第37話 仮面の男
数日後の夜。
「――じゃあねー! 今日はありがとー!」
「ばいばーい!」
「またよろしくお願いします!」
「うん、こちらこそ誘ってくれてありがとう! じゃあ、また!」
スポット加入していたギルドの面々に別れを告げた後、勇は【始まりの街】に戻ってきた。
それからすぐ、これから会う約束をしている人物と連絡を取るべくチャット画面を開くと、未読のメッセージが一件。
(あれ、いつの間に? 全然気が付かなかった)
送信時間を見ると、届いたのは一時間ほど前。
どうやらモンスターとの戦闘に夢中で、受信の通知を無意識に閉じていたようだ。
慌ててチャットを開いてみると――
『チュートリアルおじさん、すみません! 職場でトラブルが起きたみたいで、僕達これから休日出勤しないといけなくなってしまって……。申し訳ないんですけど、今日の約束はなかったことにさせてください。誘っておいて本当にすみません!!』
届いていたのは、これからギルドにスポット加入する約束をしていた相手からのドタキャンを告げる内容だった。
(そっかー。そういうことなら仕方ないな。それじゃあ……)
勇は『気にする必要はない』『またよかったら、改めて誘ってくれ』という旨を返信し、メニューウインドウを閉じる。
(さて、これからどうしよう。さっきの子達は『もうログアウトする』って言ってたしな。……取り敢えず広場にでも行ってみるか)
誰か知り合いが居たり、レクチャーを必要としている初心者が居たりするかもしれない。
そんな考えから、勇は広場に向かって足を進めた。
☆
しばらく歩き続けていると、前方から顔を仮面で覆った男が歩いてきた。
(おっ、あれって確か【
【秘匿の仮面】とは、素顔を晒したくないユーザーへの配慮として用意されているアイテムのこと。
最初から全員が保有しており、装備画面から自由に着脱できる。
ただ、やはりコミュニケーションツールとしての役割が大きく、皆現実の延長として友人や恋人と遊びたいと考えているからだろう。
勇はこれまで【秘匿の仮面】を付けているプレイヤーを見たことはなかった。
そのため、珍しいものを見たとある種の感動を抱きながら、すれ違おうとした瞬間――
「……ん? おおっ! 多井……じゃなくて、ジーク君じゃないか!」
その仮面の男が声を掛けてきた。
(だ、誰……?)
どうやら自分のことを知っているようだが、勇に仮面を付けた知り合いは居ない。
仮に知り合いが仮面を付けていたとしても、顔が隠れている以上、誰だかわからない。
「あの、すみません……。どなたでしょうか?」
故に勇は失礼を承知で、その男に名前を尋ねた。
「おっと、これは失礼したね! よし、では一瞬だけ仮面を外そう」
男はそう言うとメニューウインドウを開き、辺りをキョロキョロと確認してからパネルに触れた。
その瞬間、仮面がスッと消え去り、素顔が明らかになる。
「て、勅使河原さんっ!?」
予期せぬ人物の登場に、勇は心底驚きつつ声を上げる。
すると、その大御所アナウンサー――勅使河原慎二は、仮面を再び装着してから話を続けた。
「久しぶりだね、ジーク君!」
「は、はい! お久しぶりです! まさか勅使河原さんとこんなところで会うなんて!」
「だね、私も驚いたよ。……ただジーク君。すまないが、ゲームの中では勅使河原ではなく、テッシンと呼んでくれるかい」
「あ、すみません、つい……。テッシンさんですね、了解です!」
「うん、助かるよ。自分で言うのも何だが、一応これでも顔が知られているからね。プライベートを満喫するために顔や名前は隠しているんだ」
「なるほど! まあ、確かにそうしたほうがいいですね!」
勅使河原ほどの有名人が素顔を晒しながらプレイしていては、たちまち騒ぎになる。
すぐにプレイヤーに取り囲まれてしまい、ゲームどころではなくなってしまうだろう。
故にその判断を正しいと思うと同時に、芸能人は大変だなと勇は言いながらしみじみと感じた。
「うん。あ、そんなことより、聞いたよジーク君! 何でも今、色々なギルドに助っ人として加入しているそうじゃないか」
「あ、はい、そうなんですよ。ありがたいことに複数のギルドからお誘いを頂いて。どれか一つを選ぶのが心苦しかったので、こういう形にさせてもらったんです」
「なるほど。さすがはチュートリアルおじさん、人気者だね」
「あはは、まあおかげさまで」
改めて人気者と言われたことで小恥ずかしさを覚えた勇は、頭を掻きながら答える。
直後、ギルドと聞いてふと疑問が浮かんだ勇は、そのまま勅使河原に尋ねてみることに。
「あ、そういえば勅使……テッシンさんはどこかギルドに所属してたりするんですか?」
「うん。私も自分のギルドを作ったんだよ。といっても、私含めて皆ほとんどログインしてないから、本当に形だけなんだがね」
「へえ、そうなんですか。皆さんお忙しいんですね」
「まあ、皆業界人だからね。本当はもっと集まりたいだが、中々そうもいかなくて」
「そ、そうですか。それは仕方ないですね……」
(『皆業界人』て、やっぱすげーな……。住む世界がまるで違うわ)
思わぬところで勅使河原の凄さを再認識した勇であった。
「うん。私もついさっき、数日ぶりにやっとログインできたところでね。そこでまさかジーク君と再会できるとは」
「本当、奇遇ですね! ……って、すみません! そんな貴重な時間を邪魔してしまって!」
「ん? いやいや、邪魔だなんて! むしろ私が呼び止めてしまって申し訳ない。ジーク君も引っ張りだこで忙しいだろうに」
「あ、いえ。僕も暇してたところだったので全然!」
「そうか、それならよかった。……で、もしかするとジーク君はこの後も暇かい?」
「え? あ、はい。予定がなくなってしまったので」
「そうか! ならジーク君さえよければ、どうだろう。一緒にプレイしないか?」
「……えっ?」
思いもよらない申し出に、勇はキョトンとした顔を浮かべながら聞き返した。
それもそのはず、超がつくほどの有名人からプライベートでのお誘い。
驚くなというほうが無理である。
直後、そんな勇を見た勅使河原は何やら慌てた様子で話し始めた。
「あ、いや、よかったらと思ってね。もちろん、他にやりたいことがあったり、気が進まなかったりしたら遠慮せずに言ってくれ!」
どうやら勅使河原は勇が嫌がっていると捉えたらしい。
勇はそんな誤解を解くべく、すぐに口を開いた。
「いえ、すみません。ただ驚いただけで! その、僕なんかでよければ是非!」
そう言うと、勅使河原から短い溜め息が溢れた。
「そうか、ありがとう! では、これからどうしようか」
「僕は何でも! テッシンさんは何かしたいことありますか?」
「私はまだ【レッドジャングル】に行ったことがなくてね。そこに行ってみたいと思ってたんだが、それでもいいかい?」
「もちろんです! あ、【レッドジャングル】には経験値を稼げるモンスターが居るので、フィールドを見て回りつつレベル上げでもどうでしょう」
「おお、それはいい考えだね! よし、それじゃあ早速行こうか!」
「はい! じゃあ案内しますね!」
その後、二人は肩を並べて歩き出した。
そうして、第一回イベントの振り返りやゲーム内での近況などを話しつつ、楽しみながらドリームファンタジーをプレイするのであった。
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