第54話 第二回イベント本番 その5

「――あっ!」

「どうしたの、エレナちゃん?」


 森の中を歩いていたところ、エレナは上空に浮かぶカメラが動き出したのを確認した。


「今抜かれてるかも! 二人とも、見せ場を作るチャンスだよ!」


 小声で言うと、ココノとミュウは小さく頷いた。


「んー、メダルどこかなー?」

「ないねー。もう他のギルドに取られちゃったのかな?」

「そうなのかなぁ。おーい、メダルさーん! 出てこーい!」


 三人はカメラに抜かれているのに気付いていないていで、会話を続ける。

 声が先ほどよりもワントーン高いのは、配信者としてのスイッチが入ったからだ。


 その後も喋りながら、森の中を進んでいると――


「出でよ、荘厳そうごんなる水龍の化身! 我が前に立ち塞がる敵を喰らえ!」

「紅蓮の業火よ! 仇なす者を飲み込み、灰燼かいじんへといざなえ!」


 突然、背後から魔法の詠唱らしき言葉が二つ聞こえてきた。


 エレナはバッと振り返ると、少し先のほうに仮面を付けた男性二人の姿を捉えた。

 彼らはこちらに向かって手を伸ばしており、その先には巨大な魔法陣が展開されている。


「アクアドラグーン!」

「インフェルノブレイズ!」


 直後、魔法陣からドラゴンの形をなした水流と巨大な火球が放たれた。


「あっ……」


 咄嗟とっさの出来事に反応できず、エレナがその場で立ち尽くしていると、


「――エレナちゃん、危ないっ!!」


 駆け寄ってきたミュウが叫びながら、エレナを思いきり突き飛ばした。


 尻餅をついたエレナは急いでミュウのほうに向き直る。

 すると、彼女はさっきまで自分が居た位置に立っており、ニヤリと笑っていた。


 ほどなくして、ミュウに二つの魔法が襲い掛かる。


「ミュウちゃんっ!」


 やがて火球が消えた時、そこにミュウの姿はなかった。


「エレナちゃん、前っ!!」


 今度はココノの叫び声が耳に届く。

 言われるがまま顔を動かすと、どこから現れたのか、これまた仮面を付けた大剣を握った男と斧を持った男が向かってきていた。


「さらなる力よ、の者の刃に宿れ! シャープエッジ!」


 そんな彼らに、後方からまた別の仮面の男が武器の威力を高める光魔法を掛ける。


「ブレイドダンス!」

「パワーアックス!」


 そして男達は同時に特技を発動させた。


 もう避けられる距離ではない。

 ここで終わりかぁとエレナがデスを覚悟した時――


「ペネトレイト!」


 後ろから声が聞こえてきた。

 瞬間、自分の真横をココノが凄まじい速度で通り過ぎ、斧を持った男に右手に握ったレイピアをズブリと突き刺した。


 エレナの前に立ち塞がる形になったココノは、彼女の代わりに攻撃を受ける。

 まだレベルが低いこともあって、ココノはすぐ粒子となって消えてしまった。


「ココノちゃん! ……よ、よくもーっ!!」


 エレナは怒りをあらわにしながら、ズンズンと歩いて男達に近づく。


「フットスタンプ!」

「出でよ、荘厳なる水龍の化身! 我が前に立ち塞がる敵を喰らえ!」

「紅蓮の業火よ! 仇なす者を飲み込み、灰燼へと誘え!」


 そして足技の第二特技を発動させた。

 それと同時、二人の男は斧と大剣をそれぞれ振るってくる。

 も、フットスタンプの予備動作で前方に大きく宙返りしたことで、その攻撃を回避。

 そのまま斧を持った男を両足で踏みつける。


「サマーソルトキック!」

「アクアドラグーン!」

「インフェルノブレイズ!」


 間髪入れずにサマーソルトキックを発動させたことで、高くバク宙しながら斧男を蹴り上げた。


 直後、自分の真下スレスレを水流と火球が通過する。

 これは狙って避けた訳ではない。単なる偶然だ。

 勝利の女神、いや、配信の女神が微笑んでくれたらしい。


「オンスロート!」


 ホッとする間もなく、エレナは続けて足技の第三特技を発動。

 回し蹴り・後ろ回し蹴り・三連続の突き蹴り・後ろ回し蹴りと、蹴りの猛襲を男に浴びせる。


「フットスタンプ!」

「光の雨よ、降り注げ!」

「出でよ、荘厳なる水龍の化身! 我が前に立ち塞がる敵を喰らえ!」

「紅蓮の業火よ! 仇なす者を飲み込み、灰燼へと誘え!」


 さらにもう一度前宙して踏み付けると、斧男は粒子となって霧散した。


 それを確認した瞬間――


「シャインスコール!」

「アクアドラグーン!」

「インフェルノブレイズ!」

「ブレイドダンス!」


 エレナに残り四人の男からの攻撃が命中した。



 ☆



 次の瞬間、エレナは【始まりの街】の噴水前に居た。


「「エレナちゃーん!」」

「あ、二人とも!」


 駆け寄ってきた二人のもとに、エレナも小さく手を振りながら走って近づく。


「エレナちゃん、お疲れ!」

「お疲れ様ー!」

「うん、二人もお疲れ様! あ、ココノちゃん、ミュウちゃん、庇ってくれたのすっごく良かったよ! 多分見ている人もアツくなったと思う!」


 エレナがそう言うと、ココノとミュウは笑みを浮かべて顔を見合わせた。


 二人が身をていしてエレナを庇った理由。

 大好きな先輩を守りたかったというのもなくはないが、もっと明確な理由が他にある。

 

 それは『そうしたほうが放送的に美味しい』というものだ。


「ありがとう! あっ、エレナちゃんもすっっっごくよかったよ!」

「ねっ! 仲間がやられて本気出すって、アニメの主人公みたいで超エモかった!」


 そしてエレナが「よくもー!」と激昂したのも、二人と同じ理由によるものだ。


 正直、最初から勝てないとわかっていたので、二人がやられてしまった時も特に腹など立てていなかった。

 むしろ可愛い後輩二人がちゃんと見せ場を作れたことに「嬉しい」とすら感じていた。


 そう、つまりあの怒りは演技だったというわけだ。

 非常に打算的な考えだが、それは仕方ない。


 ――何せ三人は配信者なのだから。


「あはは、ありがとう! ……さて! 爪痕もしっかり残せたことだし、ここからは観客としてイベントを楽しもっか!」

「だね! あ、ジークさんだ」

「ほんとだ! お喋りの勉強させてもらわないと!」


 配信者としてのから解放された【いちごもんぶらん】の三人は、一視聴者としてイベントの経過を見守るのであった。


 ☆



「――よし、またしても見つけたぞ!」


 ルシファーは言いながら岩の陰に駆け寄ると、落ちていた小箱を拾った。


「おっ、マジじゃん! さっきから凄いな!」

「ルシファーはほんと鼻が利くな! おかげで順調だぜ!」

「フン。たかが小箱を見つけることなど、我からしたら造作もない。何せ、我にはこの魔眼があるのだからな!」

「はいはい。ちょっと褒めたらすぐこれだよ。まあいいや、次の宝箱探しに……って、ルシファー! 後ろっ!」


 唐突にデストロイが叫び、ルシファーの後方を指差した。

 ルシファーは何気なく振り返ると、こちらに向かって真っ直ぐ飛んでくる一本の矢が目に入る。

 直後、その矢はルシファーに直撃した。


「フン、またこの技か。実に気に入らんな。姿が見えないところから攻撃するなど卑怯者がすることだ」


 ルシファーはそう言うと、受けたダメージ量を確認すべくHPに目を向ける。

 その瞬間、ルシファーは目を見開いた。


「ん? どうした?」

「……レイリーよ。先ほど、あのホーミングショットとやらは威力が低いと言っていたな?」

「おう。そんなに強くはないはずだぞ」

「そうか。我は今ので110ものダメージを受けたぞ」

「110!? めっちゃ強いじゃん!」

「……そりゃ、敵さんが相当つえーってことだな。っと、とりあえずルシファーを回復しねえと」

「あっ、確かに!」


 デストロイとレイリーは事前に覚えてきた光の回復魔法――ヒールをルシファーに二回ずつ掛ける。

 そうしてルシファーが全回復したところで、レイリーが話を戻した。


「今ので俺達の場所もバレちまったし、多分すぐに向かってくるぞ。こっちから仕掛けるか、それとも逃げるか。どうするよ?」

「うむ、そうだな……」

「何だよ、珍しいな。いつもなら『我に後退の二文字はない!』とか言って、僕が止めても仕掛けようとするのに」

「本来ならばそうしたいところだが……その、MPが心許こころもとないのでな」


 ルシファーはバツが悪そうな顔でそう言った。

 そんな彼の態度に、デストロイは顎に手を当てて何やら考え込む。


「まあ確かにそうだな。んじゃ、ここは退いて、引き続き落ちてるメダルを集めるとすっか」

「ああ。それが賢明な判断――」

「いや、ここは逃げずに戦おう! 勝てるかどうかわからないけど、強いってことはそれだけメダルも持っているはずだし!」


 デストロイの言葉に、ルシファーとレイリーは驚きの表情を浮かべる。

 少しすると、ルシファーは嬉しそうに頬を緩めた。


「フッ。確かにデストロイの言う通りだ。我としたことが敵を前に背を向けることを考えるとは。どうかしていた」

「だな! ぶっちゃけると、俺もつえー敵とやり合いてえって思ってたところだ! ルシファー、デストロイ、やろうぜ!」

「ああ!」

「うん!」


 自分達から攻撃を仕掛けることに話が纏まった【ダークフェイス】の三人は、矢が飛んできた方角に向かって歩き始めた。



 ☆



「――あっ、あそこ!」


 しばらく歩いていると、突然デストロイが声を上げた。


 指の先には、こちらに向かって歩いてきている五名のプレイヤーの姿。

 全員が同じ服装に身を包み、仮面を付けている。

 素顔はわからないが、服装と体格からして全員男性だろう。


 相手もこちらを認識したようで、走って距離を詰めてきた。

 三人は立ち止まり、デストロイとレイリーは武器を構える。

 一方、ルシファーは両手を大きく広げて口を開いた。


「まずは互いに挨拶といこう。我らは闇に魅せられし――」

「フライングエッジ!」

「パワーショット!」


 すると仮面の男達は駆け寄りながら、ルシファーの言葉など気にも留めずに特技を発動させた。

 ルシファーに斬撃と弓が飛んでくる。

 も、距離があったことで容易く回避。


「フン。いきなり攻撃を仕掛けてくるとは、なんと野蛮なことか。その非礼、死して詫びるがいい! いくぞっ! デストロイ! レイリー!」

「「おう!」」


 直後、デストロイが大きく前に出る。

 対する相手は片手剣と手ぶらの二人が出てきて、そのまま間合いを詰めてきた。


「闇より来たれ、漆黒の牙! 仇なす者を喰らい尽くせ! ダークネスバイト!」

「紅蓮の業火よ! 仇なす者を飲み込み、灰燼へと誘え! インフェルノブレイズ!」


 一方、ルシファーは闇・レイリーは火の第三魔法を発動。


「裁きのいかずちよ! 此処ここに集いて我が仇なす敵を討て! ヴォルトスフィア!」

荊棘けいきょくよ! 集い混じりて敵を貫く槍と化せ! ソーンピアース!」

「アローレイン!」


 時を同じくして、相手の後衛もそれぞれのスキルで三つ目に覚えられる術技を発動させた。

 ルシファーとレイリーが放った黒い牙と巨大な火球は、二人の杖を持った男にそれぞれ直撃。

 その直後、レイリーに巨大な雷の球、矢の雨、絡まって槍状になった荊が同時に襲い掛かった。


「レイリー、無事か?!」

「なんとかな! しっかし、これはヤベえかもしれねえ! もう半分以下まで削られちまった!」

「そうか! ならば急いで回復しろ! 我が守る!」


 ルシファーは言いながら、相手の後衛部隊に視線を向ける。

 すると、先ほど魔法を喰らわせた杖の男達は、仮面で表情こそわからないものの、あたかも余裕といった雰囲気だった。


「――ヤベっ!」


 同時にデストロイの声が耳に届いた。

 急いで確認すると、デストロイは前衛二人から猛攻撃を受けていた。


「くっ!」


 相手が強いことは重々承知していたが、想像していた以上の強さだ。

 その上、人数差もある。


 正直勝ち目はゼロだ。


「レイリーよ。我らはどうやらここまでのようだ」

「……みてえだな。しゃあねえ、次頑張ろうぜ」

「ああ。だが、素直に負けてやる気は毛頭ない。せめて一人だけでも持っていくぞっ!」


 ルシファーがニヤリと笑いつつそう言うと、レイリーも同じように笑みを浮かべた。


「おう、そうだな! よっしゃ、俺が詠唱する時間を稼いでやる! だから、おめえが一発カマしてやれ!」

「うむ、承知した! 頼むぞ、レイリー!」

「任せろ! ……うおおおおっ!」


 レイリーは吠えながら、後衛三人のほうに突っ込んでいった。

 その瞬間、相手は揃ってレイリーに手を伸ばし、術技を放った。


 それを確認すると、ルシファーも同じように手を伸ばす。


「命に飢えし死の神よ! 我が呼びかけに応じ、その渇き、今こそ満たせ!」


 詠唱により、相手の足元に巨大な魔法陣が描かれる。


 同時に相手からの攻撃がレイリーに直撃。

 先ほどよりも強力な第四の魔法・特技だったこともあり、レイリーは即粒子と化してしまった。


「グリム・リーパー!」


 直後、ルシファーが術名を発したことで魔法陣から死神が現れ、両手で鎌を振るった。

 その攻撃は魔法陣の上に立っていた後衛三人に無事命中。


 だが、誰一人としてデスはしなかった。

 さすがに残りHPはもう僅かで、あと一撃を喰らわせれば倒せるだろうが、もうMPは残っていない。


 と、なれば――


「デストロイ! あの杖を持ったどっちかを攻撃しろ!」


 ルシファーがデストロイのもとに駆け寄りながら叫ぶ。


「了解! じゃあ、いち、にの、さんっ!」


 言い終えると、前衛二人と応戦していたデストロイは数度バックステップ。

 代わりにルシファーが前衛の前に立つ。


「闇より来たれ、漆黒の牙! 仇なす者を喰らい尽くせ! ダークネスバイト!」


 そして下がったデストロイが魔法を発動。

 黒い牙が右側の杖を持った男に向かっていく。


 やがて命中すると、その男はキラキラとした欠片となって消え去った。


「オクタプルブロウ!」

「ラピッドスラスト!」


 その直後、喜ぶ暇もなくルシファーに前衛二人からの攻撃が炸裂。

 みるみるうちにHPが減っていく。


「蒼き流れよ! 此処に集いて旋渦せんかと化せ! メイルシュトローム!」


 さらに足元に巨大な魔法陣が展開された。

 そこから大きな渦潮が発生し――



 ☆



 ルシファーは【始まりの街】の広場に転移させられた。

 隣にはデストロイの姿もある。


「おーい! ルシファー! デストロイー! やったなー!」


 直後、先にデスしていたレイリーが大声を発しながら駆け寄ってきた。


「うむ! デストロイが決めてくれた!」

「だな! さすがだぜ、デストロイ!」


 ルシファーとレイリーが笑みを浮かべながら、デストロイに視線を向ける。


「…………」


 すると、彼は何も言わずにただ俯いていた。


「デストロイ? どうしたのだ?」

「何かあったのか?」


 二人が尋ねると、デストロイはひと呼吸おいてから下を向いたまま話し始めた。


「……ごめん、二人とも。僕のせいで……」

「ん? 一体何を詫びているのだ?」

「……僕が戦おうと言ったから。あの時、二人が言った通りに逃げていれば敗退しなかったのに……」


 そのデストロイの言葉に、ルシファーとレイリーは顔を見合わせる。

 そして二人は笑った。


「何だ、そんなことかよ!」

「デストロイよ、貴様が詫びる必要などどこにもない。むしろ我は感謝しているのだぞ!」

「……えっ?」


 デストロイは頭を上げ、目を瞬かせる。


「何を驚いたような顔をしている。貴様があの時『戦おう』と言ってくれなければ、今頃我は腰抜けに成り下がっていたのだ。その醜態しゅうたいを晒さずに済んだのだから感謝するのは当然だろう」

「そうだぞ! 確かに負けはしたけど、久々にアツくなれたしな!」


 その言葉に肩の荷が下りたのか、デストロイはようやく表情を緩めた。


「……二人とも、ありがとう」

「フン、今度は礼か。まったく、訳がわからん奴だ!」

「だな! ……おっ、あそこ見てみろよ。さっきの奴らだぜ」


 レイリーは上空に浮かぶディスプレイを指差す。

 すると、画面には先ほどまで戦っていた仮面の男達が映っていた。

 彼らは会話一つすることなく、無言で森の中を進んでいる。


「しっかし、あいつらめちゃくちゃ強かったなー」

「うむ、まさかあれほどの強者がいたとは。我らももっと研鑽けんさんを積まねばならんな。……よし! 今から強者の戦いを見て学び、明日からはまたレベル上げに励むぞ!」

「……うん! 僕も頑張るよ!」

「俺もだ! んで、次のイベントこそは絶対優勝すんぞ!」

「うむ!」

「おー!」

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