第49話 第二回イベント当日 試合前

 火曜日の祝日、朝10時45分。

 ジャケット・Tシャツ・チノパンと小綺麗な格好をした勇は、サンダポールのオフィスの前に立っていた。


(よし!)


 心の中で気合いを入れてから、中に入る。

 そのまま受付に向かい、座っているお馴染みの受付嬢に話しかけた。


「おはようございます、多井田です」

「多井田さんですね。お疲れ様です。では、5階の会議室アルファまでお願いします」

「あ、はい。ありがとうございます」


 軽く礼をして、勇はエレベーターホールへ向かう。

 その途中、つい頬が緩む。


(多井田さんにお疲れ様です、か)


 様ではなく、さん付け。それにおはようございますではなく、お疲れ様。

 その言葉により、サンダポールの一員になれたことを改めて自覚できて、勇は嬉しくなった。


「――おっ、多井田君じゃないか!」


 ボタンを押してエレベーターが来るのを待っていると、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 振り返ると、ポロシャツに身を包み、右手に大きなカバンを提げたおじさんの姿が目に入った。


「あ、勅使河原てしがわらさん! ご無沙汰してます。今日もよろしくお願いします!」

「うん、よろしく! また多井田君と一緒に仕事ができて嬉しいよ」


 勅使河原が言いながら手を伸ばしてくる。

 その手を勇は両手で握り、再会の握手をしているとエレベーターがやってきた。

 二人はエレベーターに乗り込み、勇が5階のボタンを押したところで勅使河原が口を開いた。


「そうそう。そういえば多井田君、公式プレイヤーになったんだってね! お知らせを見てびっくりしたよ」

「あっ、はい! 木村さんにお声掛け頂きまして!」

「そうか。これもチュートリアルおじさんとして頑張ってきたからだね。おめでとう!」

「ありがとうございます!」


 そんなことを話していると、エレベーターが5階に到着した。

 勇と勅使河原はフロアの案内図を見てから移動し、プレートにαアルファと書かれた扉の前で足を止める。

 そして勇が扉を二回叩くと、中から「どうぞー」と声が聞こえてきた。


 まず勇が先に中に入る。


「あ、多井田さん! おはようございます。今日はよろしくお願いします!」

「おはようございます! はい、こちらこそ!」

「やあ、おはよう木村君。今回も誘ってくれてありがとうね」

「勅使河原さん! おはようございます! こちらこそお引き受けくださり、ありがとうございました! お二人ともご一緒だったんですね」

「うん。下でバッタリ会ってね」

「そうでしたか! ではお二人とも、そちらの席にどうぞ!」


 勇と勅使河原は木村の向かい側の席に腰を下ろした。


「そうだ、木村さん。先日は術技の件、改めてありがとうございました!」

「いえいえ、そんな! お礼を言わないといけないのはこちらのほうですよ。わざわざ覚えてくださって本当にありがとうございます!」


 先日、勇はルシファー達と遊んでいる際に、もう四つ目の術技を習得したプレイヤーが居ることを知った。

 それに伴い、第二回イベント中はその術技が飛び交うことも予想できる。


 その際に説明できなかったら、解説として支障をきたす。

 故に勇は四つ目の術技を新しく覚えようとしたものの、いかんせんレベルが足らず、以前のように自分で確認することは出来なかった。


 そこで勇は考えた末、木村に「解説のために覚えておきたいから、四つ目に覚えられる特技や魔法の映像やデータをもらえないか」と連絡した。

 すると、木村は「直接見たほうがわかりやすいから」とマスターアカウントを用いて、実際に使用しているところを見せてくれた。


 勇は時間を作って見せてくれたこと、木村はわざわざイベントのために勉強してくれたことにそれぞれお礼を言っているのだ。


「ん? 何のことだい?」

「実は多井田さん、今回のイベントのために特技や魔法を覚えてくれたんですよ」

「へえ、そうだったのか。多井田君は偉いね!」

「いえ、そんな。もうサンダポールの一員な訳ですし、これもお仕事のうちなので当然のことですよ」

「まあ、そうかもしれないけどさ。それでも、その姿勢は素晴らしいと思うよ。今回も頼らせてもらうね」

「あっ、はい! 任せてください!」

「いやー、ほんと頼もしい限りです! お二人とも、今日もよろしくお願いしますね。って訳で、そろそろ打ち合わせを始めさせて頂きます――」



 ☆



 時刻は12時30分。


「――全国のドリームファンタジープレイヤーの皆様、大変お待たせ致しました! 本日はドリームファンタジー第二回イベント【DFメダル争奪戦】の模様をお届け致します!」


 生放送が始まると同時、勅使河原が元気に開幕の挨拶を口にした。


「さあということで、実況を務めさせて頂く――勅使河原慎二てしがわらしんじです。皆様、本日もどうぞよろしく! そして、解説を務めるのはもちろんこの男!」

「チュートリアルおじさんことジークです! 皆さん、今日はよろしくお願いします!」


 勇は明るく堂々と挨拶を行った。

 緊張はしているものの、第一回イベントの時ほどではない。

 これも隣に勅使河原が居てくれるから。

 そして多くの視聴者が自分をコメントで応援してくれているおかげだ。


「はいということで、本日も第一回イベントの時と同じコンビでお送りさせて頂きます! ……いやー、ジークさん。ついに始まりましたね!」

「ですね! 凄く楽しみにしてました! 楽しみ過ぎて、一日9時間しか眠れなかったです!」

「いや、めちゃくちゃ寝てるじゃないですか! と、お約束を挟んだところで、そんなワクワクドキドキの第二回イベントはギルド同士の対抗戦っ! ジークさん、見て頂いている方達に改めてルールの説明をお願い致します!」

「はい! 今回のイベントは――」


 台本に従い、勇がルールの説明を行う。

 それが済んだところで、今度は勅使河原が賞品について説明した。


「以上が第二回イベントの賞品になります! いやー、豪華ですねぇ! さて、ここからは残りの時間を使って、本選にのぞむ各ギルドの簡単な紹介をさせて頂きます。また、各ギルドからコメントも頂戴しておりますので、そちらも併せて発表致します!」


 予選を通過したギルドには、事前に運営がアンケートを送っている。

 内容は自分達がどんな集まりなのか、どういったギルドなのかという質問と、本選に対する意気込みについてだ。


 これは先ほどの打ち合わせで木村から伝えられたことだが、勇はそれより前から知っていた。

 というのも、カイト達やシュカ達から予選通過の報告をもらった際に併せて教えてもらっていたためである。


「では、ジークさん!」

「はい! まずは【アグレアーブル】! 大学生達と高校生達、それぞれのグループがゲームを通じて親しくなり、結成されたギルドです。頂いたコメントでは『もちろん優勝を目指すけど、何よりイベントを楽しみたい!』とのこと!」


 話している途中、放送画面にギルド名とイベントに臨むメンバーの名前が映される。

 カイト達のギルド【アグレアーブル】は、フルメンバーの12名での出場だ。


「おお、いいコメントですね~! では、次は私から! 【はぴねすとろんぐ】! 第一回イベントでも活躍した、シュカ選手を中心としたギルドです。シュカ選手から『絶対優勝するぞー!』とのコメントを頂きました! いやあ、頑張って頂きたい!」


 シュカやナナのギルド【はぴねすとろんぐ】、フルメンバー13名での出場。


「大手配信者事務所――ガーリーライブに所属する配信者三名で構成されたギルド【いちごもんぶらん】! コメントは『応援してくれている視聴者さんのためにも頑張ります!』。彼女達らしいコメントですね!」


 エレナ・ココノ・ミュウのギルド【いちごもんぶらん】、フルメンバー3名での出場。


「続きまして、【オヤジ達の集い】! その名の通り、30代後半の男性のみで結成されたギルドです! こちらには何と、第一回イベントで優勝したタカシ選手が所属しています! コメントはそのタカシ選手から『若い子達に負けないよう、頑張ります』とのことです!」


 タカシのギルド【オヤジ達の集い】、二人を除く5名での出場。


「【ダークフェイス】! ギルド名は闇の顔ではなく、闇を信仰するという意味だそうです! メンバーには第一回イベント三位――レイリー選手も所属! コメントは……『我が闇なる力、とくと見よ!』。えー、中々斬新なコメントですね!」


 ルシファー・デストロイ・レイリーのギルド【ダークフェイス】、フルメンバー3名での出場。


「ですね! 続いては【リバラルティア帝国】! プロゲーマー兼大人気配信者――カイザー選手のギルドです! 今回は視聴者の中から実力者を選抜して臨んでいるとのこと! コメントはカイザー選手から『今回こそ優勝を!』。悲願ひがんの優勝なるか!」


 カイザーのギルド【リバラルティア帝国】、8名での出場。


「えー、次は【ナンバーズ】! こちらは今回のイベントのために、即席で結成されたギルドとのこと! メンバーの名前は全員数字で統一されているようで、中々印象的なギルドですね! リーダーのゼロ選手から『狙いは優勝ただ一つ』とコメントを頂いています!」


 即席ギルド【ナンバーズ】、10名での出場。


「続きましては――」



 ☆



「以上、30ギルドが本選に臨むギルドとなります! いやー、どのギルドも個性があって面白いイベントになりそうですね! それでジークさん。ズバリ、今回特に注目しているギルドといえば?」

「そうですねえ。僕はやっぱり、前回のイベントでも大活躍したカイザー選手のギルドですかね」

「【リバラルティア帝国】ですね! 確かにカイザー選手は強かったですもんね」

「はい。今回はそのカイザー選手がメンバーを選抜したとのことで、かなりの実力者が揃っているのではないかと。勅使河原さんはどうですか?」

「私はやはり、前回の優勝者――タカシ選手が居る【オヤジ達の集い】ですね! 二連覇目指して頑張って頂きたい!」


 勅使河原がそう言った直後、スタッフが『残り20秒』と書かれたスケッチブックを掲げた。

 勇は手元のタブレットに視線を落とすと、いつの間にか本番開始まで残り一分を切っていた。


「……っと、そんなことを話していたら、そろそろイベント開始のお時間です! 参加される選手の皆様、頑張ってください! 視聴者の皆様はぜひプレイヤー達を応援してあげてくださいね! それではカウントダウン!」


「「10、9、8――3、2、1!」」


 勇は勅使河原と一緒にカウントダウンを行う。

 それがゼロになり、13時丁度になったところで――


「第二回イベント【DFメダル争奪戦】、スタートです!」


 イベントが始まった。

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