第47話 勤務初日
土曜日の朝9時45分。
勇はベッドに寝転びながらソワソワしていた。
そう、今日は記念すべき勤務初日。
10時から勇は仕事として、初心者達にレクチャーを行うのだ。
「よし、そろそろ行くか!」
時計を確認した勇はヘッドギアを装着。
大きく深呼吸してから、ドリームファンタジーを起動した。
☆
ログインした勇は、【始まりの街】の広場の南側に向かって歩みを進めた。
しばらく歩くと屋台のようなスタンドが見え、その前に6名のプレイヤーが立っている。
あのスタンドはレクチャーを受けたい初心者達の待ち合わせ場所として、先日新たに設置されたものだ。
(よし!)
勇は心の中で気合いを入れてから、スタンドに近づいていく。
すると、視線が一気にこちらへ向けられ、「あの人がそうかな?」「多分そうじゃね?」といった言葉が聞こえてくる。
それに勇は会釈で返しつつ、スタンドの中に立つ。
そして目の前に並んだプレイヤー達に向かって口を開いた。
「おはようございます! 皆さんにゲームのレクチャーをさせて頂く、チュートリアルおじさんことジークと申します。本日はよろしくお願いします!」
頭を下げながら挨拶すると、プレイヤー達から一斉に「おおっ!」と声が上がった。
直後「よろしくお願いします!」と返してもらえ、ひとまずの挨拶が済んだところで勇はメニューウインドウから時間を確認する。
9時55分。
まだ10時まで5分ある。
もうレクチャーを始めてしまいたいところだが、残り5分の間に新たなプレイヤーがやってくるかもしれない。
その場合、また同じことを説明しなければならず、既に話を聞いている他のプレイヤー達を退屈させてしまう。
「すみません。まだ開始の時間まで少しありますので、もう少しだけお待ちください!」
「「「「はーい!」」」」
なので待つように言うと、プレイヤー達は文句の一つも言うことなく理解してくれた。
なお、お知らせに『途中参加はできない』と書かれているのも、同じ理由によるものだ。
安堵した勇は待ち時間を利用して段取りを再確認する。
(えー、まずはレベルやHPの説明だろ。それからメニューウインドウの開き方を教えて、そのまま各ページを簡単に解説。次にスキルシステムの概要と各スキルの特徴を伝えて――)
考えを巡らせることしばし。
前方から、こちらにダッシュで向かってくる一人の青年の姿が目に入った。
やはり待っていて正解だったようだ。
その青年が到着したところで再度時計を見ると、時刻は10時丁度。
10時の部のレクチャー開始だ。
「では時間になりましたので、これよりドリームファンタジーの遊び方についてレクチャーさせて頂きます! まずこのゲームにはレベルとHP・MPというものがありまして――」
勇はドリームファンタジーのシステムについてわかりやすく説明。
続いて、各スキルの特徴について伝えていると、
「すみません!」
少年が手を上げた。
「はい、どうしましたか?」
「あの、爪はないんですか?」
「爪……ああ、
「そうですか……。使いたかったけど、まあいいや! じゃあ僕は――」
少年は少し残念そうな顔を浮かべるも、すぐに他の武器を選び始めた。
(これも後でしっかりと報告しないとな)
木村から『プレイヤー達の意見・要望はどんなに細かいことであっても伝えてほしい』と言われている。
故に勇は後で報告できるよう、『鉤爪を使いたかった』という少年の言葉を頭にしっかりと叩き込んだ。
☆
武器防具の装備方法やフレンドの概要など諸々の説明を終えた勇は、初心者達を引き連れて移動した。
歩きながら各ショップの場所や転移の魔法陣の概要・
そこで勇は特技・魔法の発動方法について解説。
その後、実際にモンスターと戦闘してもらい、アドバイスしながら獲得した金の使い方を教える。
かくして一通り教え終わった勇は、質問に答えながら戦う初心者達を見守ること数十分。
時刻は10時50分になった。
「――では、時間になりましたのでレクチャーを終了します。何か質問はありますか?」
「ないでーす!」
「ありません! もうバッチリです!」
「俺も大丈夫だ!」
「そうですか! じゃあ僕は失礼します。お疲れ様でした!」
そう言うと、プレイヤー達から感謝の言葉を寄せられた。
そのことを嬉しく思いつつ、勇は一旦街へ戻る。
それから再びスタンドに向かうと、5名ほどのプレイヤーが集まっていた。
勇はスタンドの中に立ち、新たな初心者達に向かって言う。
「おはようございます! 皆さんにゲームのレクチャーをさせて頂く、チュートリアルおじさんことジークと申します。本日はよろしくお願いします!」
そうして11時の部のレクチャーを開始するのであった。
☆
レクチャーを繰り返すこと7回目、17時の部。
集まった8名に街で諸々の説明を終えた後、勇はプレイヤー達と共に【駆け出しの森】に移動した。
それから少し奥に進んでいる最中――
「凍てつく冷気よ! 蒼き剣と化し、仇なす者を切り刻め!」
背後から突如、魔法の詠唱が聞こえてきた。
「ん?」
勇は何気なく振り返ると、少し先のほうにガラの悪い男が立っているのが目に入った。
「フリジットブレード!」
その男はこちらに手を向けたまま、術名を口にした。
魔法陣から氷でできた複数の短剣が現れ、真っ直ぐ少年に向かっていく。
(ま、まずい!)
今ここに居るプレイヤー達は全員レベル1。
フリジットブレードを喰らえば、まず間違いなく耐えられない。
そう考えた勇は全速力で少年のもとに駆け寄り、そのまま突き飛ばした。
それにより、代わりに勇が被弾。
すかさずHPを確認すると、260から220に減少している。
このダメージ量から考えるに、あの男のレベルはそんなに高くないようだ。
「凍てつく冷気よ! 蒼き剣と化し、仇なす者を切り刻め! フリジットブレード!」
直後、男は再びフリジットブレードを発動させた。
今度は女性に向かって氷の短剣が飛んでくる。
(あの野郎!)
勇は再びダッシュし、女性の前に立って両手を広げる。
そうすることで勇が攻撃を受け止めた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、気になさらず」
背後の女性にそう答えた後、勇は男のほうに向き直る。
すると男はニヤニヤとした表情を浮かべており、その態度に勇は心底呆れた。
世の中には他人に迷惑をかけ、その場を混乱させることに喜びを覚える輩がどんな場所にも少なからず存在する。
そういった手合いを抑制すべく、お知らせの最後に『本取り組みへの妨害行為は一切禁止。万が一、妨害行為が確認された際はアカウントを停止する』とハッキリ注意書きがなされている。
それなのにもかかわらず、あの男は堂々と妨害行為を働いてきた。
きっと注意書きはただの脅しで『実際にBANなんてされる訳がない』と
そこで勇は、何とも楽観的なあの男に警告してやることにした。
「ねえ、君。お知らせにも書いてあったと思うけど――」
「凍てつく冷気よ! 蒼き剣と化し、仇なす者を切り刻め!」
男は聞く耳持たずといった様子で、勇の言葉を遮って詠唱を始めた。
(……こうなったらもう仕方ないな)
勇は溜め息を一つ吐いてから、メニューウインドウを開く。
そうして何度か指を動かしていると――
「フリジットブレード!」
今度は勇に向かって、氷の短剣が飛んできた。
それを勇は気にも留めず、攻撃を喰らいながらも冷静に操作を続ける。
<プレイヤーID:10592458 【レイジ】さんを通報します。以下の項目から通報内容を選択して下さい>
やがて通報ボタンを押すと、システムメッセージが浮かび上がった。
(10592458レイジ、10592458レイジ……よし)
IDとプレイヤーネームを暗記した勇は、通報せずにメニューウインドウを閉じる。
「――ラピッドスラスト!」
直後、特技を発動。
勇は男との間合いを一気に詰め、連続突きを浴びせた。
攻撃はフルヒット。
まだ倒れないが、レベル的にもうHPは残り僅かだろう。
そう判断した勇は、男に剣を向けたまま口を開く。
「ここで引いてもう二度と邪魔しないと誓うなら、今回のことは見逃してあげるよ。……どうする?」
「ハッ!
情けを掛けてやったというのに、男に改心する様子は全く見られない。
その態度に勇は心を鬼にした。
「そっか。じゃあ仕方ない、また別のゲームで頑張ってね。……ダブルスラッシュ!」
特技を発動させたことにより、勇は男を二回斬りつける。
瞬間、男は霧散。
同時に初心者達から「おお!」と声が上がる。
「すみません、ちょっとだけ待っててください」
勇は後ろに立つ初心者達にそう言って、メニューウインドウを開いた。
そのまま操作を続け、チャット画面に移行したところで【新規チャットの作成】ボタンを押す。
ズラっと並んだフレンドリストの中から『木村』を選択し、文面を打ち込んでいく。
『木村さん、お疲れ様です。現在初心者達にレクチャーしている最中なのですが、一人のプレイヤーから妨害行為を受けました。今後も妨害する気満々なようだったので心苦しくはありますが、対処のほどお願いします。プレイヤーID:10592458 プレイヤーネーム:レイジ』
(これでよしっと)
文面を確認した勇は送信ボタンを押す。
木村はスマホとヘッドギアを連携させているため、このチャットはスマホにも届く。
故にすぐ気付いて、早急に対応してくれるだろう。
「お待たせしました! じゃあ気を取り直して、先に進みましょう!」
☆
諸々の説明を終え、彼らがモンスターと戦っている様子を眺めていたところ――
<新着メッセージが一件届いています>
突然、システムメッセージが表示された。
届いたチャットを開いてみると、差出人は木村。
『お疲れ様です。報告ありがとうございます。ログを確認してもらった結果、妨害行為を確認できたようです。また、該当プレイヤーは以前にも付き纏い行為による通報があり、既にペナルティを受けている状態だったこともあって即BANとさせて頂きました。以上、ご報告となります。引き続きよろしくお願いします』
どうやら、あのレイジとかいうプレイヤーはBANされたらしい。
まあ、当然の措置だと言えるだろう。
何せ、勇は運営の人間として業績を向上させるためにレクチャーをしている訳で、それを邪魔するということはドリームファンタジー、ひいてはサンダポールの営業妨害に等しいからだ。
「ふぅ……」
自分の報告によって、一人のプレイヤーがBANされたという事実はあまり気持ちがいいものではない。
が、これも会社のため。このゲームのため。そして、これから教えることになる初心者達のため。それにそもそも自業自得だしな。
そう考えた勇は気にしないことにし、木村に『ありがとう』という旨を返信。
メニューウインドウを閉じ、わいわいはしゃぐ初心者達に目を向けた。
☆
あれから何事もなく7回目のレクチャーを終え、さらに8回目のレクチャーを一通り済ませたところで時計を確認すると、時刻は19時数分前。
「――すみません! 時間になりましたので、僕はそろそろ失礼します。最後に何か質問はありますか?」
そう尋ねると、教えていた4人の初心者達は同時に首を横に振った。
質問なし。ということは、これで本日のレクチャーは全て終了だ。
「そうですか。では、僕はこれで! お疲れ様でした!」
「おう! 色々と丁寧にありがとな!」
「あ、ありがと……」
「お疲れーっす! あざっした!」
「ありがとうございました!」
「いえいえ、どういたしまして! じゃあ、楽しんでいってくださいね!」
そう言い残して、勇は【始まりの街】へと繋がる転移の魔法陣に向かって歩いた。
やがて街に戻ってきたところで、一旦ゲームを終了した。
「ふぅ……」
ヘッドギアを取り外しつつ、大きな溜め息を吐く。
正直なところ、思っていた以上に疲れた。
やはりボランティアとしてレクチャーするのと、仕事としてレクチャーするのでは精神的な負荷が違う。
それに予期せぬトラブルもあった。
……でも、楽しかった。
大好きなゲームの中で多くのプレイヤーの笑顔を見られて、その上「ありがとう」と感謝の言葉も掛けてもらえた。
これで金ももらえるのだから言うことない。
(天職ってこういうことを言うんだろうな)
勤務初日を終えてみて、勇は心の底からこの仕事が自分に合っていると感じた。
そんな仕事を手に入れられたことが嬉しくてたまらなくなり、つい頬が緩む。
(……っと、いけないいけない。まだ仕事が残ってるんだった)
まだ木村にフィードバックをしていない。
そのことを思い出した勇は急いでパソコンに向かい、初心者達の意見・要望をメールで送る。
そうして晴れて本日の仕事が終了したことで、勇は夕食と入浴を済ませ、プライベートとして楽しむために再びバーチャルの世界に飛び込むのであった。
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