第45話 今の自分があるのは(前編)

 その後の話し合いにて、正社員となるのは再来月の頭から。

 それまでは休日にバイト待遇で働くことに話が纏まった。

 すぐに正社員にならないのは、現在のバイト先であるコンビニを急に辞める訳にもいかないためだ。


 そしてチュートリアルおじさんとしての初出勤は、三日後の土曜日10時からに決まった。

 今日の夜にはゲーム内やSNS、公式サイトなどにお知らせを出してくれるらしい。


 加えて、20日後の祝日に第二回イベントが開催されるらしく、解説としての出演を頼まれた。

 シフト表を確認するとその日は運良く休みだったため、勇は出演を快諾。


 その他諸々の話や手続きが済んだところで、サンダポールのオフィスを出た。


 直後、ゆっくりと振り返り、高層ビルを見上げる。


(俺がサンダポールの社員、か)


「……んふ」


 正式に一流企業に採用された。

 その事実にたまらなく嬉しくなり、ついにやけてしまう。


 そうしてしばらく喜びを噛み締めた後、勇は一人繁華街に繰り出した。

 自分へのお祝いというやつだ。



 ☆



 時は流れて夕方。

 勇はバイト先のコンビニ前に居た。

 そのまま中に入り、レジに立っている男子大学生に挨拶する。


「お疲れ様です」

「え? あぁ、お疲れーっす」


 男子大学生はぶっきらぼうに挨拶だけ返してきた。

 休みの日に、それもスーツ姿で顔を出しているというのに、一切触れてこない。

 心の底から自分に関心がないのだろう。


 だが、それはとうにわかっていたこと。

 勇は特に何も思うことなく、店内を歩く。

 そして、チルドコーナーの前で品出しをしている女子大生にも挨拶し、同じ対応をされたところでバックヤードの中へ。

 少し進み、奥でパソコンをいじっている自分よりも少し若い男性に話し掛けた。


「店長、お疲れ様です」

「ん? あれ、多井田さん。どうしたんですか? 今日はシフト入ってないですよね?」

「はい、少しお話がありまして」

「……何ですか?」


 店長はあからさまに面倒くさそうな顔を浮かべている。

 それを勇は気にも留めず、淡々と告げた。


「実は就職が決まりまして。急な話で申し訳ございませんが、来月いっぱいで辞めさせて頂きます」

「えっ?」


 単刀直入に伝えると、店長は目を丸くした。

 それからひと呼吸おいて大きく溜め息を吐いた後、


「いや、急に言われても困るんだけど。ただでさえ人足りてないのに」


 顔を逸らしながら消え入るような声でそう呟いた。

 店長は普段から独り言が多い。今回もつい心の声が出てしまったのだろう。


(……はぁ。せっかく人が気を遣ってやったっていうのに……)


 そんな嫌みに対し、勇も心の中でぼやく。


 数時間前、人見と木村は『できるだけ早く稼働してほしい』と伝えてきた。

 それは勇も同意見。早くコンビニを辞めて、一刻も早く正社員になりたいと思っている。


 だから一瞬、『二週間後に辞めさせてもらおう』と考えた。

 法的には辞意を伝えてから二週間で退職でき、わざわざ一ヶ月も居てやる必要はないからだ。


 しかし、実際に二週間で辞めては、新しい人が見つからずに困るだろう。

 そう考えた勇は大人として、辞めるまでの期間に余裕を持たせた。

 来月いっぱいというのは、勇なりの気遣いだ。


 だが、店長はその気遣いを有難がるどころか、不満をあらわにしてきた。

 そんな態度に「やっぱり二週間で辞めてやればよかった!」とムカムカしていると、店長が再び溜め息を吐いてから口を開いた。


「……そうですか、わかりました。では、来月いっぱいまでよろしくお願いします」

「……ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。こちらこそよろしくお願いします。では――」

「あっ」


 何はともあれ、退職は認めてもらえた。

 話が済んだことで、さあ家に帰ろうと別れの挨拶を口にしたところ、店長が遮ってきた。


「ん? 何ですか?」

「そういえば、どこに就職するのかなってちょっと気になりまして。いや、言いたくないなら全然いいんですけど」


 店長の性格はよく理解している。

 この男は周囲を見下しており、特に自分のことは内心とことん馬鹿にしている。

 さすがに直接口にはしないが、言葉の節々から小馬鹿にされていることは面接の時から感じていた。


 そんな店長からの唐突な質問。

 その意図を勇は読み取った。


 きっと、こいつは『就職が決まったって言っても、あんたのことだしどうせしょうもない会社なんでしょ?』と思っている。

 それを確かめることで『ほら、やっぱり!』と心の中で馬鹿にしたいのだ。


 そこで勇は別に言う必要がない就職先を、敢えて堂々と言ってやった。


「サンダポールです」

「サンダポール……。えっ? サンダポールってあの?」

「はい。ゲームを作ってるあのサンダポールです」


 店長は目を白黒とさせた後、顔を引き攣らせながら言った。


「へ、へえー! す、凄いですねー!」


 下に見ていた勇が、あの大手ゲームメーカーに就職。

 これでは馬鹿にしようにもできない。

 その悔しさからか、言葉とは裏腹に机に置かれている拳がふるふると震えている。


 そんな態度に勇は溜飲りゅういんを下げ、スッキリとした気持ちでコンビニを後にしたのだった。



 ☆



 数時間後。

 帰宅し、風呂や食事など諸々済ませた勇はベッドに寝転んだ。


 そしてヘッドギアに手を伸ばした瞬間、


(あ、そうだ。お知らせってもう出たのかな)


 ふと告知のことが気になった。


 そこで勇はスマホを手に取り、ドリームファンタジーのSNSをチェックしてみる。

 すると、今から三時間ほど前にお知らせが出ていた。


(おー、仕事早いな! よかったよかった)


 もしかしたら、勅使河原の時のように忘れられているかも。

 だとしたらこちらから連絡しなければならなかったが、木村はしっかりと告知してくれていた。


 安心した勇はヘッドギアを装着し、ドリームファンタジーを起動した。



 ☆



 ログインすると、チャットの通知が八件あった。


(お、今日は多いな!)


 ギルドへスポット加入するようになってから、ありがたいことに多くのプレイヤーからお誘いを頂いている。

 それにより、ここ最近はログインする度にチャットが届いているという状況なのだが、今日は普段よりも数が多い。


 そのことを嬉しく思いながら、勇は届いたのが早いチャットから順に確認していく。


 一通目と二通目はそれぞれスポット加入のお誘い。

 三通目は用事が入ったことにより、今日の約束のキャンセル。

 四通目と五通目もそれぞれスポット加入への依頼。


 そうして六通目のチャットを開くと――


『ジークさん、お知らせ見ましたよ! チュートリアルおじさんが公式になるなんて凄いですね! おめでとうございます! また、ゆっくりお話聞かせてくださいね。あ、カイトさんとエミさんも同じこと言ってたので、代表して僕が送らせてもらいました!』


 そこに綴られていたのは、リオン達からのお祝いの言葉だった。


(リオン君……。それにカイト君とエミさん。ありがとう!)


 その言葉に胸がポカポカと暖かくなった勇は、心の中でお礼を言いながら次のチャットを表示させる。


『おじちゃん、おめでとう。またシュカたちとあそんでね』


 七通目のチャットはシュカから。

 言葉足らずだが、恐らく告知を見たナナや他のギルドメンバーから話を聞いて、そのことを祝ってくれているのだろう。


(シュカちゃん……)


 顔を綻ばせながら、八通目のチャットを開く。


『こんばんは! お知らせ見てびっくりしちゃいました! これでジークさん、もっと人気者になっちゃいますねっ。おめでとうございまーす! あ、よかったらまた私達とも遊んでくださいねっ。それでは!」


 エレナからだ。


(エレナさんも……。みんな優しいな)


 自分なんかのために、わざわざチャットでお祝いのメッセージを送ってくれた。

 そのことにたまらなく嬉しくなった勇は、すぐに仮想キーボードを表示させ、お礼の文面を打ち込んでいく。


 そうして送信ボタンに指を伸ばした瞬間、勇はピタリと停止した。


(……今の俺があるのは、みんなのおかげなんだよな)


 勇は元々、初心者狩りをするためにこのゲームを始めた。

 それが紆余曲折うよきょくせつを経て、今ではチュートリアルおじさんとして皆に好いてもらえ、何と今日はサンダポールに雇ってもらえた。


 これも彼らがどうしようもない自分を変えてくれたから。

 そう、今こうして日々を楽しめているのは全て彼らのおかげ。


 それなのにもかかわらず、まだそのことに対するお礼を言っていない。


(……よし!)


 勇は彼らに『話したいことがあるから、近いうち会えないか』という旨のチャットを送った。

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