第55話 第二回イベント本番 その6

 数度の安全地帯の縮小を経て、いよいよ迎えた最終局面。

 第二回イベントの残り時間は三十分を切った。


 どのギルドも、少しでも多くのメダルを集めようとラストスパートを掛ける中――


「あっ」

「おっ」


 森の中を歩いていた二つのギルドが真っ向から衝突した。


 シュカ達【はぴねすとろんぐ】とカイト達【アグレアーブル】である。

 どちらも十名を超える大人数で参加していたものの、度重なる戦闘で一人また一人と脱落してしまい、残っているのはどちらもたったの五人ずつだ。


 そして互いの顔をはっきりと確認した瞬間、


「あー!」

「お前はっ!」


 シュカとカイトは同時に相手を指差した。


「ん? シュカちゃん、あの人知ってるの?」

「かーくん、あの子と知り合い?」

「うん! 前の大会でね、シュカがやっつけたの!」

「ああ、第一回イベントの時に戦ってな。……その、しゃあねえから負けてやったんだ」


 シュカはナナに自慢げに、カイトはエミに小声で答える。

 それを聞いて皆思い出したのか、それぞれのギルドメンバーは「あー、あの人か!」と声を上げた。


「……まさかこんなところで再会するなんてな。わりいけど、今回は本気でいかせてもらうぜ」

「へへーんだ! 今日もシュカが勝っちゃうもんね!」


 二人はそう言うと武器を構えた。

 それに釣られるように、それぞれのギルドメンバーも臨戦態勢に入る。


「よっしゃ! お前ら、いくぞ!」

「みんな、いくよっ!」


 気合いが入ったその言葉に両ギルドメンバーが「おー!」と返すと、二人は地面を蹴った。

 シュカとカイトは一直線に相手との距離を詰めていく。


「フライングエッジー!」


 先に仕掛けたのはシュカ。

 三日月状の物体がカイトに向かって飛んでいく。

 第一回イベントの時と全く状況だ。


「えっ!?」


 しかし、今回は横にステップすることで、カイトはその斬撃を容易く回避した。


「フリップスラッシュ!」


 そのまま間合いを詰めると、今度はカイトが仕掛ける。

 大剣の第二特技の発動により、予備動作として高く跳躍した瞬間――


「なにっ?!」


 シュカはカイトの下を走ってくぐり抜けた。


「ラピッドスラスト!」


 そして着地したカイト目掛けて特技を発動。

 素早く接近し、右手に握った赤い剣を何度も突き刺す。

 だが、カイトはまだ倒れない。


「ブレイドダンス!」


 シュカの攻撃が止んだと同時、お返しと言わんばかりにカイトが攻めに転じた。

 両手で握った大剣で舞うようにシュカを斬りつける。


 互いにダメージを負った二人は、バックステップを繰り返して距離を取った。


「……嬢ちゃん、だいぶ強くなったじゃねーか」

「……お兄ちゃんもね」


 先ほどまでの明るい表情から一転、カイトとシュカは揃って顔を険しくさせた。

 第一回イベントの時の戦いぶりから、お互いに相手のことを雑魚だと思っており、簡単に勝てると思い込んでいたからだ。

 思わぬ強さに一気に緊張が走る。


 だが、いくら相手が強くてもここで負ける訳にはいかない。

 両者は心の中で気合いを入れ直し、地面を蹴る。


<【お知らせ】イベント終了まで残り15分です>


 その時、突然目の前にシステムメッセージが表示された。


「邪魔っ!」

「邪魔すんな!」


 それを二人は読まずに閉じると、そのまま距離を詰めていく。


 そうして間合いに入ったところで特技を発動させようとした瞬間、ドドドドッと何者かが駆けてくる音が聞こえてきて――


「……えっ?」

「……はっ?」


 気付けば二人は宙を舞っていた。

 少ししてから地面に叩きつけられると、三度の跳ね返りを経て、ようやく身体の自由を取り戻した。


 突然の出来事にシュカとカイトは呆然としながらも、先ほどまで自分が立っていた方向に顔を向ける。

 するとだいぶ離れたところに、前足にボクシンググローブを付けた巨大なカンガルーの姿があった。


 イベント専用に用意された大型モンスター――バトルカンガルーだ。

 恐らく、どこからともなく現れたあのモンスターに攻撃され、自分は吹っ飛ばされてしまったのだろう。


 シュカとカイトがそう考えたの同時、カンガルーは【アグレアーブル】の前衛――シーシスに凄まじい速度で接近。

 怒涛の連続パンチを繰り出した。手技の第三特技――オクタプルブロウだ。

 戦闘で既にHPが削られていたこともあり、シーシスはすぐに粒子と化してしまった。


 そのままカンガルーは流れるように、シーシスが相手をしていた【はぴねすとろんぐ】の前衛――ブラヒムに蹴りの猛襲を浴びせた。

 足技の第三特技――オンスロートをまともに喰らったブラヒムは、シーシスと同じく即座にデス。


「この野郎!」

「よくもブラヒムさんを!」

「ぜってー許さねえ!」


 今はとにかくこいつを片付けないと。

 その場に居た誰もがそう考えたからだろう。

 誰が言い出すでもなく、両ギルドのメンバーはカンガルーに対して一斉に術技を放った。


 そんな彼らの姿に、シュカとカイトも急いで仲間達の元に戻ろうと足を動かす。


「……あれ?」

「……あっ?」


 しかし、なぜか身体が鉛のように重く、走ろうにも走れない。

 歩くのがやっとだ。


 不審に思ったカイトが視界の端を注視すると、HPの下に『鈍足』の文字があった。


「チッ! これのせいか!」

「なにこれー! ぜんっぜん、進まないっ!」

「……どうやらあいつの仕業みてえだぜ、嬢ちゃん」

「えっ、そうなの?」

「ああ、それしか心当たりがないからな。……くそっ、これはやべえぞ!」


 シュカから皆のほうに視線を戻した途端、カイトは顔をしかめた。

 皆、懸命に戦っているものの、カンガルーは未だ倒れない。


「リオンっ!」

「リルーお姉ちゃん!」


 反撃を受け、仲間は次々に粒子となってその場から消えていく。


 一刻も早く加勢しなければならないのに、鈍足の状態異常のせいで全く進まない。

 対象に急接近する特技を使おうにも、距離が離れすぎていて発動できない。

 カイトとシュカはやられていく仲間の姿を、ただ見ていることしかできないでいた。


 そして――


「な、ナナお姉ちゃん!」

「くそっ!」


 唯一生き残っていたナナとエミも怒涛の攻撃を浴び、デスしてしまった。

 そのままカンガルーはこちらに向かってくる。


 ――ここまでか。

 二人がそう思った瞬間、ふと身体が軽くなった。

 HP下に目を向けると、鈍足の文字が消えている。

 どうやら効果が切れたようだ。


 皆が既に結構なダメージを与えてくれているはずだし、これなら勝てるかもしれない。

 もちろん、一人では到底無理だ。

 ……だけど、二人でなら。


「なあ、嬢ちゃん。……提案があるんだけどよ」

「……うん。シュカも同じこと考えてた」

「そうか。じゃあ決着は後でしっかりつけるとして、まずはあいつを片付けるってことでいいか?」


 カイトが確認すると、シュカはコクリと頷いた。


「交渉成立だな。じゃあ、まずは俺が攻撃してあいつの気を引く。その隙に嬢ちゃんがどでかい一発カマしてくれ」

「わかった!」

「うし! じゃあ、いくぞ!」

「うんっ!」


 カイトとシュカは同時に走り出す。


「フェイタルチャージ!」


 そしてある程度距離を詰めたところで、カイトが大剣の第四特技を発動した。

 まるでワープしたのかと思わせるほどの速さでカンガルーに近づくと、そのまま斬り抜ける。


 大ダメージを負わせたことで、カンガルーは一目散にカイトのもとに向かっていった。

 その背中をそーっとシュカが追い――


「スターリーサイン!」


 片手剣の第四特技を発動。

 五芒星を描くようにカンガルーを切り刻む。


「嬢ちゃん、下がれっ!」


 直後、カイトが大声を発した。

 カンガルーが反撃してくると考えたからだろう。


 その予想通り、カンガルーはシュカのほうに向き直ると深く腰を落とした。


「大丈夫っ!」


 シュカがカイトに答えたと同時、カンガルーの背中に黄色い五芒星が浮かび上がる。

 やがて眩く発光するとカンガルーは怯み、何もせずに立ち上がった。

 そう、スターリーサインは斬撃に加えて、時間差でダメージを与える二段式の技なのだ。


「ダブルスラッシュ!」


 カンガルーが動きを止めた隙にシュカは特技を発動。

 高速の二連斬りを浴びせ終えると、カイトのもとに駆け寄った。


「やるな、嬢ちゃん!」

「うん! それでね、またあいつがしゃがんだら、すぐ後ろにジャンプして!」

「ん? お、おう、わかった! で、嬢ちゃん! MPまだ残ってるか?」

「ううん、さっきのスターリーサインでいっぱい使っちゃったから……。あ、でもダブルスラッシュなら後一回だけ使える!」

「そうか。あいにく俺もほとんどMP使い切っちまってな。使えんのはヘビーストライク一回だけだ。できれば近づきたくねーところだが、こうなったら仕方ねえ! 真正面から叩くぞ!」

「うんっ!」


 二人は走り出し、迫ってきていたカンガルーに向かっていく。


「そらっ!」

「やあっ!」


 間合いを詰めると、まずカイトが大剣を振り下ろし、続いてシュカが片手剣を真横に振るう。

 その直後、カンガルーはカイトを見ながら再び腰を深く落とした。


「お兄ちゃん!」

「おうっ!」


 先ほどシュカから言われた通りに、カイトは大きくバックステップ。

 瞬間、カイトの顔面スレスレを下から上にボクシンググローブが通過した。


 アッパー攻撃を回避できたことにカイトが安堵している中、


「ダブルスラッシュ!」


 シュカがラストのダブルスラッシュを放つ。

 二連斬りを浴びたことでカンガルーは怯み、一瞬動きを止める。

 その隙をカイトは見逃さなかった。


「ヘビーストライク!」


 特技を発動させ、両手で握った大剣をカンガルーの腹部に突き刺す。


「えーいっ!」


 さらにシュカが渾身の袈裟けさ斬り。


 次の瞬間、カンガルーはキラキラとした粒子となって消え去った。

 シュカとカイトの勝利だ。


「「……ふぅ」」


 二人は同時に溜め息を漏らす。

 そしてお互いに向き合った。


「嬢ちゃん。確か、シュカだったか?」

「うん! お兄ちゃんは、かーくんだよね?」

「おう! 正しくはカイトだが、まあかーくんでもいいや! シュカ、お前やるじゃねーか!」

「えへへ。でしょー? かーくんお兄ちゃんも凄かったよ!」

「へっ、そうかい! ありがとよ! ……あ、そうだ。さっきのカンガルーの攻撃、どうして後ろにジャンプしたら避けられるってわかったんだ?」

「ガイアお兄ちゃんがいつも使ってるのと同じ技だったから!」

「……なるほどな。仲間に同じ特技を使えるやつが居て、それで見慣れてたってことか。おかげで助かったぜ。サンキューな!」

「どういたしましてー! かーくんお兄ちゃんも一緒に戦ってくれてありがとう!」

「おう、こっちこそ!」


 そう言うと、カイトは右手を差し出した。

 その手をシュカが握り返し、二人は固く握手を交わす。


「……さて! 邪魔者も居なくなったことだし、俺達も決着をつけるとするか!」

「うんっ!」


 そして、さあ一騎討ちを始めようと互いに手を離した瞬間――


「……えっ?」

「……は?」


 突然景色が変わった。

 二人は驚きつつも辺りをキョロキョロ見回すと、そこは見慣れた【始まりの街】の噴水前だった。


 なぜデスしていないのにもかかわらず転移させられたのか。

 理解が追いつかず、二人がそのまま硬直していると、


『――これにて第二回イベントは終了です!』


 上から声が聞こえてきた。

 顔を向けると、上空に巨大なディスプレイが設置されており、テレビで何度も見かけたおじさんが話している。


『最も多くのメダルを集め、優勝に輝いたギルドは――』

「……イベント、終わっちまったみてえだな」

「……う、うん」


 二人はディスプレイを見上げたまま呆然と立ち尽くす。

 そうして少し経ったところで――


『――そして! 第二位は総獲得メダル数82枚! 平均6枚のメダルを獲得した【はぴねすとろんぐ】!」


 シュカはハッとして、ディスプレイを指差した。


「あっ! シュカたちだ!」

「……ん? 82枚って、もしかしてシュカが集めたメダルを全部持ってたのか?」

「うん、そだよ?」

「はぁ、マジかよー。じゃあもう少し時間があれば、俺かシュカ、どっちかのギルドが優勝だったな」

「……そうなの?」


 シュカは首を傾げる。


「ああ、俺達は――」

『第三位は総獲得メダル数70枚! 平均5枚のメダルを集めた【アグレアーブル】です!』

「なっ? シュカと一緒で、集めたメダルは全部俺が持ってたんだよ。だからあのまま俺とシュカが戦って決着をつけられてさえいれば、勝ったほうは相手のメダルを全部奪えてたって訳だ。そしたら優勝したギルドの平均枚数を超えるから……って、聞いてるか?」

「……うん」


 俯いているシュカに気付いたカイトが尋ねる。

 すると、シュカはそのまま消え入りそうな声で答えた。


「おい、どうした?」

「……悔しいの。シュカ、絶対優勝したかったから」

「……そうか。でも泣くんじゃねーぞ。わりぃが俺はあやし方とか知らねーからな」

「な、泣かないもん!」

「おお、偉いじゃねーか! まっ、悔しいのは俺も同じだからよ。ここでめげずに次頑張ろうぜ。お互いにな」

「……うん!」


 ニカっと笑いながら言うカイトに、シュカも笑みを浮かべて言葉を返す。


 そしてもう一度握手を交わしていると、


「シュカちゃーん!」

「おーい、嬢ちゃーん!」

「かーくーん!」

「カイトさーん!」


 自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 目をやると、ギルドメンバーが駆け寄ってきていた。


「じゃあ、俺は連れのとこ行くわ。……シュカ、またな!」

「うん! またね、かーくんお兄ちゃん!」


 二人は笑顔で別れると、それぞれ自分の仲間達と合流した。


 その後、ギルドホームに戻った彼らは第二回イベントの感想や反省点など、様々な話に花を咲かせるのであった。

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