームファンタジーにギルドシステムが実装された時、ギルド向けのコンテンツとしてレイドボスが新たに追加された。

 それが黒い馬に跨った首のない騎士――デュラハンだ。


 勇は最初にカイト達のギルド【アグレアーブル】にスポット加入した際、彼らと共にデュラハンに挑み、それはもうボッコボコにされた。


「知っていたか。なら話は早い。我らは何としてでも奴を倒したくて、以前から幾度いくども挑んでいてな。つい先ほども挑んできたのだが……」

「……ダメだった?」


 勇が尋ねると、ルシファーは溜め息を吐いてからコクリと頷いた。


「以前よりレベルが高いのにもかかわらず、相も変わらず手も足も出なくてな。認めたくはないが、さすがに我らだけで攻略するのは不可能だと悟った」

「そっか。まあ、確かにあの強さだし、三人だけだとどうしても厳しいだろうね」

「うむ。そこで我らは思い立ったのだ。他所のギルドの強者と一時的に手を組み、大人数で挑めばいいのだとな」

「おお! それはいい考えだね!」

「……しかし、問題があってな。我にはそのような協力を持ちかけられる知人が居ないのだ。そこで顔が広い貴公に頼みたい! 我らと共にデュラハンに挑んでくれる同志を集めてはもらえないだろうか!」


(なるほど、要は俺からみんなに協力を呼び掛けてほしいってことか。そんなことなら全然!)


「わかった! 俺から知り合いに声を掛けてみるよ!」

「い、いいのか!?」

「うん。でも断られちゃうかもしれないから、あまり期待はしすぎないでね」

「うむっ! 感謝するぞ、チュートリアルおじさんよ!」


 ルシファーは満面の笑みを浮かべた。

 そんな彼を見て、勇も頬を緩める。


「いえいえ。それで日時はどうする?」

「むっ? 我らは毎日ログインしている故、いつでも構わんぞ?」

「うーん、それだと全員の日程を調整するのが大変だからさ。何日の何時って決まってたほうが、みんなも来れるかどうか答えやすいから、あらかじめ決めてもらえたほうが助かるかな」

「そうか。ならば、貴公の都合がいい刻限こくげんでいいぞ」

「……えっ? あの、もしかして俺も頭数に入ってるの?」

「ん? ああ、無論そのつもりだったが……もしや、嫌だったか? それならば――」

「あ、いや、俺レベル低くて弱いからさ。力になれないんじゃないかと思って」


 勇が苦笑しながら言うと、ルシファーは「フッ」と笑った。


「何を言うか。我ほどではないが、貴公も十分な強者ではないか。それに知識もあるしな。何より、我は貴公と共に戦いたい! 故に改めて頼む。どうか力を貸してくれ!」

「……そういうことなら喜んで! よろしくね!」

「うむ! 我のほうこそよろしく頼む! ……さて、話を戻して刻限についてだが」

「あ、そうだね。えーっと……明々後日しあさっての夜なら大丈夫だから、20時でどうかな? 20時ならみんなも都合つけやすいだろうし」

「20時だな。うむ、問題ないぞ!」

「よかった! じゃあ明々後日の20時にこの噴水前集合で! また協力してくれるって人が居たら、チャットで連絡するよ」

「いや、その必要はない。何せ名前を言ってもらってもそれが誰なのか、我にはわからないからな。どんな強者が集うかは当日の楽しみにしておく」

「そっか、了解!」

「うむ! それではよろしく頼む! 我はデストロイとレイリーを待たせている故、これにて失礼する。時間を取って悪かったな」

「いえいえ! じゃあ、また明々後日!」


 勇がそう言うと、ルシファーは大きく頷いてから走り去っていった。


(よし。じゃあ早いところフィードバックを済ませて、早速みんなに声を掛けるとするか)



 ☆



 三日後。

 19時半を少し過ぎたところで、勇はドリームファンタジーにログインした。

 待ち合わせ場所である噴水前に向かうと、既にルシファー、デストロイ、レイリーの姿がある。


 勇は彼らのもとに駆け寄ると、彼らもこちらに気付き、走って近づいてきた。


「来てくれたか、我が同志よ!」

「こんばんはっす!」

「よう、チューおじ!」

「こんばんは! 今日はよろしく! それにしても三人とも早いね」

「そりゃあ、協力を頼んだ俺達が遅れる訳にはいかねえからな! で、どうだ? 来てくれるっていう奴、居たか?」

「あ、うん! いろんな人に声掛けてみたら、みんな喜んで協力してくれるって!」


 あの後、勇は特に親しい友人数名に『友達が一緒にデュラハンと戦ってくれる人を探している。なのでよかったら力を貸してくれないか』という旨のチャットを送信した。

 その結果、声を掛けた全員からOKの返事をもらえ、多くのプレイヤーが来てくれることになった。


「マジか! そいつはありがてえ!」

「うむ! 礼を言うぞ、チュートリアルおじさんよ!」

「あざっす!」

「あ、いえいえ。俺は呼び掛けただけだし、お礼なら集まってくれたみんなにね! それでみんなが来てからのことだけど――」


 勇はルシファー達にこれからの段取りについて説明した。

 その後、雑談しながら友達が来るのを待っていると、


「――おじちゃーん!」


 横から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 目をやると、シュカとナナが手を振りながらこちらに近づいてきている。


「あっ、シュカちゃん! ナナさん!」


 そんな二人に勇も手を振り返していると、


「むっ!」

「あっ!」

「あの二人は!」


 隣に立つ【ダークフェイス】の三人から驚きの声が上がった。


「あー!」

「あの時の!」


 ひと呼吸おいて、勇達のもとに到着したシュカとナナも彼らと同じ反応を見せた。


「二人ともこんばんは! 来てくれてありがとう!」

「あ、はい、こんばんは!」

「こ、こんばんは! ……ねえ、おじちゃん。おじちゃんが言ってたお友達って、そのお兄ちゃん達のこと?」

「そうだよ! 三人とも凄くいい子だから、シュカちゃんもみんなと仲良くしてくれたら、おじちゃん嬉しいな!」

「……うん、わかった! おじちゃんのお友達なら、シュカも仲良くする!」


(ほっ、よかった)


 第二回イベントの最中、シュカ達のギルド【はぴねすとろんぐ】はルシファー達【ダークフェイス】と衝突した。

 そして戦闘の末、【はぴねすとろんぐ】は約半数のメンバーを失い、敗走することとなった。


 なので、もしかしたらシュカが彼らに反抗的な態度を取ってしまうかも。と、勇は少し危惧きぐしていた。

 そうなった場合、勇は仲を取り持つつもりだったが、その必要はなかったようだ。

 どうやらシュカは見た目ほど幼くはないらしい。


「よかった! じゃあ、お互いに改めて自己紹介しようか!」

「うむ。我が名はルシファーだ。まさか貴公らもチュートリアルおじさんと親しき仲だったとは驚いた。今宵こよいは来てくれて感謝する」

「あざっす! 僕はデストロイっす!」

「俺はレイリーだ! よろしくな!」

「うん! シュカはシュカだよ!」

「ナナです! よろしくお願いします!」


 五人は順に自己紹介を行った。

 それからジークとの関係性や第二回イベントのことについて話すことしばらく。


「――よう、おっさん!」


 後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、そこに居たのはカイト、エミ、リオンの三人。

 彼らもデュラハンを倒したかったようで、今回の誘いに二つ返事で応じてくれた。


「おっ、カイト君! それにエミさんとリオン君も! こんばんは!」

「あっ! かーくんお兄ちゃんだ!」


 勇が挨拶の言葉を口にした直後、同じように振り返ったシュカが嬉しそうな声を上げた。


「シュカじゃねーか! 久しぶりだな!」

「うんっ!」

「……えっ? 二人っていつの間にそんな仲良くなったの?」


 名前で呼び合う二人の様子に勇は目を丸くする。


「ん? おっさん、イベントで俺達がカンガルーと戦うところ見てなかったのか?」

「カンガルー? ……ごめん、見てないや。多分、他のギルドの戦いを見てたんだと思う」


 シュカ達とカイト達が戦闘を始めた瞬間までは見ていたものの、すぐに別の場所でカイザー達と【ナンバーズ】のバトルが始まったことで、そちらにスポットが当てられた。

 以降はカイザー達の動向に集中していたため、勇は二人の共闘のことを知らない。

 なので、ここまで仲良くなっているとは想像も付かず驚いたのだ。


「そうか。実は流れで俺とシュカが一緒に戦うことになってさ。その時に、な、シュカ?」

「うん!」

「へえ、そうだったんだ!」

「おう! つーか、おっさんもシュカと知り合いだったんだな!」

「ああ、うん! シュカちゃんとは――」


 勇はカイトとシュカに、それぞれ自分との関係について簡単に話した。


「そうなのか! いやー、世間って本当に狭えんだな!」

「シュカもびっくりした!」

「なっ! つーか、それならそうとシュカも早く言えよ……って、悪い! 俺らだけで盛り上がっちまって!」


 カイトはそう言うと、ルシファー達に向かって軽く頭を下げた。


「フッ、気にする必要はない。友との再会は喜ばしいことだからな。それより今宵は来てくれて感謝する。我が名は――」


 その後、ルシファー達とカイト達が順に自己紹介を行うのを見ていると、


(あっ!)


 視界の端に、こちらに向かって歩いてきているハンサムなおじ様の姿を捉えた。

『ジーク君の誘いなら喜んで!』と返してくれたイケおじ――タカシだ。


「タカシさん! こんばんは!」

「やあ、ジーク君! 久しぶりだね」

「ですね! お元気そうで何よりです」

「ジーク君もね。そちらの方々がジーク君が言っていたお友達かな?」

「あ、はい! 紹介しますね!」


 勇はタカシに8人を順に紹介した。

 そしてタカシも自己紹介を終え、第一回イベントの優勝者が来たことに皆が盛り上がっていると――


「ジークさーん!」


 背後から女の子の声が聞こえてきた。

 呼び掛けに応じて振り返ると、エレナ、ココノ、ミュウの三人が駆け寄ってきていた。


「あっ、エレナさん! ココノさん! ミュウさん! こんばんは!」

「ジークさん、こんばんは! それと皆さん、初めまして! ガーリーライブに所属している配信者のエレナです! 今日はよろしくです!」

「同じくガーリーライブ所属、ココノです! よろしくお願いします!」

「ガーリーライブのミュウです! よろしくお願いしまーす!」


 三人は到着するや否や、その場に居る全員に向かって明るく挨拶と自己紹介を行った。

 そんな彼女らを皆は暖かく迎え、それぞれの自己紹介を終えたところで、


「あのっ! レイドボスと戦う時なんですけど、もしよかったら配信させてもらえないでしょうか?」


 皆に向かって、エレナが興奮した様子でそう言った。

 それに対し、全員が快く承諾すると、エレナ、ココノ、ミュウの三人は顔を見合わせて大喜び。

 彼女達が全員にお礼を述べ、それが一段落したところで今度は勇が切り出した。


「――うん、全員集まったね! じゃあ、ルシファー君。さっき話した段取り通り、みんなをギルドに誘ってくれる?」


 レイドボスに挑めるのは一度に一つのギルドだけ。

 なので、ここに居る全員でレイドボスに挑むには、所属していたギルドから抜けてもらい、新たに同じギルドに入り直してもらう必要がある。


 どこに入るかといえば、それは当然今回の発案者であるルシファーのギルド【ダークフェイス】だ。


 そのためにも、勇は誘いにOKの返事をもらえた後、皆に自分のギルドから抜けてきてもらうように伝えていた。

 他に残っているギルドメンバーが居る場合、ギルドはそのまま残り続け、後で再び加入し直せる。

 特に不利益を受けないこともあって、ギルドを抜けることを皆快く了承してくれた。


 なお、エレナ達【いちごもんぶらん】は、事務所のマネージャーに頼んで一時的にギルドに入ってもらったらしい。

 それにより、三人が抜けてもギルドは消失しないので、彼女らにも不利益はない。


「うむ。皆、今宵は集まってくれたこと、実に感謝する。では、これから貴公らを我が闇の同盟に迎え入れるとしよう」


 ルシファーはメニューウインドウを開き、何度か指を動かす。


<【ルシファー】さんからギルド【ダークフェイス】に招待されました。参加しますか?>


 現れたシステムメッセージに『はい』と答えたことで、勇は【ダークフェイス】の一員になった。

 そのままメニューウインドウ内の【ギルドメンバー一覧】の欄を見ていると、次々に名前が追加されていく。


「うむ。全員入ったな。では、これより対デュラハン戦に向けての作戦会議を暗黒魔城……もとい、我がギルドホームにて執行する」

「うん。じゃあ、移動しようか」


 勇の言葉に全員が同意し、一行はギルドホームに繋がる転移の魔法陣に向かって歩き出した。



 ☆



 数分後。

 勇達が転移の魔法陣のもとに辿り着いたと同時、魔法陣の上に一人の青年が現れた。

 プロゲーマー兼配信者のカイザーだ。


「あっ!」

「き、君は!」

「むむっ!」

「あー!」


 その瞬間、勇を含めた全員が驚きの声を上げた。


「タカシさんじゃないですか! それにジークさんも!」

「カイザー君! この前はどうも!」

「あっ、カイザーさん、お久しぶりです!」

「はい、お久しぶりです! こんなところで奇遇……って、おおっ! レイリーさんにエレナさん!」


 カイザーは興奮した様子で目を見開いた。

 そんな彼のもとにレイリーとエレナが駆け寄り、まずレイリーが口を開いた。


「よう、第一回イベントぶりだな!」

「ですね! その節はどうもです!」

「おう! あっ、第二回イベントおめでとうな! さすがだったぜ!」

「あはは、ありがとう! 何とか優勝できたよ!」


 カイザーはレイリーにそう言うと、エレナに視線をずらした。


「エレナさん! この前の案件放送では、ありがとうございました!」

「こちらこそありがとうございました! 色々と話を振ってもらえて助かりました!」

「いえいえ。また同じ現場になることがあったら、その時はよろしくお願いします!」

「はいっ!」


(へえ、カイザーさんとエレナさん、一緒に仕事してたんだ)


 話を聞く限り、何らかの案件にて二人はコラボしたらしい。

 だから、あんな反応をしたんだなと勇が心の中で納得していると、カイザーは不思議そうな顔で周囲を見回した。


「それにしても凄い顔ぶれですね。これから皆さんで何かするんですか?」

「うん。これからこのメンバーでデュラハンに挑みにいくんだ」

「おお、レイドボスですか! いいですね! あの、もし迷惑でなければ僕もお供していいですか?」

「「「「えっ?!」」」」


 思いもよらない申し出に全員が驚愕する。

 しばしの沈黙が流れた後、勇が恐る恐る確認した。


「……えっと、それは願ってもない申し出ですけど、逆にいいんですか?」

「はい! 皆さんと共闘なんて楽しそうですし!」

「そ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、そもそもカイザー君は既に攻略済みではないのかい……?」

「いえ、実はまだなんですよ。結構前に視聴者さん達と挑んだんですけど、負けちゃって」

「そうだったのか。俺としてはぜひカイザーに来てもらいてえが、他のみんなはどうだ?」


 レイリーが皆に問い掛ける。

 すると、全員がカイザーが参加することに迷いもせずに賛成した。


 その後、マネージャーにギルドを任せ、自分のギルドから抜けたカイザーは【ダークフェイス】に加入。

 かくして、14名でデュラハンに挑むこととなり、一行はルシファー達のギルドホームで作戦を練るのであった。

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