第44話 面談
時刻は9時45分。
スーツに身を包んだ勇は、高層ビルを見上げていた。
直後、大きく深呼吸してから中へ。
そのまま受付に向かい、いつか見たやたらと美人な受付嬢に話しかけた。
「おはようございます。本日10時から面接のお約束を頂いている多井田勇と申します。木村様にお取り次ぎお願いできますでしょうか」
「多井田様ですね、お待ちしておりました。では、あちらのエレベーターに乗って頂き、5階の会議室デルタまでお願い致します」
「はい、ありがとうございます。では失礼致します」
勇は受付嬢に深々と頭を下げ、エレベーターに乗り込んだ。
そして5階に到着後、フロアの案内図に従って移動し、プレートに会議室
勇はもう一度大きく深呼吸してから、扉をコンコンとノック。
すると、すぐに中から『お入りくださーい』と聞こえてきた。
(よし!)
勇は心の中で気合いを入れ、ゆっくりと扉を開く。
「失礼致します。多井田勇です。本日はよろしくお願い致します」
「あ、多井田さん! どうも!」
「おお、君が多井田さんか! 待ってたよ。では、そちらに!」
頭を下げながら挨拶すると、軽快な挨拶が二つ返ってきた。
頭を上げると奥に座っていたのは木村と、その隣に50代前後の人の良さそうな男性。
「はい、失礼致します!」
勇は再び腰を直角に折って、ハキハキと言葉を返す。
直後、ビジネスバッグから封筒を取り出し、指示に従って二人の向かい側に腰を下ろした。
すると、木村と男は顔を見合わせた後、木村が苦笑いを浮かべながら口を開く。
「あの、多井田さん。今日は面接じゃなくて、ちょっとした面談なのでそこまで
「そうそう。こっちもそのつもりで来てるから、もっと肩の力を抜いて。ね?」
採用前提の面談であることは事前に木村から聞いている。
しかし、そう言っておいて実は面接だったということも
そんな考えから、できる限り礼儀正しく丁寧に臨んでいたが、二人の反応を見るに本当にただの面談らしい。
それがわかった勇は緊張を解き、頬を緩めつつ言葉を返した。
「あ、すみません。実は面接なんじゃないかとてっきり……」
「あー、なるほどね! まあ、今回はこちらからスカウトしてる訳だし、落とすってことはまずないよ。あくまで形としてやっておかなきゃならないだけだから」
「そうですね。それに今日の面談は、むしろ多井田さんに本当に引き受けてもらえるかどうかを判断してもらう場ですし」
「そ、そうですか。そういうことなら、その……いつも通りの感じで失礼します」
「うんうん、それで頼むよ! あっ、挨拶が遅れたけど俺は人事部長の
言い終わると同時、人見は右手を差し出してきた。
その手を勇は握り、しっかりと握手しながら口を開く。
「人見さんですね。改めまして、僕は多井田です。よろしくお願いします」
「うん。じゃあ、早速だけど履歴書と職務経歴書もらっておこうかな。っていっても、選考はないんだけど」
「あっ、はい。では、こちらを」
「ありがとう。一応見させてもらうね」
人見はそう言って、書類に視線を落とした。
隣に座っている木村も覗き込むようにして、書類に目を通している。
その二人の様子を勇はドキドキしながら見ていると、一分もしないうちに人見は書類をテーブルに置いた。
「まあ、色々あるよねー。それじゃあ、早速業務内容について説明したいんだけどいいかな?」
「えっ?」
勇はてっきり、食品メーカーを退職した理由や長期間に渡る空白期間の理由について突っ込まれると思っていた。
それが理由で最悪の場合、『今回の話はナシで』と言われるところまで。
その想像とは裏腹に、見事なまでにスルーされたことで、勇は思わず聞き返してしまった。
「ん? どうかしたかな?」
「いえ、あの……。空白期間の理由とか聞かないのかなって……」
「うーん。本来なら間違いなく突っ込むところだけど、今回は君のこと木村君から聞いてるからね」
「えっ、木村さんが?」
「うん。君がどれだけ成果を残しているのかとか、どれだけ真面目なのかとか色々ね」
「そうだったんですか。木村さん、ありがとうございます!」
「あ、いえいえ」
木村はバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。
その態度は勇の起用を強く推薦したのは、あくまで自分のミスを挽回するためだったからであるが、そのことを勇は知らない。
故に勇が木村の態度を不思議に思っていると、人見が話を続けた。
「それに本来、多井田さんを雇うなら『契約社員で』って話だったんだけど、木村君が『正社員に』って強く言うから今回正社員での採用になったんだよ。だから木村君には感謝しないとね。あ、もちろん雇われるならだけど」
「そうだったんだ……。木村さん! 本当にありがとうございます!!」
「いえ、どういたしまして! まあ、多井田さんにはお世話になってることもありますしね!」
先ほどとは打って変わって、木村はフフンと自慢気に言う。
それもそのはず、『正社員での採用を』と強く推したのは自分のためではなく、木村なりの善意であるためだ。
「――よし、それじゃあ話もひと段落したところで、そろそろ本題に入ろうか。まず業務内容について何だけど、木村君お願いできるかな」
「はい。多井田さんには以前お話しした通り、チュートリアルおじさんとしてプレイヤーへのレクチャー及びイベント時には解説をお願いしたいと思っています。それとプレイヤーから何か意見などあれば、その都度フィードバックもお願いします。あ、もちろん多井田さんから改善案があればそれも」
「はい、わかりました!」
「それでプレイヤーへのレクチャーですが――」
それから木村はレクチャーの方法について説明した。
話を纏めると、レクチャーは一時間区切り。
事前に木村がゲーム内や公式サイト、SNSなどでタイムスケジュールを発表し、その都度集まったプレイヤー達にレクチャーを行うという形だ。
例を挙げると、10時数分前に勇は規定の位置でスタンバイ。
10時になったら集まったプレイヤー達にレクチャーを開始し、50分ほどで済ませて勇は規定の位置に戻る。
そうしてまた11時から、新たに集まったプレイヤー達に一からレクチャーを行う。
これを途中に休憩一時間を挟んで、一日8セット。
開始時間は日によって異なる。
なお、『レクチャーの内容は勇に任せる』とのことで、勇も大体の流れは事前に考えてある。
規定の位置というのは、新規プレイヤーが最初にスポーンする【始まりの街】の噴水前の広場。
そこに屋台のようなスタンドを新たに設置し、看板にレクチャーを受けられる旨を記載するらしい。
それにより、お知らせを見ていない新規プレイヤーもチュートリアルおじさんの存在を知ることができ、何か困ったらレクチャーを受けられるという寸法だ。
「――なるほど、わかりました!」
「よかったです。それと出勤の確認は取りませんが、居なかったらSNSなどの情報でわかりますので、各時間の前には必ず規定の位置に居るようにしてください。もしも体調不良などの場合は、事前にご連絡をお願いします」
「は、はい!」
「まあ、多井田さんなら大丈夫だと思いますが! これで業務内容は以上です。後は人見さん、お願いします」
「うん。じゃあ条件面について、改めて俺から説明させてもらうね。まず雇用形態は正社員。給料は額面で24万、手取りで大体20万くらいだね。それで、労働時間は一日8時間で休みは月8回。シフト制で勤務時間は変則的になっちゃうけど、そこは無理のない範囲にするから」
給料・休み・労働時間は先日木村から聞いた通り。
勤務時間が固定でないのは今日初めて聞いたが、全く問題ない。
何一つ文句ない、十分過ぎる条件だ。
「はい、ありがとうございます!」
「他に伝えておかなきゃならないことは……あ、そうだ。所属なんだけど、多井田さんはカスタマーサポートチームに配属という形にさせてもらうね」
「カスタマーサポート、ですか?」
「うん。まあ、形だけなんだけど、契約書類とかに書くのに必要だからさ。それにやってることは言ってみればカスタマーサポートだし」
「なるほど、わかりました!」
「これで説明は以上かな。多井田さんから聞いておきたいことはある?」
「あ、はい。実はいくつかありまして、その、少し聞きづらいんですけど」
「ん? 何かな?」
「えっと、もしもドリームファンタジーがその……下火になったりしたら僕はどうなるのかなって」
ドリームファンタジーはリリースしてまだ数ヶ月も経っていない。
だからこそ今は多くのプレイヤーで賑わっているが、その勢いもいつかはなくなる。
その際、自分はどうなるのか。
ゲームを作る技術がなければ、クリエイティブな才能もなく、初心者へのレクチャーくらいしか役に立てることはない。
故に正社員とはいえ、クビを切られてしまうのではないか。
勇は気がかりだった、チュートリアルおじさんが不必要になった後の自分の処遇について尋ねた。
「ああ、なるほど。それは確かに気になるよね。今ウチでは新規IPも開発してて、ドリームファンタジーが下火になる頃にはリリースできるだろうから、多井田さんにはそっちでチュートリアルおじさんをしてもらうつもりだよ」
「えっ? そのゲームもチュートリアルが酷いんですか?」
「いや、新規IPのチュートリアルはしっかりしてるよ。でも、どれだけ作り込んでもわからないプレイヤーは出てくるし、そもそもチュートリアルを聞かないプレイヤーも多く居るだろうからさ」
「な、なるほど!」
どうやらドリームファンタジーが下火になったからといって、クビを切られることはないらしい。
それがわかった勇はホッと胸を撫で下ろした。
「うん。それで、他には何かあるかな?」
「あ、はい。えーっと、仕事中以外はこれまで通り普通にプレイしたいと考えているんですが、大丈夫でしょうか?」
「それはもちろん大丈夫です! こちらとしても、そうしてもらえると嬉しいので!」
人見に代わって、木村が答えた。
雇われた場合、勇は一プレイヤーではなく運営の一員となる。
それにより、今まで通りプレイするのは控えてほしいと言われるかもしれない。
そんな不安を抱いていたが、どうやら杞憂だったようだ。
「そうですか。それならよかったです!」
「はい! 他にまだ気になることはありますか?」
「いえ、もう大丈夫です!」
「よし。じゃあ、今日の面談を踏まえてなんだけど、弊社としては変わらず多井田さんを雇いたいと思ってる。多井田さんはどうかな?」
勇は元々スカウトを受けるつもりで今日の面談に臨んだ。
そしてその気持ちは、諸々の話を聞いた今でも変わりはない。
勇は迷うことなく答えた。
「はい。改めまして今回のお話、ぜひお引き受けできればと思います!」
「ありがとう。それじゃあ、これからよろしくね」
「多井田さん、改めてよろしくお願いします!」
「はい! 人見さん、木村さん、こちらこそこれからよろしくお願いします!」
かくして勇は、正式にドリームファンタジーを運営する株式会社サンダポールに採用されたのだった。
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