第48話 第二回イベント告知

「ふぅ……」


 コンビニバイトを終えた勇は店の外に出たと同時、大きな溜め息を吐いた。


(今日も色んな意味で疲れた……)


 8時間働いたことによる疲労。

 学生バイト達からの陰口。

 辞意を伝えて以降、以前にも増して酷くなった店長からの嫌み。


 心身ともにクタクタだ。


(でも、あと少しの辛抱だ)


 来月末でこの地獄のようなバイト先を辞めることができ、晴れてサンダポールの正社員になれる。

 そして、チュートリアルおじさんとして本格的に稼働する。


 まだ三回しかこなしていないが、レクチャーの仕事は楽しい。

 初日こそトラブルがあったものの、二日目・三日目は特に何か問題が起きることもなく、ノンストレスで仕事をこなせた。

 きっと、あのBANされた不届きなプレイヤーがいい見せしめになったのだろう。

 そのおかげでただただ楽しく、さらにやりがいもある。

 まさに天職だ。


 あと一ヶ月もすれば、その天職に専念できる。

 だから今は正直キツいけど、頑張って耐えよう。


 そんなことを考えながら、勇はポケットからスマホを取り出す。


「おっ!」


 すると、ドリームファンタジーの運営からメールが二通届いていた。

 題名は『アップデートのお知らせ』と『第二回イベント開催決定のお知らせ』だ。


(第二回イベントってどんなルールなんだろ)


 イベントの開催日時は面談の日に木村から聞いているが、詳しい内容までは知らされていない。

 故にその内容が気になった勇は、まず『第二回イベント開催決定のお知らせ』と書かれたメールを開いた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


【イベント名】

 DFメダル争奪戦


【イベント内容】

 ・ギルドでイベントマップに散らばる、『DF』と刻印された金色のメダルを集める。メダルは各フィールドで拾うか、イベント限定モンスターを倒すことで入手可能。また、他プレイヤーを倒して奪うこともできる。


 ・他プレイヤーをキルした場合、そのプレイヤーが持っていたメダルはキルしたプレイヤーに全て自動的に移行。デスしたプレイヤーは脱落する。


 ・ギルドが保有するメダルの総数をイベントに参加したギルドメンバーの数で割り、終了時にその平均枚数が多いギルドが優勝。小数点は切り捨てで計算。


例)

 20人が参加して集めたメダルが100枚の場合、100枚÷20人で5枚。

 3人が参加して集めたメダルが20枚の場合、20枚÷3人で6枚。


 ・途中、一定時間毎に平均枚数が少ない下位5ギルドはその時点で敗退。そのギルドが持っていたメダルは消失する。


 ・一定時間経過毎に、活動可能なエリアが狭まっていく。


【備考】

 ・メダルは各プレイヤーがアイテムとして保有する。そのため、プレゼント機能で受け渡し可能。

 ・アイテムの使用は不可。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 メールにはこのような内容が書かれていた。


(へー。平均枚数ってことは、人数が少ないギルドも優勝できる可能性があるってことか。なるほど、考えたなー)


 戦闘になった際、数で相手を圧倒できるため、人数が多いギルドのほうが有利であることに変わりはない。

 が、上手く戦闘を免れて、コツコツメダルを集めることができれば、少人数のギルドでも優勝の目はある。


 大人数ならではの恩恵は残しつつも、少人数でもチャンスを得られるこの内容に、勇はいい塩梅あんばいだと感心した。

 これなら少人数のギルドも参加しやすく、それに伴いイベントも大いに盛り上がるだろう。


(あと、メンバー同士でメダルを受け渡しできるってのは良いな)


 各プレイヤーが分散して持つことでデスした場合のリスクを減らすか、一人にメダルを集めてそのプレイヤーを他のメンバーが守るか。

 はたまたそれをブラフとするか。


 獲得したメダルをどう扱うか、その考え方はギルドによって異なるだろう。

 それを勇は面白そうだなと捉えた。


 なお、第一回イベントの時と同様、参加ギルドを絞り込むべく事前に予選が行われるらしい。

 本選に挑めるのは、直前の土日に計6回行われる予選にて、それぞれ上位5位までに入った計30ギルドとのこと。ルールは本選と同じなようだ。


(さて、次はっと)


 イベントの内容を理解できたことで、勇はもう一通の『アップデートのお知らせ』と書かれたメールに目を通す。


 そこに書かれていたのは二日後に行われるメンテナンスにより、新しくエリアとアイテムが追加されるというもの。

 アイテムは第一回イベントの賞品として限定的に実装されていたものが、ようやく正式に実装されるらしい。

 そして、それらは店売りアイテムとして街のショップに追加されるようで、それぞれの効果と値段が一緒に記されている。


 その中には以前タカシから譲り受けた、第一回イベントの優勝賞品【女神の腕輪】の記載もあった。


(ほー。先にアイテムを集めて、それを使ってイベントに臨みましょーってことかな。まあ何であれ、アップデートは楽しみだ!)


 新たな楽しみができたことで、勇はウキウキとしながら帰路に就くのだった。



 ☆



 帰宅後。

 ドリームファンタジーにログインした勇は、そのまま真っ直ぐギルドホームへと繋がる転移の魔法陣に向かった。

 そこで数字を打ち込んだことで勇は次の瞬間、黒と深紫色で構成された不気味な部屋に飛ばされた。

 ルシファー達のギルド【ダークフェイス】のギルドホーム、もとい暗黒魔城だ。


 部屋の奥には、ルシファーとデストロイの姿。


(ん?)


 さらにもう一つ、人影がある。

 遠くて顔がはっきりしないが、恐らく男性だ。


「――む、チュートリアルおじさんではないか! よくぞ来てくれた、我が同志よ!」

「あっ、ほんとだ! どもっす!」

「おっ、来たか。会いたかったぜ、チューおじ!」


 転移してきた勇に気付いた三人が近づいてくる。

 そして顔を認識した瞬間、勇は目を丸くした。


「二人とも久しぶり! それでえっと、あなたは確か……レイリーさん、ですよね?」


 ルシファー・デストロイと一緒に居たのは、第一回イベントで三位になった――レイリー。

 カイザーと良い勝負をしていた、あのプレイヤーだ。


「おお、覚えてくれてたのか! おう、俺はレイリーだ。イベントの時、色々褒めてくれて嬉しかったぜ! よろしくな!」

「こ、こちらこそ! お会いできて光栄です」

「ははは、光栄って。それはこっちのセリフだ! これから仲良くしてくれよな。って訳で、タメ口でいいぜ?」

「あ、はい! じゃあ、レイリー君で! ……それにしても驚いたなぁ。まさかルシファー君達のギルドに新メンバーが入ってて、しかもそれがレイリー君だなんて。ルシファー君がスカウトしたの?」


 尋ねると、ルシファーは大きく頷いた。


「レイリーは前々から、我が闇の同盟に迎え入れたいと考えていてな。先日、邂逅かいこうした時に我が声を掛けたのだ」

「へえ、そうなんだ」

「あの時は驚いたぜ。まさか闇魔法を上げてるってだけで、ギルドに入ってほしいと言われるなんて思ってもいなかったからな」

「そ、そういう理由だったんだ……」


 強いから。気が合いそうだから。など、他にも理由はあるのだろう。

 だが、表向きの理由が何とも浅すぎて、勇は思わず苦笑いを浮かべる。


「笑えるだろ? で、おもしれー奴らだったから、このギルドに入ることにしたって訳よ。まあ、一人で遊ぶのもそろそろ飽きてきたってのもあるが」

「え? 『奴ら』って僕も入ってたの? 僕は普通なんだけど……」

「何言ってんだよ、おめえも変わってておもしれーぞ! 自信持て!」

「いや、あんま嬉しくないんだけど……」


 口ではそう言いつつも、デストロイは頬を緩めた。

 楽しくやっているようで何よりだ。


 その後、互いに近況を話し合い、それがひと段落したところで。


「――さて、チュートリアルおじさんよ。今日の予定なのだが」


 ルシファーが切り出した。


「ああ、ギルドのランク上げだっけ?」

「いや、元々はそのつもりだったのだが、急遽予定を変更してな。実はガルドを稼ぎたいのだ」

「ガルド? ……ああ! アップデートで追加されるアイテム用にってことだね」

「さすがチューおじ、鋭いっすね! そうなんすよ。イベントに備えて、人数分がほしくて」


 デストロイはそう言って、勇の右手首を指差した。


「ん? 女神の腕輪?」

「おう! 今日のお知らせで、第二回イベントもアイテムは使えねえって書かれてたろ? そうすっと、MPの回復手段は自然回復しかねー訳で」


 ドリームファンタジーでは、時間経過で徐々にHPとMPが回復していく仕様になっている。

【女神の腕輪】には、その回復量を倍にする効果があるのだ。


「……なるほど! 確かにイベント中は、あるのとないのじゃ大違いだね」


 アイテムが使えなくても、HPは回復魔法で急速に回復できる。

 しかし、MPはそうはいかず、消費分を回復させるには自然回復を待たなければならない。

 

 そんな中、自然回復を早めてくれる【女神の腕輪】というのは非常に心強い。


 普段は『あると非常に便利。だが、なければないで別に困らない』程度のアイテムだが、イベント時においては必須と言っても過言ではないだろう。

 人数分ほしいと言うのも納得だ。


「うむ。故に何としてでも購入したいのだが、いかんせん高くてな。全くガルドが足りないのだ」


 メールによると、【女神の腕輪】のお値段は15,000ガルド。


 ちなみに現在、勇の所持ガルドは20,000を少し超えたところだ。

 オシャレ用アイテムなどは一度も購入しておらず、あまりガルドを使ってこなかった勇でこれなのだから、確かに高い。


 彼らはギルドホームに加え、インテリアアイテムやオシャレ用アイテムを購入している以上、手持ちは少ないだろうから、今から金策しなければイベントまでに間に合わないだろう。


「なので、これからモンスターを大量に狩りに行きたいんすよ。それを手伝ってもらえないかなって」


 ギルドやパーティーを組んでいると、経験値と同様にガルドも分散してしまう。

 だが、倒せる絶対数が増えるため、人数が多いほうが結果的に早く稼げる。


 だから、彼らは一緒にモンスターを倒してほしいと言っているのだろう。


「なるほどね! うん、全然いいよ!」

「そうか、感謝する!」

「いつもあざっす!」

「助かるぜ!」

「うん! それでどこのエリア行く?」

「そうだな、【カチコチ氷原ひょうげん】なんかどうかと思っているのだが」

「【カチコチ氷原】ね。あそこならギリギリ俺でも戦えるし、了解!」

「うむ! では、行くとしよう!」



 ☆



 転移の魔法陣を使い、四人は地面が氷で覆われたエリア――カチコチ氷原にやってきた。

 ここは最も有名な攻略サイトの情報では、レベル28~30推奨とされている上級者向けのエリアだ。

 出現するモンスターは中々に強いが、その分経験値やガルドも多く取得できるため、今の四人にはここがピッタリだと言えるだろう。


「よし、ではモンスターを探すぞ!」

「「「おー!」」」


 その後、四人はエリアを歩き回り、出くわした白い熊――コールドベアーや動く雪だるま――ユキダルマンを次々に撃破。

 そうして順調にガルドを稼ぐこと、およそ一時間。


「おっ、みんな見て! あそこにめっちゃユキダルマン居る!」


 デストロイがそう言いながら立ち止まった。

 指の先を見てみると、確かに7~8体のユキダルマンが集まっている。


「ほんとだ。でも、さすがにあれだけ居るとちょっとキツくないかな?」

「いや、あの程度なら我のグリム・リーパーで余裕だ」

「グリム・リーパーって?」

「む? 貴公はグリム・リーパーを知らないのか?」

「う、うん。初めて聞いたけど……」


 素直に答えると、ルシファーは目をパチパチとさせた後、突然「クククっ」と笑い出した。


「良かろう! 貴公に我が秘奥義を披露しよう!」


(……秘奥義。秘奥義、ねえ……)


 その言葉を聞いた瞬間、勇は第一回イベントの時にルシファーが同じようなことを言っていたのを思い出した。

 あの時、ルシファーはデストロイに対して『秘奥義を見せてやる』と言っておきながら、結局発動させたのは闇魔法で二つ目に覚えられる――イービルハンド。

 秘奥義でも何でもなかったことに、あの時、勇は言葉を失った。


 そして今回も似たようなものだろうと思った勇は、大人として話を合わせてやることにした。


「う、うん! それじゃあ見せてもらおうかな!」

「うむ! しかと目に焼き付けるがいい!」


 ルシファーは一歩前に出て、バッと右手を伸ばした。


「命に飢えし死の神よ! 我が呼びかけに応じ、その渇き、今こそ満たせ!」


(……ん?)


 ルシファーが言い終わると、ユキダルマンの足元に巨大な魔法陣が描かれた。


「グリム・リーパー!!」


 そして力強く、そう口ずさんだ瞬間、


(な、何じゃありゃ!)


 魔法陣から、鎌を持ち黒いマントを被った巨大な骸骨――死神が現れた。

 直後、死神は両手で鎌を大きく薙ぎ払う。

 それと同時、ユキダルマンの群れは全て粒子と化し、死神と共に消え去った。


「フン、たわいもない。で、チュートリアルおじさんよ、どうだ我が秘奥義は!」

「う、うん、凄かった! あれは一体……?」

「ああ、あれはダークネスバイトの次に覚えられる魔法で、グリム・リーパーっていうんすよ。この前、僕とあいつがレベルアップした時に新しく覚えて」


(ダークネスバイトの次……。なるほど、あれは闇魔法で四つ目に覚えられる魔法なのか。みんな、もう四つ目覚え始めたんだな)


 勇は現在レベル26。

 極振りしても、まだ三つ目の術技までしか覚えられない。

 そのため、四つ目の術技の存在は頭からすっかりと抜けていたが、もう使えるプレイヤー達がちらほらと出てきているらしい。


「ちょ、デストロイ、貴様……! 我が説明しようと思っていたところを!」

「ん? 別に誰が説明しようがいいだろ」

「いいものか! せっかくの我が秘奥義だというのに!」

「いや、『我が秘奥義』ってグリム・リーパーは僕も使えるし……」

「ははは、おめえらほんとおもしれーな!」


(解説のためにも、また覚えないとな)


 自分もイベントに向けて頑張ろう。

 はしゃぐ彼らを見ながら、そんなことを思う勇であった。

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