第46話 今の自分があるのは(後編)

 チャットを送ると、すぐに一件返信が来た。

 送り主はリオンで、『それならせっかくだし今から会いましょう!』という内容だ。

 そこからやり取りを重ねた結果、向こうがこちらに来てくれることになった。


 その言葉に甘え、噴水周りのベンチに座りながら、スポット加入の依頼に対してチャットを返したり、通りすがったかつての教え子達と話したりすることしばし。


「よっ! 一昨日ぶりだな!」

「やっほ!」

「こんばんは! お待たせしました!」


 カイト・エミ・リオンが近づきながら、声を掛けてきた。


「あっ、カイト君、エミさん、リオン君! こんばんは! 急に誘ってごめんね。それにわざわざ来てもらっちゃって」

「おう! それで話って? 何かあったのか?」

「ううん、そんな大したことじゃないんだ。ただ三人にお礼が言いたくて」

「お礼? 何の~?」

「……あのさ、実は俺――」


 勇は初心者狩りをするためにゲームを始めたこと、三人に近づいたのも最初はそれが狙いだったことを話した。


 初心者狩りをしようとしていたことは、これまで同じ境遇であったデストロイにしか話したことがない。

 故に多少の不安はあった。

 もしかしたら幻滅されて、距離を置かれてしまうかもしれない、と。


 でも、言った。

 そうしなければ、この後の感謝の言葉が伝わらないから。


「おっさん、そんなこと考えてたのかよ!」

「さいてー!」

「酷いですよ~!」


 すると、三人は言いながら笑い飛ばしてくれた。

 勇はそんな自分を受け入れてくれたことにホッとしつつ、頭を下げる。


「ご、ごめん!」

「いいっていいって! 結局は優しく教えてくれた訳だしな!」

「ねー! 実際にやられてたらマジギレしてたかもだけど、やられてないし!」

「ですね! ……ん? でも、それがどうお礼に繋がるんですか?」


 リオンは首を傾げながら尋ねてきた。

 きっと、彼らには勇に何かをしてあげたという自覚はないのだろう。


 そこで勇は伝えた。

 真っ直ぐに『ありがとう』と言ってくれたこと。『フレンドになろう』と言ってくれたこと。

 それが心を入れ替えるきっかけになったことを。


「――だから、ありがとう!」

「お、おう! よくわかんねーけど、まあ喜んでくれたならよかったぜ!」

「だね! なんか照れるけど!」

「どういたしまして! っていうか、お礼を言わなきゃいけないのは僕のほうですけど……」

「あ、確かにな! おっさん、改めてあの時はサンキューな!」

「ありがとねー!」

「ありがとうございました! 今こうしてゲームを楽しめてるのはジークさんのおかげです」

「えっ? ああ、ど、どういたしまして!」


 突然の改まった礼に、勇は慌てながら言葉を返す。

 すると三人は笑顔を浮かべ、それに釣られるように勇も笑った。


 その後、話は勇が公式プレイヤーになったことについての話題に。

 そこで勇が運営に雇われた経緯などを言える範囲で話している最中、


<新着メッセージが一件届いています>


 突然、勇の目の前にシステムメッセージが表示された。


「あ、ちょっとごめんね」


 勇は話を中断し、届いたチャットに目を通す。


『こんばんは。シュカちゃんから聞きました! あたし達、今ギルドホームに居るのでよかったら来てください。ちょうどみんな揃ってて、チュートリアルおじさんに会いたがっているので! あ、部屋番号とパスワードは――』


 ナナからだ。

 どうやらシュカの代わりに送ってくれたようで、今から会ってくれるらしい。

 別に今日じゃなくてもいいのだが、皆揃っているとなればこの機会を逃す手はない。


「……三人とも、ごめん! 実は他の人達にもお礼を言いたくてさ。今から会ってもらえることになったんだけど、そっちに行ってもいいかな?」

「全然いいよ~! 行ってこい行ってこいっ!」

「ごめんね、せっかく来てもらったのに。じゃあ、また改めて!」

「おう! また誘うわ!」

「じゃねー!」

「ジークさん、また今度ー!」


 三人に別れを告げた勇は広場を出て、そのままギルドホームへと繋がる転移の魔法陣のもとに向かった。


 その道中――


<新着メッセージが一件届いています>


 またしてもチャットが届いた。

 勇は一旦立ち止まって、メニューウインドウからチャット画面を開く。


『こんばんは! 話って何かあったんですか? 今は配信中なのであれなんですけど、23時前には終わるので、それからでよかったらお話聞きますよ! ちょうど私もお話したいことありますし!』


 エレナからである。

 どうやらエレナも今日会ってくれるようだ。


 急ぎではないが、彼女も話があるなら。と、勇は『じゃあ23時に会おう』という内容を、配信を邪魔したお詫びと共に送信した。



 ☆



 転移の魔法陣を起動したことで、勇はピンクを基調としたメルヘンな部屋に飛ばされた。

 シュカ達のギルド【はぴねすとろんぐ】のギルドホームだ。


「あっ、おじちゃん!」


 勇に気付いたシュカが笑顔を浮かべながら、とことこと駆け寄ってくる。

 ひと呼吸おいて、ナナや他のメンバーも勇のもとに歩み寄り、彼を囲んだ。


 それから互いに挨拶を交わし、一区切りついたところでナナが切り出した。


「そういえば、チュートリアルおじさん。何か話があるって聞いたんですけど」

「あ、うん。今日はみんなにお礼が言いたくて、お邪魔させてもらったんだ」


 そう言うと「お礼?」「何の?」「何かしたっけな?」と、あちこちから疑問の言葉が飛び交う。

 やがて場が落ち着いたところで、勇は深呼吸してから口を開いた。


「実は俺――」


 勇はリオン達に話したのと同様、自分がどうしようもない人間であったこと。

 ここに居る皆が『ありがとう』と言ってくれたおかげで、チュートリアルおじさんとしてやっていこうと考えられたことを彼らに伝えた。


 そしてお礼の言葉を述べると、彼らは口を揃えて「こちらこそ!」「よくわかんないけどどういたしまして!」と返してくれた。


 ――ただ一人、一番の立役者であるシュカを除いて。


 きっと話の内容が理解できないのだろう。

 シュカは先ほどからずっと首を傾げており、疎外感からか少し寂しそうな表情を浮かべている。

 そこで勇は膝を折り、目線を合わせてから彼女が理解できるように言った。


「シュカちゃん。おじちゃんね、実はすっごく悪い奴だったんだ」

「えっ? おじちゃん悪い人じゃないよ。凄く優しいもん!」

「ううん、最初は人に迷惑を掛けようとしてた悪者だったんだよ。でもね、そんなおじちゃんをシュカちゃんが変えてくれたんだ」

「シュカが?」

「うん。シュカちゃんが、おじちゃんの中の悪い奴をやっつけてくれたんだ。そのおかげで、おじちゃんはこうしてみんなと仲良くできてる。だから、シュカちゃん。本当にありがとう」

「……うんっ! どういたしまして!」


 シュカは満面の笑みを浮かべながら答えた。

 その笑顔に影響され、勇を含む全員が同じように頬を緩める。


 その後、初めて会った時の思い出話や勇が公式プレイヤーになった話で盛り上がり、勇達は楽しいひと時を過ごした。



 ☆



 時刻は23時数分前。

 エレナとの約束を控えていたため、勇は【はぴねすとろんぐ】の面々に別れを告げ、ギルドホームを出た。


 直後、エレナに『今どこに居るのか』とチャットで尋ねると、少し経ってから返信が来た。


(何々……『今、配信終わりました! ギルドホームに居るのでよかったら来てもらってもいいですか?』か。よし、じゃあこのまま)


 勇は再び転移の魔法陣の上に立ち、先日送られてきたチャットを開く。

 そこに記載されていた部屋番号とパスワードをパネルに打ち込み終えた瞬間、白を基調とした可愛らしい部屋に転移した。

 エレナ達【いちごもんぶらん】のギルドホームだ。


「あ、ジークさん! どもども! 早いですねっ」


 転移した勇に気付いたエレナが言いながら歩み寄ってくる。


 部屋の中にはエレナ一人だけ。

 どうやらミュウやココノは今日はログインしていないか、既にログアウトしたらしい。


「おお、エレナさん! お邪魔するね。うん、ちょうどギルドホーム用の転移魔法陣の近くに居たからさ」

「そうですか! あ、そだそだ。ジークさん、公式プレイヤーになるんですよね。改めておめでとうございます!」

「ありがとう! これもエレナさんのおかげだよ! 今日はそのお礼を直接言いたかったから、会いたかったんだ」

「お礼? 私、何もしてませんよ?」

「ううん。今の俺があるのは、エレナさんのおかげでもあるからさ。……実は俺さ――」


 勇はゲームを始めた動機と、エレナが声を掛けてくれたことで初心者狩りをせずに済んだことを話した。


 そう、あれはゲームを初めて二日目のこと。

 勇はバイトで嫌なことがあって、その八つ当たりとして誰でもいいから初心者をキルしようとしていた。

 そんな時、エレナが話しかけてくれたおかげで結果として初心者狩りをせずに済んだのだ。


 もちろん声を掛けたのはエレナ自身のためだったのだろうが、それでも自分を救ってくれたことに変わりはない。


「――だから、ありがとね!」

「え、えーっと、どういたしまして……で、いいんですかね? むしろお世話になったのは私のほうなので、お礼を言われるのは変な感じなんですけど……」

「まあ、確かにあの時は面倒事に巻き込まれたなって思ったけど」

「えー、ひどーい! あの時、笑顔で『いいよ』って言ってくれたのに、そんなこと思ってたんですかー?」

「いや、それは……。と、とにかく、今の俺があるのはエレナさんのおかげだからお礼を言いたくてさ!」


 さすがに『お前のところのファンは厄介で、断ったら何をされるかわからなかったから』とは言えず、勇は勢いで誤魔化す。

 すると、エレナは腕を組んで少し何かを考えた後、ニコっと微笑みながら口を開いた。


「……わかりました! じゃあ素直に受け取っておきますねっ。どういたしましてです!」

「うん、ありがとう! ……それで、エレナさんのお話っていうのは?」

「あっ、はい。実はまた生放送に出てほしいんです!」

「何だ、そんなことか。もちろんいいよ!」

「やった! ありがとうございます! じゃあ、何日なら大丈夫そうですか?」

「えーっと――」



 ☆



 数十分後。

 エレナがもうログアウトするとのことだったので、勇は彼女に別れを告げてギルドホームを後にした。


 そうして自分もそろそろ休もうと、メニューウインドウを開こうとした瞬間――


<新着メッセージが一件届いています>


 システムメッセージが表示された。


 勇は何気なくチャットを開くと、送り主はタカシ。

 内容は勇が公式プレイヤーになったことを祝うメッセージだった。


(そうだ、タカシさんにもお礼言わなきゃ)


 ゲームを始めた初日。

 まずリオンに会い、その後にカイト・エミと出会った。

 その時点で初心者狩りをする気は少し薄れてはいたものの、まだ実行する気満々だった。


 そこにタカシから声を掛けられ、彼の息子を思う親心に荒んだ心が癒された。

 だからこそ、初日に初心者狩りをせずにゲームを終えられたのであって、今の自分があるのはタカシのおかげでもある。


 故に勇はタカシにも直接お礼を言おうと、『話したいことがあるから、また都合がいい日に会いたい』とチャットを送信。

 すると、すぐに返信が来て『それならよかったら今から会おう』と返ってきた。


「よし!」


 勇はメニューウインドウを閉じ、タカシが居る噴水前に向かって歩みを進めたのであった。

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