第38話 チュートリアルの謎

 怒涛の六連勤を終え、ようやく訪れた休み。

 朝までゲームをしたことで疲れていた勇は、15時を過ぎてからようやく目を覚ました。


 その後、買い物や洗濯など、やるべきことを終えると勇はベッドに横たわった。


 休日の過ごし方は千差万別。

 友人や恋人と外で遊ぶ者が居れば、家の中でくつろいでいる者も居る。

 趣味を楽しむ者が居れば、一日中寝て過ごすという者もいる。


 勇はと言えば、余暇時間はもっぱらVRMMOに費やしている。

 そして今日も例に漏れずゲームをプレイするべく、ヘッドギアを装着した。



 ☆



(さて、今日はどうしようかな)


 ログインしたと同時に勇は頭を捻る。

 今日は夜から二つのギルドにスポット加入する予定があるが、それまで特にすることがない。

 自分一人で楽しもうにも、みんなで遊ぶ楽しさを知ってしまった今、ソロでプレイするというのもあまり気が乗らない。


(とりあえず噴水前にでも行くか)


 広場の噴水前は、最初にログインした時の初期スポーン地点であり、死亡時の復活地点でもある。

 また、わかりやすい目印と周囲に置かれたベンチにより待ち合わせ場所としてもよく使われており、多くのプレイヤー達が集う。


 そこに行けば知り合いや初心者が居て、一緒にプレイできるかも。

 そう考えた勇は噴水前に向かって歩き始めた。



 しばらく歩いて到着すると、


「――あの、すみません!」


 後ろから若い男の声が聞こえてきた。

 振り返ると、中学生くらいの男の子と小学生低学年であろう幼い女の子が、二十代中盤ほどのイカつい男二人組と向き合っている。


「ん? どうした、坊主?」


(あ、俺じゃなかったんだ……)


 自分に声を掛けた訳ではなかったことに気付いた勇は、勘違いしたことに恥ずかしさで一杯になる。


「今このゲーム始めたところなんですけど、何もわかってなくて……。よかったら色々と教えてもらえませんか?」


 直後、少年が二人の男に向かって上目遣いでそう言った。

 すると、イカつい男達は顔を見合わせた後、片方の男が頭を掻きながら口を開いた。


「すまん、実は俺達も今始めたところでよ。坊主と同じで何をすればいいのかさっぱりわかんねえで、困ってたところなんだ」

「そうですか……。すみません」

「いや、こちらこそすまねえな。……にしても、これからどうしたもんか」


 聞こえてきた話によると、四人とも初心者でゲームのことがわからずに困っているらしい。


(よし!)


 ここは自分の出番だ。

 前までは相手から声を掛けられた時にしか対応していなかった。

 が、ここ最近は困っているプレイヤーを見かけたら、自分から積極的に声を掛けるようにしている。


 勇は彼らのもとに駆け寄り、声を掛けた。


「すみません。話が聞こえてきたんですが、もしかして今ゲームのことでお困りですか?」

「ん? ああ、そうだけどあんたは?」

「あ、僕はジークと申します。このゲームの中ではチュートリアルおじさんと呼ばれてて、たまに初心者の方にゲームのレクチャーをしているんです」


 そう言うと、彼らは少し表情を明るくさせた。


 前に営業の仕事をしていたこともあって、勇は相手の顔色から感情を読み取ることを得意としている。

 彼らの表情は「余計なお世話だ、このお節介おじさん!」とウザがるものではなく、「なら俺達にも教えてくれんのか?」とポジティブな感情を表していた。


 それが確認できた勇は、続けて口を開く。


「それでよければ何ですけど、自分が色々と説明しましょうか?」

「マジ? すげーありがてえけど、俺達はお返しとかは特にできねえぜ?」

「あの、僕達も渡せる物は何も持ってなくて……」

「あ、お礼とかは全然大丈夫です! 好きでやってることなので!」


 そう、これはボランティア。別に見返りは求めていない。

 強いて言うなら、「ありがとう」と感謝の言葉をもらえると嬉しい。

 それだけで十分幸せな気持ちになれるから。


「マジかよ! おっさん超イイ奴じゃん! ならぜひ頼む!」

「そういうことなら甘えさせてもらうぜ! 色々と教えてくれ!」

「ありがとうございます! それではよろしくお願いします! ……ほら、お前も」

「う、うん。お、おじさん、よろしくお願いします」


 四人は勇の申し出を有り難がって受け入れた。


「はい! では、まず聞きたいんですが、チュートリアルは確認しましたか?」

「ああ。一応見てみたが、よくわかんなくてよ」

「俺は面倒になって、途中で飛ばしちまったぜ」

「あ、僕は見ていません。妹を一人にすると寂しがるので、すぐにゲームを始めるために最初の説明は飛ばしちゃいました」

「そうですか、わかりました! では最初から説明しますね! まずメニューウインドウの開き方なんですけど――」


 それから勇はレベルやスキルの概要など、このゲームに関する基本的なことを説明。

 その後、【駆け出しの森】に移動し、実戦形式でレクチャーを行った。


 そうして二時間ほど経った頃。


「ふぅ。すっげえ楽しかったけど、何か疲れてきちまった」

「だな。腹も減ったし、一回休憩すっか」

「あ、僕達もそろそろ晩御飯の時間だ」

「えー、まだ遊びたーい!」

「ダーメ! お母さんに怒られてゲーム出来なくなっちゃうぞ!」

「そ、それはやだ!」


 会話の内容からするに、どうやら四人とも落ちるらしい。


「そうですか。では僕もこの辺で。皆さん、お疲れ様でした!」

「おう! 今日はマジありがとうな! おっさんが居なかったら、多分このゲーム辞めてたわ!」

「確かに! あんたと会えてよかったぜ!」

「ジークさん、色々と本当にありがとうございました! おかげでハマっちゃいました!」

「あたしもー! おじさんありがとー!」

「いえいえ、どういたしまして! それじゃあ、また!」


 勇は彼らに別れを告げ、【始まりの街】へと戻る転移の魔法陣に向かって歩き始めた。


 その道中、役に立てたことに充実感を覚える一方で、勇は改めて疑問を抱く。


(そんなにチュートリアルってわかりにくいのかな?)


 β版で見聞きした時、個人的にはそこまでわかりづらいとは思わなかった。

 故に面倒くさがってスキップしてしまった人達はともかく、読んだ上で理解できていないプレイヤーが多いことを勇は前から不思議に感じていた。


(ちょっと調べてみるか)


 普段はその疑問もすぐにどこかへ消え失せてしまうが、今日はなぜだか無性に気になる。

 約束の時間までまだ余裕があることもあって、勇はドリームファンタジーのチュートリアルについて調べてみることにした。



 ☆



 ログアウトした勇はヘッドギアを取り外し、すぐにパソコンへと向かった。

 そのまま検索エンジンを開き、検索窓に『ドリームファンタジー チュートリアル』と打ち込んでいく。


 すると、まず最初に『チュートリアルおじさん』と書かれたネットニュースが表示された。

 勇についての記事だ。


 自分に関する記事を見るのは、何だか気恥ずかしいし何が書かれているのか不安。

 そんな考えから、勇はその記事を見なかったことにし、画面をスクロールしていく。

 ちなみに同じ理由で、ゲーム内のコミュニティ掲示板も覗けていない。


 そのままブラウジングを続けていると、やがてドリームファンタジーのダウンロードページ内にあるレビュー欄が検索結果に表示された。


 ページを開いてざっと目を通してみるとおおむね高評価だが、中には酷評のレビューもある。

 読んでみると、その大半が『最初の説明がわかりにくい』『チュートリアルが長すぎる』など、チュートリアルに対する不満であった。


(うーん……。そうは思わなかったけどなぁ)


 βテストの時にじっくりと読み込んでみたが、勇は特に不満は感じなかった。

 出来がすこぶるいいという訳ではなかったが、特別悪いという訳でもなく、ごく普通のチュートリアルだったと記憶している。


 自分が感じたのとは大きな乖離かいりがあることを不思議に感じている最中、ふと一つの可能性に辿り着いた。

 もしや、β版と正式版のチュートリアルは違うんじゃないか。


 調べてみると、やがて自分と同じくβテスターだったプレイヤーのブログを見つけた。


(……なるほど、そういうことか)


 思った通りだった。

 どうやら正式版ではチュートリアルに変更がなされているらしい。

 それが悪い方向に働いた、要は改悪ということだ。


 となると、どれだけ酷くなっているのかが逆に気になってくる。

 勇はチュートリアルを確認するために、エレナが最初にプレイした時のアーカイブを再生した。


『やっほー! じゃあ噂のドリームファンタジー、今から始めていくよー!』

「あれ?」


 すると、最初からエレナは広場に居た。チュートリアルのシーンはカットしているようだ。


(じゃあ、ミュウさんのやつ見てみるか)


 検索して、ミュウの初回プレイ時の動画を開く。

 すると、エレナと同じく広場からのスタートだった。

 それならと、今度はココノの動画を再生。彼女も二人と同じだ。


(おかしいな……)


 不審に思いながら、手当たり次第に他の配信者のアーカイブもチェックしてみるも、皆同じ。

 誰一人として、チュートリアルのシーンを映していない。


 何でだろうと首を捻っていると、勇はふと気が付いた。


(……って、そうだ。チュートリアルを映すの物理的に無理じゃん)


 ドリームファンタジー含むVRMMOでは、ゲーム内から配信を開始できる。

 裏を返せば、まだゲームを始めていないチュートリアルでは配信機能を利用できない。

 故にチュートリアルのシーンが映っていないのは至極当然のこと。


 諸々の謎が解けてスッキリした勇は、晴れやかな気分でパソコンを閉じた。


 事態は何も解決しておらず、出来の悪いチュートリアルのせいで、これからもゲームのことがわからずに悩む初心者が出てくるはず。

 彼らには先ほどのようにレクチャーすることで、自分が大好きなこのゲームの魅力を伝えてやろう。


 そんなことを考えながら、ギルドにスポット加入する約束を果たすべく、勇は再びドリームファンタジーの世界に旅立った。

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