第39話 木村のひらめき
夕方。
木村はドリームファンタジー運営チームの定例会議に出席していた。
「――で、営業部からは以上です」
「ありがとうございます。では、次はマーケティング部お願いします」
「はい。えー、アクティブユーザーの推移についてですが、先々週よりも2ポイント増加しています。時期から考えて、第一回イベントとギルド機能の追加による影響だと思われます」
「「「おお!」」」
その言葉に、木村を含む全員が感嘆の声を上げた。
それもそのはず、自分達が手掛けたゲームが好評なのだ。喜ぶのは当然だろう。
しかし、マーケティング部部長だけは険しい顔を浮かべており、そのままの表情で話を続けた。
「……ただ、同時に返金申請の割合もさらに増加しています。先々週はおよそ十人に一人だったのが、現在では七人の一人の割合です」
「「「ああ……」」」
今度は全員が気落ちした声を上げる。
ドリームファンタジーを配信しているプラットフォームでは、購入から三日目以内であれば条件を問わずに返金申請を行える。
その申請が多いというのは、「一度は興味を持ったものの何らかの理由で合わなかった」と感じたプレイヤーが多いという証拠。
つまりは、見込み客を逃してしまっているということだ。
それも先々週よりもずっと多く。
「そして、返金申請をしたほとんどがライトユーザー、初めてVRMMOに触れた若年層です。メインターゲットである彼らを逃してしまっている以上、そろそろ何か改善の手を打たなければなりません」
これまでは『多少は仕方ない』と目を瞑ってきた。
だが、もう見逃せないところまで来てしまった。
マーケティング部部長の言う通り、何か策を講じなければならないだろう。
「確かに……。ちなみに返金申請の理由はやはり、
「はい。アンケートやレビューによると、九割方
営業部部長の問いに、マーケティング部部長が答える。
アレとは、チュートリアルのことだ。
正式版をリリースする前、突然共同開発をした相手企業の社長が直々に『チュートリアルを変更したい』と申し出てきた。
提示されたものを見てみると、やたら細かい上に専門用語が多く、それでいて面白みが全くない、聞いていてウンザリするチュートリアルであった。
故にここに居る各部署の代表者は「これはナシ」と満場一致。
会議で上層部に変更を断るように言おうとしたところ、あろうことかそのチュートリアルを社長が気に入ってしまった。
恐らく、ゲームの説明書などを好んで読んでいた世代だったため、その無駄に細かい説明が肌に合ったのだろう。
結果、社長の判断により急遽差し替えられ、現在の酷いチュートリアルになってしまった。
(チュートリアルが原因じゃなぁ……)
チュートリアルの長さにウンザリし、その時点で「もうこのゲームはいいや」と感じた。
長くて聞いていられないからスキップした結果、何をしたらいいのかわからず「よくわかんないからもういいや」と感じた。
ライトユーザーから返金申請が多いのは、このどちらかの理由によるもの。
それは木村を含め、この場に居る全員が気付いている。
ならばわかりやすいチュートリアルに変更すれば解決する話だが、それはできない。
一度会社としてOKを出してしまっているため、ここでいきなり変更すると相手方との関係性にヒビが入るためだ。
それにそもそも、自社の社長が許可を出さないだろう。
「……そうですか。チュートリアルは変えられない以上、他の方法で何とかしなければなりませんが……」
「その方法がねえ……」
営業部部長の言葉に、ゲームディレクターが乗っかる。
その後、皆で色々と改善案を出してみるが、どれもイマイチ。
予定の時間になったことで議題は一旦持ち帰りに。
次の定例会議までにそれぞれ改善案を考えてくることに決まり、会議は終了した。
☆
二時間後。
やらねばならないことを済ませたのにも関わらず、木村は就業時間を過ぎてもデスクに向かっていた。
(……何としてでも良い案を考えなければ!)
木村は第一回イベントにて、出演してくれる勅使河原の名前を公表し忘れるという、広報として致命的なミスを犯してしまった。
その失敗を次の会議で妙案を出すことで、挽回しようと考えているのだ。
(チュートリアル用のNPCを作るのはどうだろう。いや、でもそれだと金も時間も掛かるし……。うーん)
それからしばらく思考を巡らせるも、いくら考えても良いアイディアは降ってこない。
時間だけが経過し、21時前になったところで――
(ヤバっ、もうこんな時間! そろそろ行かないと!)
時計を見た木村は慌てながら会社を後にした。
☆
数十分後。
木村は繁華街の中にある馴染みの居酒屋に到着した。
そうして店内を進んでいき一番奥のテーブルに向かうと、そこにはイカつい風貌の男が二人。
「あ、木村さん! うぃっす!」
「お疲れーっす!」
今日飲む約束をしていた大学時代の後輩達だ。
「お待たせ! 遅れてごめん!」
「全然大丈夫っす! あ、木村さん、ビールでいいっすか?」
「あ、うん!」
「うぃっす! あ、お姉ちゃん、注文頼むー!」
その後、運ばれてきたビールで乾杯し、喉を潤しながら近況報告に話を咲かせること数分。
片方の後輩が何かを思い出したかのように口を開いた。
「――あ、そうそう! この前、木村さんのとこのゲーム、こいつと一緒に始めたんすよ!」
「おっ! どうだった?」
「バチクソに面白かったっす! なっ?」
「おう! もうすっかりハマっちまいましたよ! ただ、最初の説明がちんぷんかんぷんだったっすけど」
「あはは、やっぱりそうか。でも、途中で辞めなかったんだな」
「あ、何か、凄え優しいおっさんが色々と教えてくれたんすよ!」
「そうそう! あのおっさん居なかったら、辞めてたところだったっす」
二人の言葉を聞いて、木村の脳裏にある人物がよぎった。
「……もしかして、それってチュートリアルおじさん?」
「あー、確かそんなこと言ってた気がしますね」
(やっぱり多井田さんのことだったか。会わなきゃ辞めてたみたいだし、多井田さんにはほんと感謝しないとな。……ん? 待てよ……?)
木村はジョッキをテーブルに置き、目を閉じて思考を巡らせる。
やがて、一つの妙案が浮かんだ。
実現するかはわからないが、上手く事が運べば返金申請を減らせる。
「――さん! 木村さん!」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて」
「仕事のことっすか?」
「まあね。でも二人のおかげでめちゃくちゃ良いアイディアを思いついたわ!」
「ん? 俺達何かしたっすか?」
「うん、助かった! お礼に今日は俺が奢るよ」
「マジっすか! よくわかんねえけど、あざっす!」
「あざーっす! じゃあ、遠慮なく! お姉さーん!」
「おいおい、だからといって調子に乗って頼みすぎるなよ!」
それから木村は清々しい気分の中、後輩達との談笑を楽しんだのであった。
☆
翌日。
朝礼を終えたことで、木村は自身のデスクに腰を下ろした。
そうしてすぐさまパソコンを操作し、開いたのはβテストの際に収集したアンケートデータの一覧表。
そこにはβテスター達の本名・年齢・職業などのパーソナルデータに加え、5段階評価でゲームに関する各項目への評価が記載されている。
(多井田、多井田っと……。お、あった!)
その中からチュートリアルおじさんこと勇の名を見つけると、木村は彼の職業を確認した。
すると、そこには『フリーター』とあった。
(よーしっ!)
第一回イベントの時、雑談として木村が勇に普段どんな仕事をしているか聞いたところ、彼は苦笑いを浮かべながら答えをはぐらかした。
その様子から、無職かフリーターなのだろうと何気なく予想していたが、まさにその通りだった。
できれば無職でいてくれたほうが好ましかったが、フリーターでも誘いに応じてくれる可能性は大いにある。
これでとりあえず、第一の関門は突破だ。
(さて、次は会議に通るかどうかだな。よし、じゃあプレゼンの資料を作らないと)
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